七十三話 正妃マルタの仮面〜母親とは
シリアス回です。短いです。
娘を無残に奪われた母親の回です。大丈夫方のみどうぞ!
正妃マルタは自身の執務室で頭を抱えていた。
【勇者一団】
彼らの総称であり、そのありようを現した呼び名である。
先のモンスタースタンピートの最中、三カ国もの国をほぼ3人で救い、大陸全土で《勇者》《大賢者》《聖女》の地位を確約された異世界人を中心とする集団。
マルタは大陸会議に出席はしなかったものの、獣人の国アクア・アルタが開催国であったため他国からの代表者達をもてなしていた。
そのため彼らと軽い挨拶程度は交わしていたのだ。
その時、彼らは宗教国家となったジパンヌ王国と共にあった。
マルタもまた獣人である。他人の強さをある程度ならば測る事はできた。
全員が全員、大陸の中でも強者と言えた。特に異世界人たちは圧倒的であった。
強さを求める獣人の国であっても勝てる者がいるかどうか。
少ない時間であったが、正妃マルタは彼らとの敵対は悪手と判断した。今後何かしら起きた時、決して彼らを敵に回してはならないと。
彼らが理不尽に彼女の国に牙を剥くのならその限りではないが。
会議の全てが終わり、王レオンと王太子レドモンドの話を聞いてマルタは自身の判断が間違いでないことを確信した。
大陸会議に顕在した神エルリアナ。
ほぼ大陸でも上位の強者で占められていたと言っていい代表者達が、その存在感だけで動くことすらできなかったというのだ。
しかし、勇者一団はジパンヌ王国の王を守らんと素早く彼を背に庇ったという。
はっきり言って無茶苦茶だ。格が違いすぎる。
王も王太子も、それはそれは好戦的な笑みを浮かべてそう宣った。
正妃マルタは呆れた。呆れ果てた。
格が違いすぎる相手と闘いたくてたまらない脳筋が、伴侶と息子だった。
正妃マルタは青筋を立てながら二人を異世界名物DO・GE・ZAさせ、こんこんと説教した。
そのおかげでやっと国の方針として勇者一団との敵対禁止をもぎ取ることができたのだ。
しかし、彼らがアクア・アルタに来ると知り、またも脳筋が騒ぎ出し、正妃マルタは再び説教する羽目になった。
そう、そこまでして得たささやかな平穏、穏やかに宴のみの開催が決まったのに、迎えた勇者一団に手を出した愚か者がいるのだ。この国には。
正妃マルタにも誰が裏で糸を引いているか分かっている。
今まで、まるで尻尾を見せなかった毒婦メルニーチェだ。
マルタは忘れない。娘のあの無残な最期を。
ずっとメルニーチェが致命的なミスをするのを待っていたのだ。
マルタは母としての顔を隠し、ずっと正妃という仮面をつけ続けた。
娘の死の真相に気づきもしない無能な王。
娘の死の原因でありながら、好き勝手してきたメルニーチェ。
許さない。許せない。
それでも正妃という仮面をつけ続けた。
娘の仇を必ず打つ。それはマルタが母としての先に逝った娘に出来るただ一つの償い。
勇者一団の責任者である、普人の国の王女アンネリーネ殿下はとても聡明で有能らしい。
昼食に異物が混入されていたと聞いて、顔を真っ青にして駆けつけた時には、大体のことが終わっていた。
美しく気品あるカテーシーで最上級の敬意を表しながらも彼女のマルタに向ける輝かんばかりの笑顔は、まるで悪魔のようだった。
敵対した者は、心も体も二度と敵対など考えつきもしないようにズタボロにする。
それがいつになろうと、どれだけ時間が経とうと。
生きているということがどれだけの地獄か知らしめる。
ただの死など生温い。
マルタに【とある提案】をした後にアンネリーネ殿下はそうおっしゃった。
マルタはその話を聞いて【とある提案】に乗った。
彼女が悪魔でも両腕を広げて歓迎しよう。それはマルタの悲願なのだから。
自身の執務室で頭を抱え、俯いたマルタの顔には王女アンネリーネにも似た壮絶な微笑が浮かんでいた。
やっと貴女の仇を討てるわ、***。