七十二話 荒れ狂うアンネリーネ〜脳筋国よ!これがO・HA・NA・SHIだ!
食事に昆虫が入っています!脳筋が失禁などします!そういう話が大丈夫な方のみどうぞ!
先に忠告したにも関わらず、城の入り口で失禁失神者が大量に出たことにアンネリーネは憤慨していた。
もちろんアンネリーネの顔には輝かんばかりの麗しい笑顔があるだけで、内心の憤怒はかけらも覗かせはしなし、この国の上層部は人の善意(?)を無にする無能者ばかりですわ‼︎などの心の罵倒などつゆほども見せていない。
それにアンネリーネにも偉大なる存在シュフ様の力を、この国が推し量ろうとしていることもわかっているのだ。
ただ、もう少しスマートな方法はなかったんですの!と思わずにはいられなかった。
筋骨隆々のむさ苦しいオッサンの獣人達が、ある一定距離を空けてアンネリーネ達を中心に円を描くように失禁し、バタバタと倒れるのだ。
たまに脱糞しているのか酷く臭う者もいたし、白目を向いている者もいたし、何故か恍惚と頬を染めて失神している者もいた。
臭いも景色も最早、地獄と言っていいほどの残状!
進行方向に倒れている獣人達だけが脇に避けられ、勇者一団はその中を歩いてきた。
酷いにも程がある。これが客人をもてなす態度か!
せめて若くそこそこ細身の者数名を突撃させ、アレな状態になったら即抱えて離脱、そしてきれいに掃除して撤退くらいして欲しいものである。
綺麗な何も積み上がっていない廊下を進みたいのだ。それほど贅沢なことだろうか?
相手の有責はガンガンに溜まっていくが、ストレスもガンガンに溜まっていく勇者一団であった。
憂鬱さを微塵も見せないアンネリーネだが、心の罵声は絶好調で脳筋国の無能どもを罵っていた。
そんな中、真希と桃香は慣れたもので、脳筋も変態の一種でしょ?くらいの冷静さを見せていた。
慣れって怖い!
アレな獣人達のことは、この際どうでもいいのだ。
放置である。
目を閉じて鼻を摘めばそれで済む分、他の国の変態各種よりマシなのだ。
今回、城に泊まることになり各人一人一部屋を割り当てられたのだが、この国で下手に一人になるのはとてつもなく危険だった。
クロエの収集した情報の中には毒婦と呼ばれる側室が、勇者を使って王太子排除を目論んでいるという話まである。
他にもいくつも勇者一団、とりわけ正義、真希、桃香の《大陸で認められた地位を持つ異世界人》を利用しようとする輩は多い。
そのため、まず正義とカイウスにはマックスが警護役兼監視役として張り付いてもらうことになった。
力=武力だった脳筋野郎カイウスだけだと信用できないのだ。
護衛のはずが最早お荷物と化している!
考えなしに勇者一団に息子をつけた、祖国の父親の立派な髭がカイザル髭になればいいほどに役立たずである!
まぁ力でなら正義に叶うものなどそうはいまい。
しかし、コロコロ転がされることには定評がある正義の場合、罠に嵌められるのはお手の物なのだ。
嵌められて、なお自信満々に何故か自慢する。
それが正義だ。
だからこそ、大人の頼れる男マックスの出番なのだ。
もう彼以外に正義は任せられない!
女性陣は地位的に証言が有効なアンネリーネ、真希、桃香と共にいることが一番安全なため一つの部屋で女子会である。
下手に分かれた場合、身に覚えのない難癖をつけられる可能性が高い。
おかしい。
歓迎の宴に呼ばれてきたはずなのに、難癖つけられるのを前提にしなければならないなんて!
獣人の使用人ももちろん手配されていたのだが、アンネリーネが今朝のアレを理由にきっちりバッサリ断った。
だって《いつ、戦いたい!》と思い立つか知れない者達がそばにいるなんてやってられませんわよね?(意訳)と言うのがアンネリーネの主張である。
勇者一団も大体同じような考えだ。正義以外。
盛大にやらかしたばかりの獣人の皆様方もその主張には頷かざるを得ない。
事実、本当にそうならないとは言い切れないのが脳筋の国なのだ。
普通の客人ならいい。しかし、客は勇者一団=強者だ。いつ、強さの片鱗に触れワクワクが止まらなくなるかわからない!
使用人達も胸を張って、そんなことはあり得ない!と断言できなかった。
だって一部の使用人は自分は絶対そうならない!とは決して言えない脳筋だった。
すでにアクア・アルタ側が勇者一団の親切な忠告(意訳)を無視した有責は溜まりに溜まり、尚且つそれによる勇者側のイライラも溜まりに溜まっている状態である。
その主張をしたときのアンネリーネの笑顔がマシマシにキラキラだったことは言うまでもない。
と言うことでいつものように一階丸ごと貸切状態での宿泊となった。
階段上と下にはこの国の騎士が護衛兼監視役としてしっかりと見張りをしているが、そんな事は当たり前なのである。
勇者一団は普人の国三カ国の後ろ盾があるようなもの、他国からの国賓と言って相違ない。
その国賓に何かあれば、下手すれば三カ国と獣人の国で戦争勃発もあり得る。
そのはずである。そのはずなのである!
しかし、何故かみんなで頂こうとした昼食に混入されている異物(昆虫系)。
遠い目をした真希と桃香、トラウマを盛大に刺激されている。それを目にしたアンネリーネはとうとう爆発した。
まず料理を持ってきた侍女数名を叱責、責任者を呼ぶように命令する。
しかし、叱責されてもニヤニヤしている侍女達。
ニヤつく侍女の喉元目掛けガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!と人数分の音を上げてアンネリーネの扇子が唸る!
もちろん、マックスとクロエ、エーリカ、カイウスは侍女達の体を押さえ、動けないようにしている。
その唸る扇子の打撃が、躾のなってないニヤニヤ侍女達の体にきちんと刻まれないなどもったいないではないか。
喉へのあまりの衝撃に咳き込むニヤニヤ侍女達にアンネリーネは満面の笑顔で丁寧にお願いした。
「今すぐ責任者を呼んでくださる?」
アンネリーネの後ろに漆黒の龍が空へ駆け上がる幻想が見えた。
三日月を思わせる目は全く笑っていない。
ニヤニヤ侍女も流石にいろんな意味でのヤバさに気づいたのか、国賓を扱う部署の侍女長を呼んできた。
鶏の獣人であった侍女長はそのつり目を盛大に引きつらせ、アンネリーネの言葉を待った。
ニヤニヤ侍女①から聞いた話はあり得ない失態、というか悪意ある攻撃といっていいものであった。
獣人の国アクア・アルタでは勇者一団へ国を挙げて最高のおもてなしをする事が決まっている。
そしてそれは使用人にも徹底されていたはずなのである。
今朝の事件で勇者一団とその守護神シュフ様の力は周知のものとなり、より一層歓迎ムードに包まれていた。
それなのに、コレだ。
報告後、逃げようとしたニヤニヤ侍女①を引きずって、死をも覚悟し鶏侍女長はこの部屋まで来たのである。
ここで言っておくと、この鶏侍女長は今回の件に関わっていない。
しかし役職持ちが知りませんでしたで済む話では既にない。
笑顔のアンネリーネは無言のまま扇子で食事を指した。
現物の食事(昆虫入り)を目にした鶏侍女長は失神しそうになった所を、エーリカの魔術で即復活させられ現実逃避すら出来ない。
そして満面の笑顔でアンネリーネは丁寧に質問した。
「責任者は貴女ということでよろしいの?」
ここで言う責任者とはこの責任を負うもの、そして勇者一団をもてなす相応の地位のものを指す。
ここで下手に地位が低い者を責任者とした場合、勇者一団をその程度と見下した形になり、この国は勇者一団と普人の国三カ国の顰蹙を買う。
ついでにアンネリーネは別に、貴女如きがわたくし達のおもてなしの責任者?舐めてますの?などとは言っていない。
ただ確認しただけである、内心は別にして。
そうして、鶏侍女長が自ら考える責任者を連れてきてもらうのである。
ここでいうなら貴賓をおもてなしする総指揮たる正妃マルタが鶏侍女長の頭に浮かぶことだろう。
別にわたくしが名指しで呼び付けるわけではありませんのよ?とアンネリーネは禍々しさまで放ち始めた極上の笑顔の裏で腹黒いことを考えていた。
トラウマを刺激されピリピリッと稲妻が走るかの如く殺伐とした雰囲気を醸し出す真希と桃香。
他国の客に変なもん出してんじゃねぇよ!あぁん‼︎と怒り心頭なマックス、クロエ、カイウス。
エーリカは普通に食事に昆虫を入れられてドン引きしている。
正義は正義である。
圧迫感が半端ない。勇者一団の召喚者達でレベル120越え、その他でも80越えである。
強者の圧力に、早々に屈した鶏侍女長は頭に浮かんだ責任者をお呼びするべく、そそくさと席を立った。
脳筋の国、力こそ正義な国民だからこそスムーズに進んだ事案である。一般的な国ならここまでスムーズにいくかはわからない。
今回の食事異物混入事件はかなりの大ごとになる。
当然だ。食事が勇者一団の部屋まで来るのにどれだけの道を通るか。
その場所にいたすべての者が罪を犯したことになるのだ。
異物入りの食事=攻撃=悪意を国賓の部屋までむざむざ通した愚か者。
国賓の食事に異物が混入すると言う事はそう言う事だ。
異論は認めない。
もはや先程のニヤニヤ侍女達の顔色は紙に等しく、鶏侍女長かかけて行った部屋の扉を空な目で見ている。
アンネリーネはこのまま食事(昆虫入り)を目の前に、雑談してニヤニヤ侍女の心を和ませるほど心が広くはない。
先程真希達から食事(昆虫入り)の鑑定結果は聞いてある。
《シャワルマ(ほぼケバブ)
状態:昆虫各種入り
犯人:侍女①〜⑥(側妃達の腰巾着)
イルマ侍女①、ナイニ侍女②、タニア侍女③、ルタハン侍女④、マイル侍女⑤、サハン侍女⑥
仔牛や鶏肉、羊肉を炙った薄切り肉を新鮮なトマトやきゅうりと共にパン(ナン)で挟んだもの。
昆虫が混入したことで見た目がグロい上に、味の保証はない。》
この側室というのはアレだろう。
少し調べれば必ず何かしらの噂にぶつかる毒婦メルニーチェ。
これだけ噂になっているのに捕まらないのは、メルニーチェが狡猾なのか、脳筋の王が馬鹿なのか。
その勢力が勇者一団に丸わかりな悪意を叩きつけてきたのだ。
これはどうか叩き潰してください、という懇願なのだろうとアンネリーネは勝手に解釈した。
どこかの面倒くさがりと違って、アンネリーネはやられたらやり返す、10倍返しだ!くらいにはヤる。
必ず、もうそんな気も起きないくらいには心も体もめっきょめっきょにズタボロにする。
それこそ女狐王女アンネリーネなのである!
「あぁイルマ、貴女切り捨てられないといいわねぇ。」
ぼそりと心配顔を作って視線を窓の外に向けながらアンネリーネは呟く。
イルマことニヤニヤ侍女①ぴくりと肩を震わせる。
「ナイニとタニアはあれだけ楽しそうにしてたのだもの。ここで捨てられても本望かしら?」
ナイニ侍女②、タニア侍女③がヒッと声を上げた。
その顔には何で知っているの?と疑問符が浮かび、さーっと血の気がひいている。
「ルタハンは自分だけは大丈夫と思っているみたい。裏切り者なのかしら?」
ルタハン侍女④はいきなりの裏切り者呼ばわりに唖然としている。
「あらあら演技がお上手ね。でもマイルとサハンには通じないみたいよ?」
マイル侍女⑤とサハン侍女⑥はキツイ目でルタハンを睨みつけている。
名前に関しては真希達の鑑定(極)でわかっていたし、あとはニヤニヤ侍女の態度を見ての当てずっぽうである。
しかしアンネリーネは御遊びで王位簒奪を目論むような頭のイっちゃってる王女だ。
下手に色々企んでいたわけではないのである。
「この中で誰が許されて誰が罰されるのでしょうね?ここまで国賓を相手に悪意を向けたのだもの。良くて死罪、悪くて一族郎党斬首刑かしら?」
楽に死ねるといいですわねぇ、と優しく微笑むアンネリーネが怖気を振るうほどに怖い。
正妃マルタが勇者一団の部屋に駆けつけた時には、全てを洗いざらい喋らされた上で、ニヤニヤ侍女達が部屋の端に転がっていた。
縄で拘束され、猿轡を噛まされ、頭に頭陀袋を被らされた状態で、だ。
彼女達はピクリとも動かないが全くの無傷、健康体である。
正妃マルタはその後、アンネリーネが聞き出した情報を聞くことになるのだが、その辺りに視線を向け心底思ったのだ。
え?普人の国の王女が物凄く怖い‼︎、と。