七十話 アクア・アルタも問題だらけ!〜脳筋の国に知性を求めるのはいけないことか!?
失禁失神者が続出します。脳筋を馬鹿にしています。以上が大丈夫な方のみどうぞ!
アバロン帝国を出発して一月半、ようやく勇者一団は獣人の国アクア・アルタの王都大アクアに到着した。
今回は特に帝国のような催し物はない。
そのため、城にお伺いを立ててから、一度挨拶に行き、それから調べ物(元の世界への帰還方法)がやっと出来るようになるのだ。
どれくらい待たされるのか分からないため、街の方に宿を取ることになった。
高級宿《英雄の凱旋》にワンフロア貸し切り状態で部屋をとった勇者一団、城へはマックスがお伺いに行っている。
ほぼ初めての普人以外の国での長逗留である。
ここまで来る道すがらも一泊、天気次第では二泊する程度だった。
人族という括りでは同じであるが、多種族と言っていいほどその体つきや習慣は異なるのだ。
他意なくとも、相手に不敬な真似をしそうで正義とアンネリーネ以外は少し緊張していた。
アンネリーネは他国の文化やマナーはしっかりとすでに勉強済みであるための余裕である。
正義は何も考えていないだけだ。
カイウスなどは今まで力(武力)こそすべて!な生き方をしてきた馬鹿野郎なため、甚だその教養は怪しいものである。
マックスとクロエは、騎士として他国の客人に失礼のない程度にはマナーを習得済みだ。
またクロエの場合、隠密なお仕事故にそれ以上も色々と習得済みなのだ。出来る女クロエなのである!
召喚者の場合、地位的にも、実力(戦闘)的にもこの国ではほぼ王と王太子、正妃以外は格下なため特に気にしなくても良い。
戦闘力的には偉大な例の存在がいれば、ほぼ無敵なのである。力とはパワーだ!
そんなこんなで、常識的な真希と桃香はアンネリーネに獣人へのマナーの教えを乞い、非常識なカイウスと正義はここまでの旅の戦利品を冒険者ギルドに売りに行った。
クロエは一人部屋に篭るフリをして(みんな知っていても忍ぶ)隠密なお仕事を遂行中である。
そろそろ日も暮れ、夕食どきなのだが、昼間に城に向かったマックスが帰ってこない。
あの頼れる大人の男マックスが、だ。
他の男性陣なら納得し放置するが、マックスに限ってどこかをほっつき歩いているわけでもあるまい。
ならば城に留め置かれていると考えるのが普通だ。
正義を除く皆が心配し始めた頃に、ようやくマックスが帰ってきた。心底くたびれた顔で。
話を聞くに、マックスが勇者一団の一人と知った者達が次から次に模擬戦を挑んできたらしい。
しかし、そこは頼れる大人マックス。護衛対象を放置して模擬戦なんぞしない。キッパリ断った。
が、諦めない脳筋ども。
城へお伺いに行ったマックスは返事を聞くまで帰れない。
そして返事を持ってくる脳筋も模擬戦を希望しているので返事を渡さないのだ。仕事しろ!
ここで一人でも戦ったらあとはエンドレスだと確信したマックスは、速攻でそこにいた者達の上役を探す作戦に切り替え実行した。
脳筋がダメならインテリ(文官)作戦だ!
一番初めに見つけたインテリ宰相補佐殿に話を通す。
説明は簡単だった。何故なら模擬戦希望の脳筋が諦める事なく付き纏っていたからだ。
宰相補佐殿は現状を素早く察し、勇者一団の歓迎の宴が催される1日前に登城を、と書にしたためマックスに渡してくれた。
マックスは誠心誠意の感謝を伝え、誰とも戦う事なく、それでも追ってくる脳筋を巻いてから宿へと帰り着いたのだ。
この国の脳筋は他人の迷惑を考えないらしい。
その話を聞いた正義以外の面々は顔を引きつらせた。
だって城に行ったらみんなが今日のマックス状態なるのは必至である。
本当なら脳筋に貴賓への気遣いを期待したいところだ。無駄だろうが。
皆で疲れたマックスを労わりながら、夕食をエーリカの部屋で済ませ、酔いの回ったエーリカを放置した。明日に備えるために。
用意のいいことに歓迎の宴は明後日、つまり明日には城に泊まることとなった。
何故こんなに用意がいいかというと、脳筋どもは異世界から来た強者《勇者》《大賢者》《聖女》と闘いたくてたまらないからだ。
強い異世界人?闘いたい!という脳筋思考だ。
まず帝国を出発する前の連絡の時から一部を除いた皆が浮き足立ち、脳筋王レオンも浮き足だった。
大陸会議で、神エルリアナが顕在した時の勇者一団を見たら、脳筋はワクワクが止まらなくても仕方ない。
自分たちは神エルリアナの存在感に動くことさえままならず、首を垂れていたのだ。
しかし、そんな状態の他国を尻目に勇者一団は宗教国家ジパンヌ王国国王ミツクニを守らんと行動した。
神の圧力を気にも留めない余裕があった証。それは強者の証でもある。
実際は偉大とか言われる存在の結界のおかげで、全く気付いていなかっただけなのだが、そんなこと知ったこっちゃない獣人の脳筋達はワクワクを百倍にして勇者一団を待ち望んでいたのだ。
すなわち、到着を知る前から宴の準備は着々と進んでおり、到着を知った時にはあとは開くだけ状態だった。
パーティの主役はもちろん勇者一団だ。
明らかに、正義を除く勇者一団の懸念は実現しそうだ。
しかし、そんな面倒なことで時間を無駄にしたくない存在が『ないわーそんなんで時間を無駄にするとかないわー』と速却下していたのだった。
翌日、勇者一団が宿を引き払い、城へと歩を進めていると昨日の件でマックスに気づいた脳筋がわらわらと近づいてきた。
もちろんその目的は模擬戦である。脳筋にブレはないのだ。
しかし、ある一定距離に近づくとバタバタと倒れ始めた。
昨日散々脳筋に苦しめられたマックスにしてみれば爽快な光景だろう。
そして脳筋(模擬戦希望)以外の街の住民は普通に歩いている。
いつもの朝の風景と言っていいだろう。穏やかな暮らしぶりだ。
それは何故か。
簡単な話、面倒くさがりな某存在が脳筋(模擬戦希望)を、邪魔なら近づけなきゃいいじゃない!と殺気で失神させた結果である。
ある一定距離まで脳筋(模擬戦希望)を失神させないのは、希望を抑え込む理性がもしかしたら、ほぼ無理だが、万に一つでも働くかもしれないという慈悲だ。
あと脳筋(模擬戦希望)全員が失神したらさすがにお仕事に支障をきたし、時間が無駄になるかもしれないからだ。ほぼこちらが本命の理由だった。
弊害は、某存在の殺気(極小)が与える恐怖が常軌を逸しており、脳筋(模擬戦希望)が粗相をしたまま失神し放置されることだが、他人の迷惑を顧みない者に慈悲はないのだ。
嫌なことをしてくる奴には嫌なことをする。
某存在のハンムラビ法典式は健在である。
周りに失禁失神者を大量に量産、置き去りにしながら、勇者一団は登城した。
彼らの通った道には粗相した脳筋がさながら道標のように転がっていたのだが、些細なことである。
なお、この失禁失神者については勇者一団の皆は、偉大なる存在シュフ様が安全かつ迅速にことを進めることができるよう配慮くださったのだろう、と納得済みである。
皆が正義の思考に毒されすぎているが今更だ。
勇者一団のステータスには《偉大なる存在シュフへの崇拝》や《偉大なる存在シュフへの狂信》《偉大なる存在シュフの下僕》《偉大なる存在シュフの隠密》などなど某偉大なる存在に関する好意的(意訳)な称号が目白押しなのだ。
もはや勇者一団=偉大なる存在の宗教団体と言っていい。
このまま獣人の国の王城に向かえば、城の大半の脳筋が失禁失神するのは目に見えている。
それは大陸会議で見た、敵と判断した神エルリアナに挑みたくてたまらなくなりソワソワしていた脳筋王レオンも王太子も変わらないだろう。
しかしアンネリーネはこちらの非と取られかねないモノにはしっかりバッチリ対策する女狐王女である。
一人目の失禁失神者である脳筋(模擬戦希望)が出た時点で、王城には《どんな理由があろうと模擬戦関連は一切受け付けないこと》それを無視して近づいてきた場合《偉大なる存在シュフ様による制裁(意訳)があること》その制裁は《命は取らないまでも名誉とプライドがズタボロにされるモノであること》がすでに通達済みである。
きちんと説明して、それでもやらかしたのならそれはこの国の責任であって、勇者一団の親切な助言を無視した形になるのだ。
今の状況が逆に相手の有責を狙える一手となる。
もちろんアンネリーネは偉大なる存在シュフへ感謝こそすれ、否定的な感情という不敬なことなど思考によぎりもしなかった。
崇拝する方の有難い助力に感謝し、なおかつ邪魔な相手から毟り取るのが女狐王女アンネリーネの真骨頂なのである。
まぁ、偉大なる存在シュフが何もしなかった場合、エンドレス模擬戦になることは想像に難くないのだから当然だ。
アンネリーネの推測と隠密クロエの情報を合わせると、普通にしていても何かしらの争い事に巻き込まれる可能性は高いのだ。
模擬戦を受けるというならその可能性は何倍にも跳ね上がる。
この国の跡目争いに巻き込まれる可能性も爆上げである。
なんの関係もない国の壮絶必死のバトルロワイヤルに強制参加なんぞ御免被る!というのが正義を除いた皆の総意である。
正義は何も分かっていなし、分ろうともしないので基本何も喋らないよう指示してある。
ほら、正義なら気軽に、勿論さ!と模擬戦に参加しそうだから。
この判断は英断である。
正義の馬鹿さ加減を知るもの皆が、よくやった!わかっているな!と大絶賛間違いなしである。
某存在も同じ意見で、すでに正義には下手なことを話せない、動けないの制約を課している。
正義の行動は予測不可能(例え予測できる方法があってもしたくない)なのだ。用心に越したことはない。
こうして獣人の国アクア・アルタの王城での日々が始まる。
追記しておくと、アンネリーネの報告という脅しが末端まで行き渡っていなかったため、王城に着くなり脳筋(模擬戦希望)に囲まれかけ、すぐに脳筋が例の状態になってひと騒動あった。
失禁失神者の死屍累々。
この中には偉大なる存在シュフの力の真偽を確かめようとしたお偉方の部下(模擬戦希望)もいたのだが、結果は変わらない。
例の状態=失禁失神状態になり、城の中に放置されている。
今後の彼らはどうなるのか、そんなことなど知らないのである。
やられたらやり返す、これは某ドラマを見た日本人の基本だ!当然の行いなのだ!
なんなら倍返しでも、十倍返しでもいいのだ!
しかし、わざわざ仕返しを考えるのが面倒な某存在はハンムラビ法典式に拘るのだった。