六十二話 セフィラケトルとお話ししよう!〜自称神にまともなのがいない!激怒したのは。
場所はアバロン帝国宮殿にある主神セフィラケトルのためだけに作られた一つの離宮。
もちろん神はほぼそこにいることはないのだが、その建造物が存在すること自体に意味がある、という類の場所だ。
そんな場所で開かれたのが、セフィラケトルと勇者一団との対話である。
上座にセフィラケトルを、下座に真希達とアンネリーネが座る。
マックス、クロエ、カイウスは彼女達の後ろに立つ。
正義も一応は席に座っているのだが、下手に喋られても困るので、某存在により口を開くなら【はい】か【いいえ】それで答えられない時は、指示するから黙ってろ、的なことを言われていた。
個人的に話ができて正義はご満悦だ。恐ろしく馬鹿なのである。
テーブルにはお茶とつまめる甘いお菓子と塩菓子がそれぞれ置かれている。
緊張したのか、桃香がお茶を口を湿らせる程度口にした。
すでに挨拶は終わった。セフィラケトルも外見上は機嫌がいいように見える。
この世界にしては短めの白髪、左右の長さが違って、現代日本で言うアシンメトリーカットのようだ。前髪があるのも珍しい。
雪のよう、という言葉がこれほど似合う色の髪もないだろう。美しく淡く光っているようにさえ感じる。
瞳の色はまるでホワイトオパールのような透明感のある乳白色、そこに光の加減でキラキラといろんな色が浮かぶ。
目尻が下がり気味で、全体的に見るととても穏やかな印象を受ける。
間違いなく優しく美しいと言われる容姿だろう。
セフィラケトルを少しも、爪の垢ほども宗教していない勇者一団にその姿が見えるのは彼が持つユニークスキル顕在自在の効果である。
即位式でもこれにより各国要人たちにも姿が見えるようになっている。
信者獲得に便利そうなスキルだ。セフィラケトルの容姿ならその効果は絶大だろう。
聖エルリアナ神国の大一之宮であったユダリエルにも決して劣らない。容姿だけならば、だが。
はじめに口を開いたのはセフィラケトルだ。
その瞳は好奇心で輝いて見えるが、その奥に暗い何かが垣間見える。
「オフィーリアと会ったことは?」
いきなりの質問だ。
そして勇者一団は聖教会が召喚を提案したことは知っていても、それがオフィーリアの天啓での指示だとまでは知らない。
答えたのは真希だ。おそらくこれは召喚者達に対しての質問だろうと考えたのだ。
今回の対話、基本真希が受け答えすることになった。
アンネリーネが一番交渉などが得意なのだが、セフィラケトルが興味を持っているのは召喚者のみ。
下手にアンネリーネがずっと受け答えした場合、邪魔と判断されては困る。
例えシュフ様の守りがあろうと、それに頼り切りになることを勇者一団はよしとしなかった。
だから最大限の警戒と対策をもってこの対話に挑んだのだ。
「いえ、お会いしたことはありません。人伝に聖教の神様だと、お名前だけは知っていますが。
そのオフィーリア様が私たちにお会いになる理由があるのですか?」
勇者一団は結構冷静だった。何故ならセフィラケトルと比較にならない存在が近くにいたからである。
空気に飲まれることなく、その存在に圧倒されることもない。そして容姿に誑し込まれることもない。
だから真希は、突然出た他の神オフィーリアが何故真希達に会ったと思うのか聞いてみた。
セフィラケトルは真希の答えに反応することなく、質問に答えた。
「そなた達をこの世界に呼ぶよう指示したのがオフィーリアだ。
ならば呼んだからには会いたいのでは、と思うものではないのか?」
さらっとオフィーリアの指示をバラし腐った。
真希達は少なからず衝撃を受けたが、すぐに持ち直した。どこかの誰かが精神安定的な何かを使ったのだろう。
真希は会話をなるべく続けるように話を進める。
相手の質問に答えながら、流れに沿った質問を返す。
はじめに勇者召喚がオフィーリアの指示だと話してくれたおかげで、しばらくの問答の後、真希はしたかった質問に辿り着くことができた。
それは勇者召喚の対となるはずの元の世界への帰還方法についてだ。
「私達が元の世界に帰る方法をご存知ですか?」
◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆ ◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆
そして視点は回転し、セフィラケトルへと移る。
◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆ ◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆―――――――◆
その時セフィラケトルは死ぬほど恐怖していた。
召喚者達からはそのようには見えないだろう。
ユニークスキル顕在自在は主に宗教心関係なく、神の姿を下民に知らしめる時に用いられる。そして、その効果の中には心情をうまく隠すことも含まれる。
あくまで補佐的なものであり、激怒して立ち上がったり、怒声をあげたら流石にバレる程度のものだ。
セフィラケトルが顕在する時とはだいたいが信者獲得が目的だ。
ならばシラけた顔をさらすより、より良いとしてこの補佐機能を多用していたのだ。
だから今のセフィラケトルの泳ぎまくる目も、何度も唇を湿らせる舌も、小刻みに引きつる目蓋も、顔色のまずさも見られてはいない。
いくらセフィラケトルが優しそうな世にも稀な美形でもそれらを見られていたら、確実に不審人物だと思われただろう。それ程に今のセフィラケトルの顔は挙動不審だ。
セフィラケトルは勇者一団が部屋にやってきた時、すぐにステータスの確認を行った。
そう、言わば鑑定のようなものを神族の固有能力で行ったははずだった。なにも見れなかったが。
確かに成功した感触はある。なのになにも見えなかったのである。
しかしセフィラケトルはそれを華麗にスルーした。
それは成功した感触があり、何故だか気にならなかったからだ。
相手の自己紹介などはほぼ聞き流し、召喚者が誰かだけ確認した。
召喚者は三人、男が一人と女が二人。
オフィーリアがわさわざ天啓を用い、異世界から呼び寄せた人間だ。
セフィラケトルはすぐに質問を開始した。
他の下民には興味がない。
召喚者達も聞きたいことが聞ければ、後は取り込むだけ。
「オフィーリアと会ったことは?」
セフィラケトルは自分たち神の存在が人間に作用する効果を知っているはずだった。
姿を見ればその美しさに侍りたくなるし、声を聞けば従いたくなる。
なによりもその存在を知覚した途端、下民はほとんど皆その存在感に口も聞けなくなる。
その点、皇帝など高位の下民たちは、特殊だと言える。
そう、今この質問に何の戸惑いもなく答えることなど出来ないはずだった。
少なくとも、平素と同じではいられない。
ならば何故目の前のこの女は平然と答えを返しているのか。
しかも、神に直答する事に特に恐縮も何もないようだ。その目に神に対する崇拝の念すらない。
そしてセフィラケトルは、しばし放心ののち、自分が相手の質問にすらすら嘘偽りなく答えていることに気づく。
⁉︎何なのだこれは!!!
セフィラケトルは相手の質問にわざわざ答える気などなかった。
ひたすら自分の欲求のための質問を繰り返し、神の存在感に相手がそれに答えることができないならそのまま取り込んでしまおう、そう考えていたのだ。
答えることができたら、それはそれで面白い。しかし結果は同じ、最後には取り込む。
セフィラケトルは強い駒が欲しいのだから。
取り込む方法などいくらでもある。自分の容姿を使うもよし、神の存在感で屈服させるもよし。
どうせなら洗脳して本当の玩具にするのもいい。
この対話は所詮自分の好奇心を満たすための遊び場であり、駒を増やすための狩場。
それが、今ひたすらに情報を搾取されているのは神である自分の方だという現実。
頭で考えていることと、現実の落差が激しすぎる。
まずセフィラケトルは怒りを感じたのだ。
下民如きの質問に真実を答えることに。
しかし、そんなこと関係ないと言わんばかりに口は勝手に情報を話す。その声に怒りなど全く含まれない。
次に思い通りにならないこの場を怒りとともに去ろうとした。
それも上手くいかない。まず体が動かない。そして顕在が解けない。
ならば原因と思われる目の前の奴らを消そうとしても攻撃すらできない。
それは精神系の攻撃でも同じだった。
そして何故か神族の固有能力である安全地帯への避難すらままならない。
ここで初めてセフィラケトルは焦り始めた。やっとである。
普通、自分の口が勝手に話出したら焦る。馬鹿でも焦る。
それも嘘をつけないならより焦るだろう。何故ならセフィラケトルは秘密主義なはずだからだ。
知られたくないこともあるようなのに、焦るのが遅すぎる。
セフィラケトルはその後、自分の知りたかった質問だけは出来たが、あとは召喚者の女の質問にただ自分の知る真実を答えるだけの存在となった。
そう、何故か今疑問に思うことは聞けなくとも、ここに来るまで聞きたかったことは聞くことが出来たのだ。
だからなのか、相手側は特にセフィラケトルを怪しむことなく会話は続く。
セフィラケトルは今の状況を作り出したのが、目の前の者たちだと思えなくなっていた。
はじめは怒りで原因を目の前の者達だと断じた。
しかし、確かに平然と受け答えしている女も、それ以外も少なからずこちらが機嫌を損ねないよう注意していることがわかる。
セフィラケトルは初めて下民と呼ぶ人間の顔色を窺った。
今のセフィラケトルの状態を作った者ならば、わざわざ機嫌を伺わなくともいいはずだ。
セフィラケトルは何も出来ないのだから。
口を噤むことも、去ることも、怒りを口にすることも、それをぶつけることも、殺すことも、操ることも、逃げる事も。
今の状態を再確認して、セフィラケトルは愕然とし恐怖した。
相手が目の前の下民なら傷つけられることも殺されることもないだろう。
しかし、この状況に自分を追いやった相手なら命でも何でも奪うことができる。
そして頭によぎるのは、自身の記憶の齟齬。そして予測されるその要因。
そこでセフィラケトルの恐怖は限界に達した。
なのに正気を失うことさえもできなかった。
体は動かないが、顔の表情だけ動いていることにセフィラケトルは気づけない。現在顔面はかなりの顔芸になっていた。
『おいおーい。勝手に予測して勝手に犯人にすんな!誰がお前の記憶を弄るか!キモい!あと玩具にするとか発想がすでにキモい!』
軽い調子で紡がれる言葉には侮蔑がこもっていた。
この声が頭に直接響いているのがわかる。ここに声の主はいない。
『最初から質問にちゃんと答える気がないとか、屑なの?馬鹿なの?暇なの?』
セフィラケトルは自分の考えていたことが、この声の主に筒抜けであったことを知る。
そして今の状況を作ったのもまた、この存在であろうことも。
『それな!ナルシスト発言、自意識過剰発言、洗脳発言。全部キモっ!!!
ならさ、わかるよね?自分がこんな状態になった理由くらいさ』
セフィラケトルはその言葉に先ほどまでの恐怖も忘れて、一瞬で激昂した。
理由だと!知るかそんなもの!この世界の神である余にこのようなことをしてただで済むと思っているのか!
自分の状況も忘れ、心で怒り爆発なセフィラケトル。
『思ってるよーやっぱ馬鹿だな、こいつ』
それに返された言葉の軽いことと言ったら。セフィラケトルを全く相手にしていない。
ここでその視線を見ることができたら、きっと汚物を見る目でセフィラケトルを見ていただろう。
いや、汚物=セフィラケトルの目だ。
きっと如実にキモがっているのがわかる視線である。
『この対話が終わったらその存在ごと消すから、それまでの時間を有意義にお過ごし下さーい』
セフィラケトルは再度心で罵声を浴びせかけようとして、固まった。
相手が言った言葉の意味が理解できたからだ。理解できてしまったから。
今の状況を考えればわかる。
相手は神など格下、それもゴミを捨てるより簡単に排除可能な格下だと考えている。
そしてそれは事実だろう。
すでに手も足も、声すらも出ないセフィラケトルに何ができるというのか。
そして自分の愚かさを知る。
そんな相手に、セフィラケトルは何と言ったか。
自分にこんなことをしてただで済むと思っているのか、だ。
ただで済むに決まっている、それくらいの格の違いが確かにあるのだから。
声の主は言った、この対話が終わったら存在ごと消えてもらう、と。
セフィラケトルは今まで数え切れないほどの下民を殺してきた。いや、殺すという感情さえない。
邪魔だから排除した、それだけ。
その者達の名前も覚えてなければ、何故そうしたのかも覚えていない。
下民の命で遊ぶ、そんなことを当たり前にやってきたのだ。
今、同じような立場になって抱くのは怒り、ではなく諦観。
諦めるより仕方ない。我々神も下民など片手間に消してきたのだ。足掻くだけ無駄というもの。
いっそ清々しいほどに諦めたセフィラケトルにムカついた存在がいた。
消す宣言をした当人、偉大なるとかいわれている存在である。
は?と。
何故に私が自称神と同じ価値観扱いされてんの?と。
てか、お前と一緒にすんなし、と。
簡単に諦めて終わりとかねーから、と。
その存在は自分の持てる全ての力で、セフィラケトルに執拗なまでの恐怖を刻み込み始めた。
そう!本気で怒らせてはいけない日本人特有のネチっこさと、来る、きっと来る的恐ろしさを兼ね備えた恐怖体験をセフィラケトルにお見舞いしたのである。
簡単には終わらせねーよ!という心意気が目に見えるようだ!
死んだらそこでおしまいだろ?ならば生きたままそれ以上の恐怖と屈辱を与えるのが正しい嫌がらせ方法だ!とでもいうようなやり口、悪辣である。
決して全ての日本人がそうではないことをここに明言する。善良な日本人多いんだよ!
まず何が一番セフィラケトルが嫌かを調べ上げる。
次に何が一番セフィラケトルを恐怖させるかも調べあげる。
またまた、何がセフィラケトルの一番嫌いなものかも調べあげる。
そんでもってセフィラケトルが何を知られるのが一番恥ずかしいかも調べあげる。
黒歴史に至ってはすでにセフィラケトルの頭で朗読まではじめちゃってる。
某スキルによる情熱大⚪︎でお届けされている。
そんなことを一瞬で、全て網羅し調べ上げたその存在は、ケフィラケトルが最も嫌がる嫌がらせを練る。ここで手を抜くことなどしない!
ここまででかかった時間は一秒にも満たない。
ついでに恐怖の刻み込みも同時進行中。新しい情報が入ったので恐怖のバリエーションも増えた!
黒歴史の朗読に、セフィラケトルの顔は火を噴き出しそうなほどだ!
はっ!ざまぁ!!!
すでに恐怖で挙動不審な顔面のセフィラケトルだが、恥ずかしさで顔も真っ赤、しかしまだまだそんなもんじゃ終わらない。
終わらせるわけがないのである。
反省もしなければ、自分の何が悪いのかの自覚もないまま、お仕舞いなどあり得ない!
しかもこいつ自称神と同じもの扱いしやがったこの小市民で偽善者たる私を!!!
元から消す気なんてねーし!人の気持ちを知れっていうしつけです!死ぬの怖いってなれば少しは他人の気持ちもわかろうよ!ってこと!
偉大なるとかなんとか呼ばれる存在は激怒していた。しちゃっていたのだ!
そしてセフィラケトル視点の冒頭へと戻る。