六十一話 陰謀渦巻くアバロン帝国〜《その二》来たのは自称神、帝国の中心で崇拝を叫ぶ!
その日セフィラケトルは機嫌が良かった。
何故ならより質の良い駒が手に入るかもしれないからだ。
アバロン帝国の新しい皇帝が即位式の前に、オフィーリアが天啓で招いた異世界からの召喚者たちとの対話をセッティングしたのだ。
異端なオフィーリアがわざわざ呼び寄せた人間。
なかなか気が利く下民の皇帝だ。
セフィラケトルは代々の皇帝の名も覚えていないし、今回皇帝の座につく者の名も覚える気はない。そういう発想がないのだ。
下民と神では住む世界が違う。理が違う。
そう何もかも違うからだ。
神にとってただ下界での遊びをより面白く、より刺激的にする存在が下民という駒だ。
そして、現在のセフィラケトルにとっては神同士の戦いがおきたときの肉壁、または代理戦争の駒である。
それならば、やはり普通なら頑丈である方が好ましいだろう。
しかし、セフィラケトルは自身が警戒していること、戦いに備えていることを他の神に悟られたくなかった。
すでに少なくとも一度、セフィラケトルは記憶を弄られている。
それに気づいたことを相手には気づかれたくはないのだ。
何故ならまた記憶が弄られるかもしれないからだ。
そしてその時にソレに気づけるとは限らない。今回のように欠落した、または書き加えられた記憶に気づけるとは。
セフィラケトルはそれがひどく恐ろしかった。
だからそのことに気づいても素知らぬ顔をして過ごし、特に戦いに有用な種族でもない普人の国の主神となった。
気まぐれを興した風を装って、神木に自身と同じ名を与えてみようとしたりして、国の中で遊んでいるだけに見えるように。
しかし、その事で確実に信者は増えていった。
狙い通り自分の手足を増やすことができた。それも自然にしかし確実に、それはアバロン帝国の主神でいることで果たすことができたのだ。
先のモンスタースタンピートで何もしなかったことは失敗したと思わないでもないが、信者の宗教度合いはセフィラケトルには関係ない。
必要なのは量、少しでも宗教心があればあとはなんとでもなる。
それに、今回その件を解決したという召喚者達がセフィラケトルに会いに来るという。
ならばそれらを取り込んでしまえばいい。
下民の中では絶大な力を持つ救国の英雄が自分の手足となる。
しかもそれに付随して信者は増える。
取り込めば、戦力も信者も増える。いいこと尽くめだ。
自分のこれからのために必要なのは下界での駒、それも質が良く量がいればなおいい。
何かの時は壁に使うなり、なんなりできる。
なにより下民ならば、セフィラケトルに何かすることは不可能だ。
だからこそセフィラケトルは下民をより多く従えようとしている。同じ神は信用できないから。
召喚者達の背後になにやら居るらしいが、その存在が神かどうかも怪しい。
姿を見たものはいないらしいし、セフィラケトルもそんな存在を知らない。
今はその記憶を信じていいのか疑問ではあるが。
しかし、姿を見たことがないなら神ではなく下民の妄想上の存在かも知れない。そういう存在は多くあるのだ。
それに顕在は神の固有能力、それができないものなどいない。ならば決まりだろう。
しかし、もし神以上の力を持つ存在であるならば。
セフィラケトルは自身の記憶の件を思い出す。
神以上の力を持つならば、神であるセフィラケトルに気づかれずに何かを成すことも可能だろう。
そうだ、同じ神同士では気づかれずに出来るわけがない。
しかし、自分たち以上の存在がいると考えるのもまた難しかった。
今まで長い間存在してきて、一度もそんなモノを見たことも聞いたこともないのだ。
下民が神を見たことがないのとは訳が違う時間を存在し続けているのにも関わらずだ。
そんなものいないと断じて然るべきだろう。
そうでないなら、我々神ほど滑稽な存在もいないではないか。馬鹿馬鹿しい!
セフィラケトルは神以上の存在の有無を考えることをやめる。意味がないからだ。
そして召喚者達の守護神的存在を下民の妄想産物なのだと自分に言い聞かせた。
それに近くに感じれば自ずとその正体も分かる。
さぁ、対話の時は近い。
オフィーリアが連れてきた召喚者を取り込むため盛大に神々しくいこうではないか。
アバロン帝国の主神《知恵と生命の神》セフィラケトル。
彼は不安ゆえに自分の価値観、神の理を信じ続けた。
約束事破り、神の一方的な下民の虐殺以外での神同士の戦いは御法度だ。
だから彼は敵と戦うならば下界の駒を使ってのものだと考えた。
例え、神同士の戦いになろうと神という同程度の相手ならば信者は肉壁として有用だ。
だが、神を名乗るセフィラケトルの記憶を知られずに弄れる存在が、果たして神を名乗る者たちと同程度と言えるだろうか。
そして彼は一度は神以上の存在に意識を向けながらも、それを完全に拒絶した。
自身の常識を信じたのだ。
その心の動きはまるで人間が自分の常識を否定された時と同じだ、見ないふり、気づかないふり。
そうでなければ何もかもが壊れてしまうと恐れ、すべき警戒を怠った。
自分の記憶さえ正しいとは限らないのに。
彼は召喚者達の守護神的存在を妄想の産物と断じてしまった。
ある意味、それは勇者(笑)の妄想の産物ではあるのだが、その存在は確かにいたのだ。
しかもその存在は大変面倒くさがりで、なおかつ基本ビジネスライクに容赦がなく、特に相手が敵で面倒がないならサクッと終わらせるタイプであった。
だって面倒だから、これがその存在の言い分である。
その存在は、今はさしよりセフィラケトルをそのまま放置している。
召喚者達との対話でなにか情報が得られたらラッキーくらいの軽さで、なにより今消したら面倒事しか残らないからである。
そしてその存在はこうも考えてもいた。
皇帝ルクレウスの提案採用しようかな、と。
皇帝達にセフィラケトルの始末以外は任せられるから面倒が少なくていいかもしれない、と。
基本面倒ごとを避ける。なるだけ避ける。他人に任せられるなら任せまくる。なんなら何もしたくない。
そんな存在のことはまずは置いておこう。
時は少し遡る。
皇帝ルクレウスが、セフィラケトルとの対話についての詳細を話し合うために、すでに城に貴賓として滞在している勇者一団を私的に訪ねたときのこと。
場所は城の客室の一つ、賓客として勇者一団のために用意された部屋である。
すでに即位式まで一週間を切った。
そしてルクレウス発案、帝国宗教総入れ替え作戦は宰相ハクスの健闘により時期尚早と却下となっていた。
成人男性として淑女の部屋を訪ねることも、皇帝としてあまり格下のものを尋ねることも出来なかったため、大陸中に認められた地位《勇者》をもつ正義の部屋を訪ねることを先触れし、皆に集まってもらっていた。
訪ねたのは皇帝と宰相、そして護衛として側近が数名だ。
部屋に入って挨拶もそこそこに、ルクレウスはセフィラケトルが召喚者にかなりの関心を寄せている事を告げる。そして神セフィラケトルとはどのようなものかも。
神を身近に感じることのないガルド王国ではわからないだろう。
勇者一団の多くはガルド王国出身であり、召喚者達もまた神をよく知らない。
これは忠告であり、警告である。
神に人間の常識は通用しないし、相手はそれを理解する気もない。
また人間に神の常識か理解できるわけがない。なにが引き金で相手の不興を買うかわからないのだ。
それが例え、相手を国の頂点としてどれだけ敬意をもって扱っても、神の気に触ることはあるからだ。
その発言にアンネリーネは質問を投げかける。
ここではある程度地位を置いて話ができるように配慮がなされているからできることだ。
まぁここでそんなことを気にしていたらなんの話もできずに終わってしまうだろうが。
「皇帝陛下はどのように接してらっしゃいますの?」
まぁ妥当な疑問だろうとルクレウスは思う。しかし、その答えは単純であるがゆえに対話をしたいアンネリーネ達は真似できない。
「代々の皇帝は基本神が何か要求しない限り話しかけない。そして要求を断ることもない。
神セフィラケトルが我々皇帝に話しかけること自体稀なんだ。」
そう、ただ神から要求を受けるだけ、そしてそれに答えるだけの関係なのだ。
不興を恐れ、人間側から接触するのも即位式の時くらいのものである。それ以外は特に何もないのだ。
その対価として皇帝は祝福をもらう。
それが対価として見合うものであるかどうかは、先のモンスタースタンピートで判断できた。
何をもって主神と呼ぶのか。国を助けもしない神を主神と呼ぶのか。
戦争をしているなら良い。それは人間同士の戦いだ。神に助けを求めるのは筋違いだ。
しかし、自然災害的に国が危機にある時に何もしない者を主神と崇める。
神が何もしないのは、民が帝国が死んでも構わないとしか思われていないということなのではないのか。
心の中でルクレウスはセフィラケトルを主神とすることに激しい忌避感を感じていた。
ルクレウスの相手の要望を飲むのみ、という答えに勇者一団の正義を除いた皆が、如何ともし難い顔になる。
なにが不興の原因になるかわからない相手、しかもその相手は神だ。不興を買って生きて帰れるかもわからない。
勇者一団がしたいのは対話だ。こちらから話しかけ、その答えをもらわねば意味がない。
真希達だけなら、称号《偉大なる存在シュフの応援》のおかげで即死はないだろう。だがそれだけだ。
まさか神がそこまで理不尽な相手だと考えていなかった勇者一団は自身の認識の甘さを自覚した。
確かに聖エルリアナ神国の神エルリアナも理不尽な存在ではあったが、彼女を立てる礼儀さえ守れば対話は可能であると考えていたのだ。
そしてそれは間違いではない。答えるかどうかは分からないが、不興を買うこともないだろう。
アンネリーネは何か糸口がないか質問を重ねる。
「今まで何か思いもよらないことで不興を買いましたの?それはどのような?」
実例を出せと言われてルクレウスが一番に思い浮かぶのは、この国の主神となったセフィラケトルの最初の所業と言われている話である。
神に戦争をやめるように言われ、断った当時の皇帝の死は歴代皇帝に語り継がれている。
しかし、それが思いもよらないものかと言えばそうではない。
当時の皇帝はあまりに傲慢であった。
神がわざわざ人間如きに言葉にしてやめろと言ったのだ。それはすなわち命令と同意。
人間如きが逆らえるとは普通は思わない。
その時の皇帝は神をあまりに軽視し過ぎているといえる。明らかな不敬だ。
ならば、他には。
やはり先のモンスタースタンピートの件が一番身近な理不尽だろう。
それをアンネリーネの質問の答えとして話す。
その話を聞いて、アンネリーネは不興を買っても殺されたり、傷つけられるということはないのだろうかという疑問を持ち、そのままルクレウスに問うた。
答えは是。
基本人間に無関心なセフィラケトルは相手を害するほどに興味を持たない。
相手に要求が通らないなら顕在を解いてさっさといなくなるのが常てある。
しかし、先の皇帝のようにあまりに傲慢で神を軽視しているのが如実に現れているものは別である。
特に要求を無意味に個人的な理由で断る相手には死が待っている。
それいった者たちもだいたいが傲慢になった歴代の皇帝の誰かなのだが。
しかしここでセフィラケトルが召喚者に興味を持っていることが悪い方に作用する。
人間に興味がないからこそセフィラケトルは相手に要求が、または話が通らない場合は去る。
それが今までにないほどに興味を示した相手ならどうなるか、皇帝ルクレウスにはそれがわからない。
なにせ今までそんな人間がいなかったのだ。セフィラケトルが興味を抱く人間が。
召喚者達はセフィラケトルにとって興味のある珍しい人間だ。簡単に殺すとも思えない。
だから肉体的危害を加えることはないかもしれない。
その代わり、精神を攻撃し自分の命令を聞くようにするかもしれない。
ルクレウスのその発言に、アンネリーネは表面上は美しい笑顔を保ちながらも心内では悪態をついていた。
真希さんと桃香さんにとるかもしれない態度が変態じみていますわ!
またしてもの変態(仮)出現に悪態もつきたくなるというもの。アバロン帝国で2匹目である。
そしてアンネリーネが心の中でセフィラケトルを変態呼ばわりしているときにそれは起こった。
召喚者達のそれぞれがぶつぶつと独り言をいいはじめたのだ。
すでに偉大なる存在シュフ様を身近に感じてきた勇者一団は慣れたもので、ああシュフ様が話しかけていらっしゃるのだな、と思うだけだ。
しかし、それを見慣れない帝国側は不審者を見るように真希達を見ている。頭大丈夫?的な視線だ。
偉大なるとか言われている存在はそのことをいち早く察知。
舐められたらこの後面倒になるやんけ、と部屋に自称神でも覗けないし、感じられない結界をはり、ガンガンに帝国側を威圧した。大人気ないほどに威圧しまくった。
これでもその存在も配慮しているのだ。
掃除も大変だし、威厳が台無しになるのも嫌でしょうから、と粗相まではさせない程度に押さえた威圧である。ほらシミ抜きも大変だし。
しかし、その威圧は大陸会議で神エルリアナから受けたものとは比較にならないものだった。
エルリアナほど攻撃的ではない。動こうと思えばきっと動けるだろう。
それでも動かないのはこの威圧を発する相手がそれを望んでいないことがわかるからだ。
そう、すでに帝国側はその存在の御心のままに、という心情になってしまっていた。帝国の中心に狂信者爆誕である。
そんな心情を悟った偉大なとか言われている存在は、え?まぢで?やめて!と悲鳴を上げていたが、そんなの関係ない。
アバロン帝国の皇帝と宰相、側近数名がシュフ様の狂信者になった、それが現実だ!
そのすぐ後に、威圧は収まった。面倒になったのだろう。
その場を沈黙が支配した。
勇者一団は真希達の発言待ちである。きっとシュフ様から何か助言を受けているであろうから。
帝国側は今し方の感覚に言いようのない感情が溢れかえって止まらなかった。ある意味信者な自分に酔っていたのである。
皇帝ルクレウスなど神セフィラケトルの顕在を身近で知っているだけ、その存在の凄まじさがわかってしまった。
いや、彼の方を知ったらセフィラケトルを神と呼ぶのさえ馬鹿馬鹿しい。
帝国側がそれぞれ偉大なる存在を心で崇め奉っていると、真希が口を開いた。
正義は恍惚としている。顔にモザイクをかけて欲しい。キモい。
「シュフ様が対話の間、私達みんなを守ってくださるそうです。もちろんアンナリーネ様達も。」
帝国皇帝の前で、ガルド王国王女アンナリーネを呼び捨てにはしないTPOを弁えた真希である。
アンネリーネは笑顔だが心では、様付けは傷つきますわ!と傷ついていた。王女の方があまりお友達に対して弁えていない。
まぁ、シュフ様のおかげでこれで問題解決である。
もう面倒だからセフィラケトルは適当になんとかするからさっさと対話お願いします、という気持ちが駄々漏れに漏れている存在だ。
勇者一団も一安心、偉大なる存在シュフ様はとてつもなく信頼されているのである。
アンネリーネもご満悦で皇帝ルクレウスに対話の話を進めてくれるよう促そうとしたのだが。
ルクレウスの顔が、何かを決意したかのようにキリッとしている。その隣にいた宰相の顔もキリッとしている。後ろにいた側近の顔も以下略。
キリッと帝国側が何かを言う前に、アンネリーネが牽制する。
そんなキメ顔で何か言われても何もする気はないのだ。セフィラケトルとの対話は帝国側の不始末の対価である。
タダで何かやってやるほどアンネリーネはお人好しでもなければ、どちらかというと非道で弄ぶ系女子女狐王女である。
なにより今の流れでいくと、このキメ顔は偉大なる存在シュフ様が関係してくる。
彼の方の御手を煩わすなどあり得ない。
アンネリーネもまた、偉大なる存在を崇拝する一人であった。それは憧憬にも似た感情だ。
そんな存在の、はぁ?という素っ頓狂な声はシカトである。
彼の方に国を救われておきながら、まだ何かを求めるなど、笑顔の裏でアンネリーネの怒りはボルテージを上げていく。
「不必要とは思いますが、言わせていただきますわ。偉大なる存在シュフ様を煩わせることなどわたくし達は致しません。
彼の方の力を借りたいと考える前に、全ての方法をやり尽くす。
それくらいの気概は持ち合わせておりますの。」
キラキラがマシマシの笑顔でアンネリーネは釘を刺す。
今からいう言葉、自分たちでなんとかする努力くらいしたんだろうな?と。まるで恫喝だ。
アバロン帝国側は口を噤んだ。
すでにシュフ様の狂信者な皇帝ルクレウス達はアンネリーネの気持ちがよく理解できたのだ。
自らは何もせず彼の方を煩わせるなど、万死に値する。
我らはなんと軽率な発言をしようとしたのかと青ざめた。
そしてまだ言葉に出していないから、アンネリーネは見逃すと言っているのだ。評価は大分下がっているだろうが。
言葉にした途端、勇者一団が敵に回るのがわかる。自分達だってそうするだろう。
崇拝すべき存在を手段と考える愚か者を許しておけるはずなどない。
ルクレウスは自身が発案した例の件をこの場で破棄した。他の帝国側の人間も同様だろう。
今はシュフ様が協力下さる勇者一団とセフィラケトルとの対話をまとめるのが先だ。
何も言葉にはしなかった。しかし、ルクレウスは一言、勇者一団に謝罪したのだった。
斯くしてセフィラケトルと勇者一団の対話は成立する。
あとはセフィラケトルがどう出るか。その答えを今はまだ誰も知らない。
いやいやいや!簡単に信者になりすぎでない!?
( ゜Д゜)ハァ?
まぁそれならすぐに離れていくか。より大きな存在にな!
(゜⊿゜)ツマンネ