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五十九話 欲望渦巻くアバロン帝国〜《その二》来たのは馬鹿貴族、そして皇帝は動く。

更新が滞ってすいません。少し短いです。




勇者一団が対変態用厳戒態勢で解散した頃、マルスダルド侯爵家では当主と嫡男による召喚者囲い込みの密談が行われていた。

嫡男カルロスは勇者一団の宿を突き止めている。その後従僕により媚薬が盛られ、接触しようとして失敗している。

ここで言っておくとカルロスは媚薬の件を全く知らない。

カルロスの従僕の独断である。何故なら従僕君は下記にある事実に気付いていたので、こそこそカルロスのために動いていたのだ。

しかも従僕の媚薬作戦は失敗し、尚且つ実行犯の女が捕まり、その黒幕として自分の家の名が挙がっていることなんて全然知らない。あと自分の願望垂れ流しの独り言をすべてバラされていることも知らない。


当主の方も息子カルロスがターゲットを一人ではなく勇者一団の女性全員にした事など知らない。あと従僕の暴走も知らない。

残党侯爵家に情報を渡してきた者たちはことごとく離れていくか処罰されているため、慢性的情報不足に陥っていたのである。

そのため、息子の婚約者の家であるモンティーヌ公爵家が虎視眈々とマルスダルド侯爵家の失態を探しているなどとは夢にも思っていなかった。


また没落する貴族の最後に金を出来るだけ搾り取ろうという悪党はいるもので、当主にかなりの高値で隷属関連の装飾品を売りつけている。

それをそれなりの数の悪党がやったのだ。

すでに侯爵家の懐具合はかなり悪く、皇帝の粛清がなくともこのままでは借金地獄で爵位を売らなければ結局潰れるだろう。

元々マルスダルド侯爵家は散財癖のある当主に夫人、そして見栄張りの息子と流行り物が大好きで金銭感覚が壊れた娘で構成されている。

前々帝と前帝時代に甘い汁を吸って来なければ、そんな生活など維持できるわけがない。


前帝が廃され、国に寄生している貴族の駆除に乗り出した現皇帝とその側近たちにより、無駄な施策の撤廃、用途不明金の一時凍結、派閥争いに乗じた禁止品の売買の取り締まりなどが行われた。

それによって莫大な利益を得ていた一部の貴族たちが破綻に追い込まれ、また証拠を掴まれ処罰された。

処罰は良くて当主の毒杯による死罪の後、爵位を降格されての存続となる。

それでも後継はしっかりと調べられ問題ありとされた場合その権利を失い、遠縁から問題無い者が連れてこられ後継として爵位を継ぐことになる。

良くてそれなのだ。悪い時は見せしめを兼ねた一族郎党死罪以外ない。



だからマルスダルド侯爵家当主は毒杯から逃げるために、召喚者を現皇帝への手土産にする方法に縋っている。

前帝ならその土産品に興味を持ったかもしれないが、すでに皇帝が変わった今その行動がどう評価されるかなど当主の頭には無い。


当主は息子が女性の扱いがうまく、また相手をその気にさせる術に長けていると思っている。

後継を生む義務から解放された、貴婦人達の恋の相手を務めているからだ。

だから息子カルロスが聖女と呼ばれる異世界からの召喚者の好意を獲得し、そのまま警戒心を抱かせずに我が家に招くことができれば隷属の装飾品をつけさせることも出来るはずだと自分の都合よく考えたのだ。


しかし、当主は知らない。

あくまで年上の貴族女性達は御し易く、考えていることが単純で、顔がいいだけの相手を選んでいるだけだということを。

彼女達は互いにカルロスの情報を教え合うことで、それぞれ比べて楽しんでいるのだ。

また下手になものが近づきカルロスに入れ知恵しないための情報交換でもあり、しっかり監視もつけていた。

彼女達が求めたのは、見て楽しめ、転がして楽しめるおもちゃであって、決して恋の相手などでは無い。

貴族の義務がなんたるかを理解している夫人たちもまた、一筋縄で行く相手ではないのだ。

伊達に社交界を渡り歩き、有益な情報を少しの情報だけで集め、周りを誘導して国の不穏分子を炙り出したりしているわけではない。


そして同世代でのカルロスの評価は近くにいた者と側から見ていた者では全く違う。

カルロスの性格を知る女性は、まず彼を伴侶にとは思わない。

政略結婚ならば仕方ないと諦めるだろうが、選ぶ権利があるのならば全力でお断りするだろう。

親に似た散財癖、無駄なプライドの高さ、そして領地経営にまで、いらない見栄と根拠のない自信を持ち込みそうな性格である。

結婚後の苦労は計り知れない。これで実家の利益になるのならまだいいが、それも期待できないのだ。不良物件といる。

カルロスの従僕はこれらを知っていたのである。そのための媚薬、だってカルロス坊ちゃんのモテスキル(笑)では落とすのは無理だ。中身がバレたら終わる。

ある意味忠義の人である。やってる事は犯罪だし、もっと前に教えて性格を矯正すればよかったのだ。


見た目と優雅な所作、そして表面上の女性の扱いは素晴らしい。

側から見ていた女性、軽く接しただけの女性は憧れを抱き噂話で盛り上がるくらいはする。

しかし、有力公爵家の令嬢を婚約者にもつカルロスに近づこうとする貴族令嬢はいない。

公爵家に睨まれるのはごめんだし、そんなことをすれば周りから貴族の常識を持たない人間だと思われるのだ。婚姻は遠のき、待つのは修道院生活がせいぜいだろう。

遠くからはしゃぐのは特に危険もなく楽しいだけだからだ。近づく危険をおかして幻滅するより、遠くで噂話を楽しむだけですませる。

現実に夢を見ない、淑女であることを求められる貴族女性達の真っ当な楽しみ方と言えるだろう。


つまりカルロスは年上のお姉様方のただのおもちゃであり、噂ほどモテるわけでもないし、近づいて性格を知れば結婚相手には絶対に選ばれない男なのだ。

これで演技が超絶に上手く、感情を隠すこと取り繕うことに長けていれば別だが、そのままのカルロスはハニトラ要員には完全に不適格、落第野郎である。


そして現在、件の公爵家がマルスダルド侯爵家の不穏な動きを察知し、その決定的な証拠を掴むために本格的に動き出した。

そして当主本人は皇帝ヘの謁見を申し込んでいる。

公爵家が察知できたのは、第二騎士団内からのリークと、現宰相が本格的に動き出したからである。いまだに情報網が健在だと言うことの証左である。




今回の件の報告を受けた皇帝ルクレウスは、即座にマルスダルド侯爵家を死罪にできるだけの証拠を捏造しすることを決意した。

すでに媚薬の件で侯爵家の処罰は容易い。この不手際を生温い対処で終わらせでもしたら勇者一団が何をしてくるかわからない。必ず死罪だ、死罪以外ではダメだ!

ルクレウスは武力面では勇者達がものすごく怖いし、政治面ではアンネリーネがとてもとても怖いのだ!

たかがひとつの残党侯爵家のために、アレらを敵に回すなどあり得ない。

化物たちの相手など命がけでも足りないのに、前帝時代の塵屑が!と怒り心頭である。


そこに公爵家からの深夜の謁見の申し出である。ルクレウスはモンティーヌ公爵家の娘がマルスダルド侯爵家の嫡男と婚約していることをきちんと記憶していた。そしてモンティーヌ公爵家はぎりぎりで粛清対象を外されている家なのだ。

これはひとつの公爵家がすでに無くなっていることも理由の一つだが、モンティーヌ公爵家当主がそのぎりぎりを見極めることができる人間だからと言うところが大きい。頭はいいのだ、面倒な方向に。

上に立つ身で考えると、非常に面倒な相手だ。そしてこの謁見の内容は聞かなくてもわかる。

マルスダルト侯爵家の失態を嗅ぎつけたのだろう。かの侯爵家がすでに粛清対象と知っていて、娘の婚約を自分達の都合の良い形でなかったことにしたいのだ。

まず、この婚約自体があの当主にしては先読みの外れ方がひどいものだった。

いやルクレウスが帝位につくのが遅ければ、または帝位につかなければ妥当な婚約だったのかも知れない。

一瞬ルクレウスの頭に暗殺の二文字が浮かんで消えた。

だとしてもすでに大勢は決した。勝利は我々にある。

そして起こらなかったことを今とやかく言うことなどできはしない。嫌な気持ちがなくなることもないが。


さて、とルクレウスは目を瞑り思考する。

今現在、どんなことがあっても勇者一団を敵に回すことはあり得ない。そう、例えモンティーヌ公爵家がなんと言おうとだ。

勇者一団とはいい関係を作っていきたい。

個人的にもそうだが、なによりこの国の皇帝としてあれほどの者達を味方にしない手はないのだ。味方が無理でも、いい感情を抱ける知り合いでありたい。

そう思える相手に、我が国の貴族が何をしたかを思うと頭をかかえたくなる。しっかりと再三に渡り勇者一団の取り扱いには注意するよう言ってきたと言うのに、あまりに愚かだ。

さしずめ、彼らの見た目で侮ったのだろう。

一番の年長者である護衛騎士マックスで47歳。騎士らしく逞しい体躯である彼だけならルクレウスの注意も聞いただろう。

しかし勇者を含めた他の者達は皆若くそして見目が美しく、戦うものにしては華奢だ。

ルクレウス自身あの殲滅を遠見の魔道具で見ていなければ、そして自国のことでなければ、初めは救国の英雄という役を与えられた人間、収束をアピールするための英雄として扱ったことだろう。きちんと礼儀は払うものの、それだけだ。


しかし、何故馬鹿な貴族達は忘れることができるのだろうか。

あの、皆が死を覚悟するほどの未曾有のモンスタースタンピート。

救援は来ず、ひたすらに閉じこもった絶望の日々。

そう救援は来なかったのだ、はじめは。

すべては前帝が来てくれる援軍やその派遣国に何をするか分からなかったからだ。

急襲、人質、こじつけ、宣戦布告、そんな事でもやるだろうと思われていた。

そして実際に奴は、やった。

自国を助けに来たその援軍を自身の政敵を倒すための囮にした。国を助けてくれるために来た援軍をだ!

それもまだ未曾有の危機が去る前に、援軍を我が国の騎士か襲うという形でだ。援軍側の人間が死んでいてもおかしくはない。

見捨てられても文句は言えない。いや見捨てられて然るべき、見下げ果てた国だった。皇帝だった。このアバロン帝国は。

その国を救ったのは誰だ?未曾有の危機にこの国に来たのは彼ら勇者達しかいなかったではないか!

すなわち彼らこそが真の救国の英雄、アバロン帝国の大恩人なのだ。


その事実を忘れたのか、愚かにも。いや、覚えていても関係ないと、そう考えているのか。

ルクレウスの怒りは静かに黒く広がっていく。許せるわけがない。

ルクレウスは皇帝だ。だから公に言ったことはない。

そしてこれからも言うことはないだろう。

しかし、ルクレウスは勇者達に崇拝の念すら抱いていた。

アバロン帝国の主神セフィラケトルなどより余程高潔で慈悲深い存在だと考えている。そして、なにより恐ろしい存在だとも思っているのだ。

一度敵に回せば、慈悲などないだろうことが分かるからだ。

先の一件で一度見逃された。前帝の愚行を見逃してもらえた。

しかし、次はない。言葉にせずとも、彼らの責任者であるガルド王国王女アンネリーネは確かにそう告げていた。

そしてそれをルクレウスは受け入れた。受け入れていなければ、あの王女はすぐに踵を返しただろう。二度目を犯す無能は不要と言って、帝国の滅亡など知らぬことと。


物思いに耽っていると近くにいた宰相が咳払いをした。どうやらそろそろの様だ。

すでに側近達には最優先は勇者達を敵に回さぬことと告げてある。

それに合わせて動いてくれるだろう。それだけの信頼はある。

モンティーヌ公爵家には、ある程度の餌で満足してもらわねば、それが嫌なら減りすぎではあるが公爵家がまたひとつ消えるだけだ。

なに、どこかのちょうどいい侯爵家を適当な功績で格上げし、公爵家にすれば良い。

たかがぎりぎりで生かしておいてやっている公爵家如きのために我が英雄を不快にさせる気はないのだから。

ルクレウスは撫でつけた黒髪が崩れるにも気にせず、頭の後ろで手を組み玉座の背もたれに体を預ける。

気怠げに脚を組ん、冷ややかな銀色の瞳を片方細め、薄い唇で酷薄に笑った。










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