四十四話 聖エルリアナ神国の事情〜大一之宮ユダリエルは神を謀る
人が死にます、虐げられるます、誘拐軟禁の話もあります、DVの話がチラッと出ます、性的虐待を匂わす発言があります。自殺します、残虐な描写があります。それでも大丈夫な方のみどうぞ!
現在、我が聖エルリアナ神国は今までにないほどに追い詰められている。
まぁそれも我々の自業自得なのだが。
ただの三之宮ガヴリエル=エルリアナ。
今はその地位を失い、エルリアナを名乗ることも許されない大罪人のハイエルフ、ガヴリエル。
彼女が三之宮という役職についたのは150歳の時だ。
しかしユニークスキル天啓を持っていたことからその地位は産まれた時から約束されていた。
そして長命なハイエルフであるがために同じ地位に3500年もの間、居続けることができた。
それが、良くなかったのかもしれない。
彼女は傲慢で差別主義、そして狡猾であまりにも愚かに育った。
美しい容姿、自分を正当化するのによく回る口、なによりユニークスキル従属魔導を持った三之宮ガヴリエルは神エルリアナの天啓を受けるたびに自身に都合のいい解釈をしては我々上層部の顰蹙を買った。
しかし、神から天啓を受けての行動、それを神が咎めないのならば我々はそれを見逃すしか無かった。
なぜなら我が国には神が定めた法があったからだ。
《神エルリアナからの天啓、神託は絶対であり、それを故意に邪魔するものは罰される》
我々は愚かにもこの法を恐れて、ガヴリエルを咎めなかった。
いや、咎めはした。私は子供を叱るのと同じように幾度となくそれを繰り返し行った。
「天啓を言い訳に使ってはいけない」
「他人に迷惑をかけてはいけない」
「自分が嫌だと思うことは他の人にもしてはいけない」
「神の名を汚してはいけない」
ほんの小さな幼児に言い聞かせるような繰り言はガヴリエルには届かなかった。
もしかしたら彼女のことだ。聞いてさえいなかったのかもしれない。
この言い聞かせは、いつも同じ言葉で終わった。
「けれど神はわたくしを咎めないではないですか。」
この国で神以外の全てに勝つことのできる言葉だ。
そして私は、神エルリアナを宗教している信者であった私は、それを否定し得なかった。
彼女は勝ち誇った顔をして部屋から出ていく。 その後ろ姿を何度見たことか。
そんな日々を3000年も。
ユニークスキル【神問い】。
それを持つものは二之宮の地位を約束され、神エルリアナへ直に何かを問うことが許される。
それは儀式として行われるものが半分を占め、残りは国の最終判断を仰ぐために二之宮たちが有する特権としての【神問い】だ。
予め分かっている質問(例えば来年の役職の称号についてなど)を書にしたため、年を越す前日に神の座すところである神殿に置き、お伺いを立てる。
その後数週間の間に今なら内務二之宮に神から神問いの答えがあり儀式としての【神問い】の日程が決まる。
裁判などの【神問い】はその限りではないが、やはり事前に知らせねばならない。
我々上層部は、何度か二之宮の特権を使い、三之宮ガヴリエルについて【神問い】したことがある。
それは全て天啓を曲解して自己欲を満たそうとするガヴリエルを危惧したからだ。
しかし、神エルリアナの答えはいつも同じ。
「わたくしの民が、わたくしのためを思って天啓を受けしたことならば、そのものに罪はない」
何度めのことだったか。
長命なエルフやハイエルフで構成された上層部はほとんど入れ替わりがない。
その時も今と変わらないメンバーが苦い顔を突き合わせ、この部屋にいたのだ。
とある裁判の結果、何人もの人が死んだからだ。
三代目の大一之宮である私、ユダリエル=エルリアナもそこに居た。
私が大一之宮を継いで4000年を過ぎた頃、ガヴリエルが3000歳を超えた頃だっただろうか。
三之宮であるガヴリエルは神エルリアナの天啓を受け、とあるエルフが異教徒をこの神国の神都アルカディアに住まわせていたことを知った。
天啓自体がどんなものだったのかは、直接告げられたガヴリエルと神にしか分からない。
他の三之宮ならば、必ず報告をし協力を仰ぐものなのだが、ガヴリエルはそんなことはしない。
ただ、聖エルリアナ神国は確かに神エルリアナを頂点に置く国であるが、異教徒が住めないわけではない。
届出は必要であるし、それなりに住み難い国ではあるが法で禁止されているわけではないのだ。
そのまま住み着き改宗する者もいる。
なのに、ガヴリエルはその異教徒を神都から追い出すよう、そのエルフに求めた。
しかし、エルフはその指示には従えなかった。異教徒が、そのエルフの男性の元にいたのには理由があった。
異教徒である女性はそのエルフの義理の妹にあたる。妻の妹である彼女は国で夫から暴力を受けており、子を連れ逃げ出してきたのだ。
今神都から追い出されれば、野垂れ死ぬか、追ってきた夫に殺される。
エルフの男性は懇願するようにガヴリエルに説明を重ねる。
よくある理由、といったら悪いが同じような理由で我が国に逃げ込むものは多い。
しかし、彼女はそれも聞いていなかったのだろう。
天啓を受けた三之宮である自分に逆らうのは神に逆らうも同じ、とその男性はガヴリエルにより法を犯したとして訴えられ、裁判にかけられる。
そして二之宮による【神問い】で男は神に許されず、磔刑となった。
私はこの磔刑が幼い頃から嫌いだった。
法ではただ柱に縛られ晒されるだけの刑と書かれているのに、実際は他の多数の信者による石打の刑。
神は手を汚さず、敢えて信者に手を汚させる刑だと私はずっと思ってきた。
それを大一之宮として間近で見た時から私は、、、。
その後、異教徒であった彼の義理の妹と子は神都を追い出され、数日後に遺体で見つかる。
明らかに私刑にされたとわかる体の傷。
これが、人のすることだろうか?
神の国を名乗る聖エルリアナ神国の民が、していいことなのだろうか。
子供と逃げて来た母親とそれを助けようとした義兄、三人も。
何が罪だというのだろう?神は、、、。
しばらく経って、刑に処されたエルフの妻が死んだ。
自殺だ。おそらくひどく虐げられたのだろう。そして妹を匿った自分のことも責めたのかもしれない。
しかし、彼女は最後に神に逆らった。
神エルリアナの法では自殺は罪だ。
彼女は神エルリアナを自ら捨てたのだ。
この頃から大一之宮である私は神を完全に捨てた。
聖エルリアナ神国の大一之宮でありながら、私は神を謀り上層部に小さな種をまいたのだ。
傲慢で差別主義、天啓を言い訳に己の欲を満たすことに夢中のガヴリエルを使った、神への疑念の種だ。
ガヴリエルの天啓を免罪符にした所業の末に、子供を含めた四人が亡くなった。
これには何時も神が言うのなら、と繰り返すだけの上層部が、とてもとても苦い顔をしていた。
ならば、そこを利用しようと。
きっとこれからも神は三之宮ガヴリエルを裁かない。
天啓さえあれば、我々よりも神の権力を与えられたガヴリエルの方が、立場が遥かに上なのだから。
このまま行けば、いつか神エルリアナの名に泥を塗る。
このまま行けば、聖エルリアナ神国自体が危うい。
裁判後の事の顛末を聞き集まった、この国の上層部。
今顔を顰めている彼らの心で種が芽吹き、いつかこの国から自由になれる様に。
三代目大一之宮、その身に神エルリアナをおろすことができる男の巫。
ユニークスキル神おろしを持つものは非常に稀で男女問わず、その才のある者のみが大一之宮を名乗り、聖エルリアナ神国の神に次ぐ地位を得る。
その才があまりに稀なため、その地位が空席な期間は長い。
私が継ぐまで3000年近く空席だったのだ。
初代、二代目は共に女性。
私が初めての男の巫、女神であるエルリアナの依代、神おろしのための人形。
性別が違っても、その役割に変わりはない。
ガヴリエルの愚行をここまで、神国の名が地を這うこんな時になるまで許し続けてきたのは、この国の頂点。神だ。
苦い顔、怒りの顔、嫌悪の顔、焦り顔、いろんな感情を持って、またしても集まった。
この国の上層部。
外務二之宮、内務二之宮、総括三之宮、実務三之宮そして私、大一之宮。
「ここまで愚かだとは。」
分かっていた、私には。
敢えて国が危うくなるほどの失態にするために誘導し放置して来たのだから。
けれど皆はどうだろう?
神が許されるならば仕方がない。なんとか穴埋めをしなければと毎回走り回っていた外務二之宮。
神が許されるなら。きっとちゃんとした理由があるはずだと考え、ガヴリエルを罰しもせずに形だけの謹慎を命じ放置していた内務二之宮。
神の慈悲もいつかは消え、罰を受ける日が来ると考えていた総括三之宮。
神の戯れもなかなか面倒ではあるが、同じ三之宮が上を翻弄していることが楽しかった実務三之宮。
せっかく、神への疑念をまいたのに誰の種も芽吹くことはなかった。
だからここまで来てしまった、とも言えるかもしれない。
総括三之宮はある意味おしいところにいた。
ただその慈悲が消えたのは、この国がすべての信頼を失った後だったわけだが。
「さて、これはどうしたものでしょうねぇ、、、」
私は口元に笑みを浮かべて囁いた。周りがピクリと動いたのがわかる、責められるのを恐れる様に。
何度も何度も言ってきたのに、本当に愚かな者たちだ。
今のままでは、いつか国としては終わりが来る。
何とかしなければ、せめて三之宮ガヴリエルを。
それに対して、神が許しておられる限り我々にその権限はないと、言い続けてきたのは誰だったか?
ここにいる私以外の全てのものだ。
大一之宮などと言っても、ほとんど権力を持たず、神がおりるときだけ必要とされる人形。
しかも今代は男。女神の依代に相応しくないと影で言っていることは、よぉく知っている。
神エルリアナが私に教えるのだから、私が他の者を好かぬように。
私はとても美しいらしい、その姿形がだ。
女神の依代なのに男だから相応しくないと言った口で姿形だけを褒めることも、よぉく知っている。
神エルリアナが教えてくるのだ。私が褒められるのは嬉しいと言って。
気持ちが悪い。吐き気がする。
私の言葉は聞かないのに、自分の話だけしていく神のさまはガヴリエルにそっくりだ。
だから結局自己愛の延長でガヴリエルを許していたに過ぎないだろう。
そのために、自身の名が地に落ちたのだから笑わせる。
ああ、そう言えばガヴリエルも同じようなことをしていた。
周りが噂する私の悪口をわざわざ教えにきて、他の人はこんなに醜いのよ、と言って笑った。
貴女も十分に醜いと何度思ったことか。
こうして考えると実に似ている二人だ。
自己中心的で自己愛が強く、己の力に酔いしれ周りのことなど考えることもしない。
何より私を見る時の、あの目。
熱っぽいのに物を見るような、見惚れているのに格下を見るような、欲が揺れるのに全く私を見ない、あの目。
二人の目はとても似ている。吐き気がするほど。
ユニークスキル神おろしを持つ者が聖エルリアナ神国で産まれれば、親から離され世間からも離され、神エルリアナの狂信者に囲い込まれて育つ。
それは他国の場合も同じで、ユニークスキル神おろしが産まれたと知れば聖エルリアナ神国は密かに、でも全力をあげて拐ってくるだろう。
先代、二代目の大一之宮であった人は魔族であったという。
その姿を神エルリアナがエルフに変え、本人もエルフとして生涯を終えた。二千年を超えるほど長く生きたそうだ。
それを親から奪って、世間からも離し、自身の狂信者に囲い込ませ、2000歳を迎えたその日に私に語るのだから、あの神は。
だから大一之宮は殆ど聖エルリアナ神国を出ることはない。
初代の時は違ったようだが、彼女の場合は既に神国以外を知っていた事と神と国を興したという責任と栄誉があったからだろう。
世間に触れさせぬため、他宗教を知らせぬため、常識を知らせぬため、何より逃さぬために。
しかし、ひとつだけ方法はあったのだ。
この国が危機に瀕し、汚名をそそがなくてはならない時。
神は神おろしを使い顕在し、各国にその威光を知らしめるだろう。
神エルリアナは自身が尊い神であることに凄まじい執着心を持っている。
大陸会議。
そこは私にとって解放の場となるだろうか。
まぢで((((;゜Д゜)))))))