三十五話 いけ!勇者御一行!〜防御と攻撃は任せろ!英雄役と名声は任せた!
血生臭い、残酷な表現があります、大丈夫な方のみどうぞ!
結局、アンネリーネの言った通り2日を要して皇帝ルクレウス=ルキウス=マーリアンヌ=ヴィ=アヴァロンは大陸全土でその即位を認められることとなった。
アンネリーネもそのことを故国の父王本人から聞き、やっと話が進められると安堵した。
なにせ、こちらは小高い山からオーガの軍勢をただ眺めていることしかできていないのだ。
下手にここでなんの交渉もせず正義たちが殲滅でもしたら後ろから刺されても結局助ける、お人好し、または周りの反応を気にする気概のない人物と舐めらる。
そして帝国は刺されても助けたではないか!と他国にまで都合の良い武力扱いされてしまう。
それなのに帝国から対価を支払わせることも叶わない。踏んだり蹴ったりとはまさにこの事!
しかし、帝都を襲い始めた魔物を叩かないのもまた悪手だ。目の前にいながら何もしなかったと、卑怯者呼ばわりされるだろう。
そこはアンネリーネが襲撃者の存在を使って、こちらの非は潰すが人心はそう簡単ではない。
必ずどこかで、ガルド王国、勇者たちは救えるのに救わなかった、という思いが出てくる。
決断の時、交渉の時、その時は今後の未来を決める時だ。
卑怯者はいつかは裏切る、それは自分の時かもしれない。
各国がガルド王国に対して疑心暗鬼に陥るのだ!
どちらをとっても結局は特大の大損だ!
だからこそ、この2日は生きた心地がしなかった。
アンネリーネは双方を天秤にかけ、舐められる覚悟を持って各国に疑心暗鬼になられるよりマシと魔物たちが動いたら、攻撃する手筈であったのだ。
しかし、そんな覚悟はすでに捨てた!
ポポイっと遠くへと投げ捨て、言葉という刃を研ぎまくる!アンネリーネは防御よりも断然攻撃の方が好きなのである!
戦いはコレからですわ!
アンネリーネは2日前と同じように魔道具を介して今は皇帝となった元皇太子ルキウスと交渉中だ。
「では、よろしいですか皇帝陛下。こちらの要求は三つ。
一つ、援軍に参加くださっている《勇者》基山正義様、《賢者にして剣姫》稲森真希様、《聖女》川谷桃香様、この3名が元の世界に帰る方法を帝国の全力で探すこと。
二つ、ガルド王国と不可侵条約を結ぶこと。
三つ、今回この援軍に駆けつけた全員に帝国がそれに見合うと思った何かをそれぞれいただければ幸いですわ。
恐れ多くもお伝えしておくことがございますの。
既に各国には帝国からこちらへの襲撃者のこと、その後の前帝であられるルキウス閣下のなさりようについては確りと説明させていただきました。
証人付きの証言もそれには添えておきました。
勿論その時皇太子であられた貴方様の言動もお伝えしましたわ。
こちらも現在モンスタースタンピートに手を出していない事情を説明する必要がございまして、他意はございませんわ。
それでは要求のこと、時が来たらすぐに書面、魔術による制約を交わしていただければ幸いですわ。」
かなり大きく出たアンネリーネだ!
そして以外だ!お友達が帰る方法を要求するなんて!
一つ目はここまでわざわざ来て戦う異世界の勇者御一行への感謝を示せ、ということ。まぁ妥当である。
二つ目はその支援国であり、ここまで導いたガルド王国に戦争仕掛けるなんてあり得ない!という妥当な要求だが、帝国は既に臣下といい前帝といい、しでかしまくってるわけで。
ここで拒否したら、それでは、と帰られてしまっても文句は言えない。
今までこちらを散々侮辱した上に戦争仕掛けますよ、と言っているようなものだからだ。
逆に不可侵条約ということに感謝するべきだ、相手も攻められないのだから。
つまり脅しと嫌味と恩の押し売りだ!
三つ目が一番いやらしい!帝国が見合うと思った、つまり帝国の命の値段を自分で決めさせる、ということ。
下手なものを渡してきたら、帝国の命はこの程度なのか、と思われる上にケチであると公言するようなもの、しかし疲弊している国の国庫から大枚を払うわけにもいかない。
また、お金で払うのもどうか、帝国の命は金に変えられるのか?というわけである。しかもきちんと額までバレるのだから。
贈る相手が使いようのないただ高価な物を渡すのも、また本末転倒である。
物にしても何を選ぶか、その数はまさに無限!
それへの対応は無限地獄である!
おしゃれ上級者に私服を見られる時に感じる。
あの、答えはない、だけど評価はされる、という嫌な感じなやつなのだ!
まぁ三つ目は、嫌がらせ兼新皇帝への試験のようなものだ。
ここをうまく切り抜ければ各国の認識も良い方へと変わる。
まぁ下手したら暗愚と切り捨てられるのだが。
最後に付け加えられたのは説明と希望だが実際は報告と牽制、嫌味である。
お前らの茶番という名の愚行は全て各国に通達済みだ!こちらが手出ししない理由も各国が納得済みだ!という報告と牽制。
証人付きの証言、帝国公爵子息という地位ある証人の証言という、もみ消せないものも付けておきましたよ!もう、もみ消せませんよ!今更そんなことなかったは通じませんよ!という牽制。
絶対書面と魔術を使わないと信じることなど出来ませんわ!口約束だけではすぐに反故にされてしまうかもしれませんもの、それだけ信用を欠くことをそちらは致しましたのよ、おわかり?という嫌味である。
一度された侮辱は絶対忘れず徹底的に相手を潰しにかかる、それこそがアンネリーネ!
しかし今回はご本人ではなく、賢明な判断をしたその息子。アンネリーネもそんな相手を潰すほど鬼でも馬鹿でもない、だから壮絶な嫌味を叩き込んだのだ!
その後も新皇帝ルキウス対女狐王女アンネリーネの舌戦はつづき、アンネリーネの絶対的勝利で幕を閉じる。
なにせ、時間がない。
命の危機なのは帝国。
アンネリーネは色々各国に根回し済み、失態を演じたのは帝国側のみ。
そしてアンネリーネ達はそのまま帰るのもたやすい。
そうして、三つの要求は飲まれ、パーティ開催のお金は復旧に、と相手がこちらを取り込む手を潰して勇者御一行はパレードのみ参加、ということとなったのだった。
もちろんパレードにはアンネリーネも参加する。大好きなお友達を狙う輩には盛大に噛みつき祟るだろう!
すでに妖怪の域に達しているアンネリーネだ!
しかもアンネリーネ場合のそれは大きな実害を持ってやってくるのだから、よりたちが悪い!
今後の戦いの流れの確認後、健闘を祈りつつ通話は終わった。
哀れ新皇帝ルクレウスの声は心なしか萎んでいた。
ここからは正義、真希、桃香の出番である。
今回殺戮の場となる全体を見渡せる小高い山から三人が魔術で攻撃し、それを偉大なる存在シュフにより強化される事になる。
そう、私の出番である!!!
キュート〜やる前に下準備しとこうか!
さしより倒れる心配があるのでベッドに移動です。(笑)
真希さんの雷魔術に合わせて魔導【雷】をオーガエンペラーの脳に集中させて破壊。
なるべく素材は傷つけくないからね!中身はズタズタでもいいけど、確か皮の需要が高いんだよね!
桃香さんの水魔術に合わせて魔導【水】を高圧力で切るイメージで。
まぁ五分の二くらいは桃香さんの手柄にしとこうか。
正義に渡してた水魔術で五分の三を以下略。
太陽が真上を越える頃、正義、真希、桃香の三人は山の中腹から帝都を囲むオーガの群れを見渡していた。
一度攻撃を仕掛ければそれを刺激に群れは帝都へと攻め込むだろう。
間違っても手を出すだけではダメなのだ。圧倒して勝たなければ、倒しきらねばならない。
見渡す限りオーガ、オーガ、オーガ、オーガ。
色も違うし形も微妙に違う、でも全てオーガだ。
その中でも一際大きな巨体が数体。
それらに狙いを定める。
イメージは落雷、でもダメージは脳に。
一気に魔力を練り、放つ。
大きな音が聞こえた気がするが意識はすでにここにはない。
極限まで圧をかけた水でオーガたちの首を狙いそれを断つように。
魔力にも圧をかけてイメージ通りにいくよう、すべての首を撫でて行くように流す。
何にも気付くことなく命令通りに帝都を威圧していたオーガたちのおよそ五分の二の首が、同時に断ち切られた。
全く同じ瞬間に、ぼどっと他と重なった濁った音が生々しく響く。頭をなくした首の断面から血が吹き出していた。
一気に辺り一面に血の匂いが立ち込めた気がした、でも私はすでにここにはいない。
さっきよりもっと広い範囲のオーガの首、首、首、首を切り落とす要領で。
水を刃に、魔力でそれを引き、切り落とす。
残りのオーガ全ての首が先ほどのそれらと同時にぼとっと落ちた。
血が吹き出るその反動か、胴体はそこらに転がり折り重なる。
生温い血を浴びた気がした、でも私は私は私は
『緊急。警告します。緊急。警告します。』
がばっと、私はベッドで起きた。
大丈夫、確かに落雷の音も聞いたし、大量の血の匂いも嗅いだ。でも血は浴びていない。
あれは魔導だ。自分はあそこにはいない、初めからあそこにはいない。
ああ、ありがとうキュート。
またこの先にいって意識失うところだった。
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桃香は呆然と帝都一帯を見ていた。
こんなに遠い山にいるのに周りが赤黒く染まっているのがよくわかる。臭いまで届きそうだ。
先ほど感じた途方もなく遠い感覚を覚えていた。
臭いがこびりついている気がして鼻を覆う。
あたしにはあんなにいっぱいを一度に倒す力は、ない。
わかった、正義があんなにシュフ様を偉大だと素晴らしいと言っていた意味が。
桃香は少し怖かった。
でも分かったから、シュフ様が決して嬉々としてやっている訳でも、片手間にやっている訳でもないってことが。
いや、片手間になら出来るのかもしれない。その力ならば彼女は持っている。
桃香ではその力の大きささえわからない、ただ漠然と大きいとしか言えない。
それだけ彼女の力は桃香の想像の外にあった。
すごいとか絶大だとか、そんな言葉くらいしか思い浮かばないくらいに。
でも、片手間にではなく、ちゃんとあそこにいたのだ。血で染まったあの場所、そしてあたし達の側に。桃香には確かに感じ取れた。
だから少し怖いけど、そんなの忘れるぐらい優しいと思えた。遠くから天罰を下すお話の中の神様なんかよりずっと。
周りを見回す余裕を取り戻し真希を見る。
真希もこちらを見ていた。
自然と互いに笑顔になって、あんな血生臭いことを自分の手でした後なのに。
でもそれは真希も同じで二人で手を繋いで、きっと同じことを考えている。
あんなに血生臭いことを、確かに自分の意思で自分のためにしたけれど。
それの半分か、それ以上をきっとシュフ様が担ってくれた。
小さなあたしの手では持ちきれない分を持ってくれた。
優しい優しいシュフ様、貴女が助けてくれなければ潰れてしまったかもしれないあたしは貴女のことが大好きです。
それがなんだか嬉しくて泣きそうになった桃香に、真希も同じように泣きそうになりながらも笑う。
そう、確かに場違いかもしれないけれど彼女の優しさが嬉しくて、代わりに背負ってもらったのが情けなくて、でも謝る代わりに、貴女に感謝を。
もう正義のことを馬鹿にできない。
真希も桃香も偉大なる存在シュフ様にこんなにも大きな感謝を胸に、これからも生きていくのだから。
そして予感がする。この感謝はまだまだ大きくなり深くなる、そんな予感。
自分の不甲斐なさを嘆くべきなのだろうけれど、ずっと彼女を側に感じられる予感の嬉しさの方が優ってしまう。
正義が今回は援軍仲間に演説をし始めたことで、二人は苦笑いしながらもその輪に入っていく。
アバロン帝国帝都グランドベリーを襲った未曾有のモンスタースタンピートはオーガとその上位種の殲滅で幕を閉じることとなった。
奇しくもそれはガルド王国王都での同様の騒動と同じ結末を迎えたわけだが、今回殲滅に参加したのは一人ではなく、賢者にして剣姫である稲森真希と聖女である川谷桃香もその名を英雄としてこの異世界へと刻むこととなる。
その裏で、マルクスはその名を愚行と蛮行の代名詞として、とあるオーガエンペラーの父親として、何よりもそのオーガエンペラーに命じて帝国をオーガの変異種、上位種の群れに襲わせた大罪人として、ひっそりとその名を残しのだ。