二十九話 カイウス=ゴットリープの場合〜話が通じないなら通じるようにするだけだ〜
暴力的発言があります、ご注意下さい!
アバロン帝国への旅路、宿屋でカイウス=ゴットリープは思い悩んでいた。
ガルド王国王都ロイヤルロンドを出るときには勇者たちの本性を秘密裏に掴んで断罪するつもりでいた。
だが出立から日々は過ぎ、賢者や聖女の少女たちの実力はすでに自分のそれを遥かに超えていた。
最初はまだ拙い様も見えたがそれでもその大きな力に、自分は何か間違えたのではないかという思いを抱かずにはいられず、そのモヤモヤを勇者正義にぶつけていた。
正義ははじめスライム相手にお遊びのような剣術を使っていたのだ。
ただその防御力には目を見張るものがあり、初日はスライムだったがその後はコボルト、ゴブリン、ボブゴブリンとだんだん強くなっていく相手に全くのノーガードで攻撃されても少しもきかない。ダメージが通らないのだ。
だがこの勇者があの未曾有のモンスタースタンピートを一瞬で収束させたとは全く思わなかった。
勇者と名乗るのならばそれ相応の実力がなくてはならない。
自分の考えは間違っていない。
賢者たちの成長とその実力を知りながらもカイウスは自分の考えを変えずにいた。
そして正義への態度も、勇者ならばという思いに駆られて強い口調で言い放つのは変わらない。
「たかがゴブリンに何手間取ってるんだい?」
「その手に持ってる剣は飾りか何かなのかな?」
「勇者ごっこで遊んでるんじゃないんだよ?」
言葉遣いは箱入り息子であるため丁寧だが、そこに込められた侮蔑の念は凄まじい。
凄まじくネチっこい!
聞こえてきたマックスがさすがに今回はそれを咎めようとした時、正義は言うのだ。
「なるほど、こいつがゴブリンなんだね!」
「手間取るというか、いつでも倒せるしね!」
「この剣かい?王様にもらったものだから飾りになるくらい高価なものなんじゃないかな?」
「勇者ごっこも何も僕は偉大なる存在シュフさまに認められた勇者だよ、忘れたのかい?」
いちいち返答するのだ。
質問形にされている言葉、全てに。時々自慢を入れながら。その時のドヤ顔は見事にドヤっているのだ。
こちらの言葉に堪えた様子もない。逆に生き生きしている気がする。
毎回こんなふうにカイウスは空振る。
そしてなんだかんだ正義もダメージを負うことなく相手を倒す。
カイウスの苛立ちは増すばかりだ。
例えば正義が賢者たちのように逸脱した強さを見せたならば自分はすぐに非を認めるだろう。
その時は今までの密偵のような行為を全て話し、その罰を受ける。
全く密偵に失礼な物言いである。
例えば正義がただの魔物にズタボロにされたならば、自分はやはり勇者は偽物だったのだと、自分は間違えていなかったと思うだろう。
そしてガルド王国とアバロン帝国に勇者の本性を書いた書状を送り、勇者とその仲間を断罪するだろう。
どうやって断罪するんだろう。
しかし、今の現状は賢者と聖女の実力は認められるべきものであり、勇者も攻撃に関してはそこそこだがその防御力は逸脱している。
勇者がいうにはスタンピートのときの魔法には偉大な存在シュフの力がこもっており、その力は弱き者を守るときより大きな力を発揮するらしい。
だから守るもののない今のような時は力をひけらかす事なく精進しろという思し召しなのだそうだ。
納得がいかない。
そしてどちらともつかない宙ぶらりんの状態がカイウスの精神を徐々に削っていったのだろう。
一番の難所である【魔の森】、そこに至る前に誰もが休む宿屋街ネンネコへの道を魔物を狩りながらの移動中にそれは起こった。
相手はオーク、いつも戦う魔物より強い。そしてその数も五体と多かった。
しかし賢者も聖女も順調に相手を屠っていく。
前衛に賢者(剣姫でもあるらしい)、後衛に聖女、いつもの陣形。
正義も遊撃として前衛をすり抜けたオークが後衛の聖女に行かないように撃退している。
マックス、クロエがもしもの時は動けるよう少し離れた位置にいる。
そしてアンネリーネとエーリカはなにか魔術を待機状態にしているようだ。
その時、馬の番をしていたカイウスは思ってしまった。
あの時モンスタースタンピートで王都を囲っていたのもまたオークであったではないかと。
そしてそれは今の状況なんて馬鹿にできるくらい隔絶した数だったはずだ、と。
こいつらには絶対にあのモンスタースタンピートは止められない。
止められるというのならば、勇者だというのならば、防いで見せろ!
カイウスは火魔術のファイヤーポールを正義めがけて放った。
みんなの視線がオークに向いている時、自分の魔術もオークに向かってだろうと思わせる為に。こんな時でもこんな発想ができる屑である。
しかし、魔力の反応をアンネリーネとエーリカが見逃すはずがない。
アンネリーネが待機させていたのは風魔術、周りは森、火相手には部が悪い。そのまま待機させ相手の出方を見る。
エーリカは待機させていた水魔術で槍を作り出しカイウスの火球を打ち消す。アンネリーネが風魔術を持っているのを察知し自分は再度水魔術を待機させる。
そして敵意に即座に反応していたマックスとクロエが既にカイウスの首に剣を突きつけていた。
誰かが声を出す前に、カイウスは別の場所にいた。
暗い暗い部屋。人の気配は一切しない。
しかし、その殺意は明確にカイウスの息の根を止めようとしていた。
殺意だけで殺される。
誰もいないはずだ!だって何の気配もしない!
恐慌状態に陥ったカイウスが暴れはだす前に、体が何かの力で動かなくなった。
思考はより一層の恐慌をきたす、そんなカイウスに話しかける声があった。
「ねぇ、誰もいないはず、だって何の気配もしないって?君は神様か何かなのかい?君が察知できなきゃそれは絶対なのかい?だから自分が認めていない人間は排除されるべきなんて思うのかい?」
立て続けに喋る声は、細く高くまるで少年のような声だ。
少年のような声だと思うのに怖気がくるほど恐ろしい!
「聞いて、いないのかい?」
恐怖で空回りし続けていた思考が明瞭になる。
「ほら!ちゃんと考えられるようにしてあげたんだ、答えてくれたまえ!
君の今までの行動のその理由である、君が主観的に見た他人の正当性はそんなに絶対的なものなのかどうか?
うん、声を出すことを許そう。
戯言を言ったらそのたびに、そうだね。君が先ほど放った火球を圧縮したもので君の指先を焼いて行こう!君が同行者という他人に向けたものだ、自分も受ける覚悟はあるだろう。
知っているかい?人間の指先には無数の神経があるんだ、例えば爪を剥いだとしよう、その痛みは想像を絶するものだそうだよ?その指先に負う火傷の痛みは如何程だろうねぇ?
ん?さぁ、答えをどうぞ。」
姿は見えない、でも声に怒り嘲笑そして嗜虐的なものが含まれているのがわかる。
この存在は戯言と思えば必ず、やる。
答えることができなかった。自分がどんな言葉を言っても指を燃やされる。
「やだな、ちゃんとした答えならそんな事はしないよ!君じゃないんだからさ!勇者に勇者たれと不意打ちの火球を放るような君ではないんだからさ?」
震えることさえできない体の背筋が凍る。
心を読まれている。そうだ、一度も声を出していないのに会話のようなものが成立していたことに気付いてしまった。
「ホントに頭空っぽだなぁ、今更それなの?答えないならそれでもいいけど。それって今までのこと全てが、私の気に触ることだと君が分かっていると見なすけどいいのかい?」
嗤っている、笑っている。破顔っている。
答えなければ、自分は自分の信念に基づいて勇者たちの本性を、
「ああ、もういいや。貴様の信念なんてどうでもいいんだということが何故わからないんだ?勇者の本性だ?だいたい勝手に拉致しといてその言い草は何なんだ?そんで救ってやったら、今度は勇者の証明?馬鹿馬鹿しい。」
拉致?救う?証明?
わからない。わからない。わからない。
「なに?壊れたのコレ?話し合いするにも言語は通じるのに、言葉が通じない人間ほど悪辣なもんはないね。
うん?壊れたわけじゃないのか、なら精神安定かけて、少し矯正もしとこうか。
さすがにこいつは今回やり過ぎた。まだ正義を標的にしてたから消さないけど、それが別なら、、、。
おーい?聞こえるかい?」
カイウスは体を支えていた力が抜け地面に座り込む。ガタガタと体が震えるのを止められない。
恐怖で体は言うことを聞かずただただ震えるだけの存在に成り果てたが、思考だけは何とかできた。この声に応えなければいけない。
「聞こえています。申し訳ありません、質問をもう一度聞かせていただきたく。」
なんとか声に出せたが、質問が恐怖のあまり頭に入ってきていなかった。質問を質問で返すような無礼、この方の気分を害したのではないかと体の震えが激しくなる。
「?いっぱい質問したけど。そうだね、あえて聞くなら君は何をすれば勇者たちをそのまま受け入れるんだい?」
受け入れる。カイウスは考えたことがなかった。罰を受けて離れるか、断罪して離れるか、そのどちらかだと思っていたからだ。だから、どっちつかずの状態に苛立ち今回のような蛮行にでたのだ。
「へぇ?蛮行だとはわかってるんだ。
んー未曾有の危機を救った英雄だと思うから、相手に求める要求が高くなるんじゃないの?
ただの正義だと思えばいいんじゃない?
正義はあれでも人間なんだよ、人間だと思えば仲良くできなくとも尊重(放置)はできるんじゃないかな?」
そうか、確かに他人から英雄だと聞いたから、絶対的な力のない正義がその英雄を騙ってると思った。ただの正義として扱ったことなど、なかったな。
「まぁ、正義についてはあれで普通の人間とは言わないけど。
君はさ、強さというものの履き違えと、その他人に対する上から目線の発言を直しなよ。周りにも言われてたでしょ?君のそれはね、注意や発破じゃなくて、ただの相手を下に見た侮蔑の言葉だよ。私的にはゴミ屑だと思うよ!コレ脳に刻みつけといて。」
頭が割れるように痛い。でも何故かスッキリしていた。
そうか、なんで今まで注意してくれた周りの言葉が理解できなかったんだろう。
体の震えが、止まってる。恐る恐る周りを見渡す。部屋なのはわかる、でも暗くてどんな場所なのかはわからない。ただ座り込んだ床に毛長の絨毯が敷かれていてその手触りから最高級品だとわかる。
「ん?OK?よしよしよし!あぁ、記憶消すか?」
その言葉にとっさに声が出た。恐怖をその感情が超えたのだ!
「待って下さい!この記憶は僕にとって一生の宝となるでしょう!お願いします、このまま!このまま覚えて彼らの所へ帰り、心からの謝罪を。」
自分がどれだけ身勝手で横暴な人間だったか、今ならわかる。この方との会話がわからせてくれる。
「いやいやいや!え?どゆこと?え?まぢ?あーね、うん。」
何か小さな声で話されているが自分の位置からは内容まではわからない。
ただ、名前を。この方の名前を知りたいと純粋に思った。
「そのまま戻しましょう、そうしましょう。あとでなんかヤバかったらいじればいいでしょ。うんきっとそう!」
暗闇の中呟く声が聞こえていたかと思えば、カイウスは元の場所にいた。一瞬何が起こったのかわからなかった。
しかし、ここは自分が蛮行を犯した、その場所。
少し離れた場所にこの援軍のメンバーがいる。
カイウスは迷うことなくその場で土下座した。
そしてあの暗闇で誓ったことを実行する。
「本当に申し訳なかった!今まで勝手な理想を押し付け横柄な態度でいたことも!そして、今回ファイヤーポールを不意をつき故意に放ったことも!罰はなんでも受ける!いや、受けさせていただきたい!」
カイウスの大声が辺りに響く。魔物が寄ってくるからやめてほしい。
その声に応えたのは正義だった。
「カイウス!君は何を言っているんだい?特に問題なるようなことはなかったじゃないか!
それに君、今まで偉大なる存在シュフ様のところにいただろう!顔見た?どうだった?偉大だったろう?凄かったろう?羨ましい!僕も会いたい!」
カオスだった。
いきなり正義がカイウスの肩を掴み揺さぶり、最後には抱きついた。
ここで実は正義の言葉をとても好意的にカイウスが受け取り、愚かな自分の行いを敢えて無かった事にしてくれた、と感謝するのだがどうでもいい話である。
コソコソと真希と桃香とアンネリーネとエーリカは馬鹿とかキモいとか自分が狙われたことにすら気付かないとか、言って距離をとり始める。
カオスだ!
しかし!我らが大人なマックスがそのままにはしない!
正義を一度引き離し、カイウスの頭に拳骨を落とす。ガンっと結構な音がしてカイウスは沈んだ。
起き上がってこない、もはや屍のようだ。
そんなカイウスをマックスが抱えて馬に乗る。
他のみんなも馬に、乗る前に誰が正義と乗るかで揉め、仕方なくクロエが正義と乗ることになった。彼女の表情は仕事人のそれだ。
ここに至る二週間半の旅路の間に馬に乗れるようになった真希が桃香を乗せ、アンネリーネは定位置であるエーリカの後ろ。
みんなが馬に乗り【魔の森】の前、最後の宿屋街ネンネコへ向かうのだった。
そしてネンネコについてもカイウスは目覚めず、そのまま1人部屋のベッドに放り込まれた。