二十四話 選抜!変則的ハニトラ要員+α〜無駄な足掻きとはこのことだ(笑)〜
魔法陣結界で念入りに遮音、魔法耐性、物理耐性などが施されている王の執務室。
重要書類も多いが王が長い時間滞在するので部屋ごと爆散しないように王の寝室と同じくらい厳重に保護されている。
そこに集まってるのは三人。
ガルド王国国王、カント=ジョージ=マッカラン=キング=ガルド(39)。
国政の要である宰相、エルンスト=アイゼンハイム(40)。
各騎士団の上役である騎士団総大将ヴォルフ=ゴットリープ(55)。
三名は歳の差はあれどプライベートでも親交がある友人同士である。
ここ一年、立て続けに危機に立たされ大きな決断を下し、そして最後には悩んでいたその危機以上の絶大な恐怖を感じた。
王の冠を脱いだカントは大きなため息をついた。
「今この場では、役職も地位も全て取り払い今後の話し合いがしたい。エルンスト、ヴォルフ。」
イスの背もたれに体を預け、撫で付けていた髪を掻きむしりながら天井を見るカントにエルンストは肩を竦め、ヴォルフは微笑んだ。
「確かに今は柵が多すぎて建前のみで話が終わる!
それくらいに現状は雑多でぐちゃぐちゃだな。
ため息も出る。
俺としては聖教会に責任をとらせて薄ら笑いの気持ち悪いあの神官の素っ首を叩き斬りたい気分だ。
ま、そんな価値のない首よりもっと価値のあるものを正当な手段で頂くがな。」
そう言ったのはエルンストで片眼鏡を外しながら一度ため息をつくと執務室の机の角に軽く座った。
大変行儀が悪いがエルンストは素だとこういう奴だ。
いつもは分厚い宰相という仮面を被ってその上から理知と気品をまぶして暮らしている。
今のエルンストを見たら別人だと思うだろう、顔つきが凶悪すぎる。女性貴族が熱い視線を送る知的な美形の公爵様はどこにもいない。
「あの賢者殿を甘く見過ぎましたな。肝の座り方も鋭い洞察力も何もかもが想定を大きく逸脱していた。
所詮は異世界の小娘と侮りすぎましたな。我々の安易な選択が相手に疑心を抱かせた。そしてその選択は我々に大きな枷をもたらした。」
こちらもため息から始まった。常とあまり変わらないヴォルフだ。彼は立ったまま自分たちの甘さを反芻する。
「そうだ!
聖教会の【絶対遵守の契約魔法】の提案さえ拒否していれば。
しかし、それでは勇者召喚は難しかった。下手したら今頃魔物と血で血を洗う戦いをしていたことだろう!
今はモンスタースタンピートの一応の収束に安堵しておこう。今更どうしようもないことは、この際置いておかねば話すら進まん!それほどの失態だった!」
机に拳を激しく叩きつけてカントが吠えた。
然もありなんと他の2人も賛同する。
今するべきは勇者御一行に随伴するメンバーの選抜だ。
なにを目的にするかでその顔ぶれはガラリと変わる。
「この国に帰還させるための要員は要らんでしょう。賢者殿がこの国をわざわざ放棄するわけがない。この国は他国よりも一応安全ですからな、【絶対遵守の契約魔法】による強制力がある限り。
正義殿がいれば、力尽くともいきませんからな。
、、、あの力には恐怖を禁じ得ない。未だに考えただけで怖気が止まりません!絶対に敵対は避けること、でしょうな。
まずそれらを除外し、相手国との調整役を一名加えるのに止めるべきでしょうな。」
正義のあの殲滅力、それがあれば何事も一瞬で終わるだろう。
彼がこの国に来てから一度も敵対的な言動をしていないから、そして彼もあの契約魔法で戦闘参加を承諾し縛られているからまだ利用しようと動けているのだ。
【絶対遵守の契約魔法】、少しは役に立っているのかもしれない。
デメリットは計り知れないが。
「ならば、賢者殿や聖女殿に、死んでほしくない程度でいいから好感を得られる人選にするか?
気安い文官、親切な執事、愛情深い騎士。
友愛、親愛、恋愛、何する?
メイドなどの戦えないものは足手纏いだからな、そういう意味では今回は使えない。
そんな者を連れて行き怪我を負われるのは本意ではないし悪印象を与えかねないからな。
女騎士もありだな、男を警戒している節がある。
あの神官のせいでな!」
エルンストは開けっぴろげに変則版ハニートラップを推してくる。
状況的に一番使える策であるが、例の神官の行動でそれも変則的にならざるを得ない。
「媚薬の件、裏は取れたのですかな?エルンスト」
ヴォルフは例の神官ルード=サンミッチェルの行動の証拠を欲している。
せめて彼奴を賢者殿や聖女殿の近くから排除できれば信頼の回復とまでいかなくとも好印象は与えられる。
それだけルードはやらかしている、しかし確たる証拠がない。
「裏は取れはした。2日目のサンドウィッチ!あれはあからさまに粗末だったからな。入れ替えたやつ、たしかシタパとかいう平民出の雑用係をしょっ引いて話を聞いた。騎士を少し借りたぜ?
まぁ簡単に認めたよ、それはもう満面の笑顔だったそうだ。
「勇者様方の今後の為にルード神官がお薬を渡してくれた。だからそれを食してもらおうとした。」
気持ち悪りぃ。信者だ、奴の。
でも証拠はねぇ!平民出の下っ端の証言と残っているサンドウィッチだけじゃ話にならねぇ!
あいつの排除は難しい。もともと聖教会には借りがあるしな。この為にこっちに貸しを作っといたんじゃねーか?その借りさえなきゃ問答無用で追い出したぜ!」
カントが忌々しげに口を開く。
「囲い込みか。神官のルードにはこの王都の民に多くの信者がいる。その中に勇者殿たちも加える気か?
勇者殿のおかげで、今も何も失わず生きていられるというのに!あの糞聖教会が!!!!」
カントが青筋を立てて激昂した。怒りのあまり顔が真っ赤に染まっている。
「おいおい、血管切れるぞ?まぁあいつの信者に勇者殿たちが、と思うとその不愉快さは限度を超えるがな!
ま、賢者殿と聖女殿に限ってそれはあるまいよ、嫌悪しきっていたからな。
なんでも、かの方々の持つスキル鑑定には実行犯の名前まで出るとか。雑用係のシタパの名前もそれでわかった。一応調査もしたが間違いない。
初日のサンドウィッチの犯人を知っていれば然もありなん!と俺でも思うな!
今までにないことでもあるし証拠にはならないが嫌悪されているあいつを見ると笑いが止まらなくてな。」
顔を凶悪に歪めながらくつくつ笑うエルンストは極悪人にしか見えない。
「笑っている場合ではないぞ、エルンスト!
証拠がないのではルードを排除もできん。情けないがどうしようもあるまい。
借りが大きすぎた、そういうことだ。
しかし、今回の援軍には奴は入れられんぞ。流石に足手纏いだ。帝国に着くまで急いでも一月はかかろう。夜営もすることになる。
賢者殿が言い出す前に、今回だけでも排除しておかねば。」
それはそうだな、と納得するエルンストとヴォルフ。
ここでまたも、あちらから言われたら王国の面子は丸潰れだ。
すでに援軍のお願いをしている上に、民衆や他国にはこちらの面子を立てる為に勇者側からの申出ということにしてもらっているのだ。
異世界人に頼り切りの国、事実そうではあるのだが。他国へ援軍に行ってくれと拉致されてきた異世界人に言うのは、他力本願な上に叩かれたくないから命をかけてくれという異世界人の命を屁とも思わないような厚顔無恥な行為だ。国の恩人にする行為ではない。
だからこそ、勇者が願い出たことにできれば国の危機に置いても勇者の願いを聞き、民を守りながらも他国に救いの手を差し伸べる国ということにできる。
民衆にも、他国にも。
特に他国へのパフォーマンスとしてはありがたいことこの上なかった。突かれる隙を先につぶさせてもらったのだ、勇者の提案で。
この借りはでかい、異世界から誘拐してきた国の恩人であるだけでも、でかいのにどんどん借りは大きくなって行く。
たかが異世界の平民が!我々を助けられることを誇りに思え!などと開き直ることもできない。
いくら非情な判断をしなければならない国の重鎮でもやってはいけないことはある。やったらヤバイことがあるのだ。
正義がやろうと思えば国の人間全員を一瞬で消せる。賢者殿と聖女殿もこれには及ばないまでもそれに近い力を持っているだろう。
悩まされている危機を助けてくれたのは、それを超える恐怖。
体中が震える状態だ、頭を抱えるはとうに過ぎた。
「彼奴を除いて、盾役、遊撃の騎士、補助兼回復の魔術師、後方の攻撃の魔術師、帝国への仲介役の官僚、といったところですかな。
やはり女性を少し入れた方がよろしいでしょう。一月の生活はやはり色々大変ですからな。」
まとめに入るヴォルフだが、やはりネックは女性の騎士、魔術師、官僚の中でも誰を選ぶかだ。下手な貴族の娘だと血の雨が降ることは間違いない。馬鹿な貴族ほど今の立場も弁えずプライドだけは一丁前なのだから。
「やはり第二王子を帝国への顔繋ぎ役として同行させたい。何度かあちらの国とは顔を合わせているしな。身分も持たせておかねば、いざという時に盾にもならん。危機はなにも戦いだけではないからな。」
重い溜息が出る。帝国は虎視眈々とこちらの隙を狙っている。今回の援軍で貸しを、という思惑はがないわけではない。しかしどちらかというと勇者召喚の言い訳という面が大きい。
そして援軍を出してもらうというのに帝国は揚げ足取りをしかねない。
魔道具ですでに帝国にも他の国にも連絡はしてあるため、援軍自体は問題にはできない。それは他国が証言してくれる。
しかし危機から解放されてから、すぐにこちらを排除し援軍とは分からず末端の兵が魔物と勘違いし攻撃を仕掛けた、などと世迷言を言い出しかねないのだ。
まぁ勇者達に傷一つつけることは叶わないだろうが。逆にそこら一帯の地形が変わっても自業自得だろう。
それに戦闘終了後、宴は必ず行われる。恩人をただで帰すなど国の面子に関わるからだ。
そこでのやり取りに地位は必須、貴族の立ち居振る舞いも必須。
異世界人にそれを求めるのは愚者のみだが、下手な受け答えをすればそれを使って悪巧みをし始めるのが貴族だ。
そこで我が国の王子が代表者として受け答えを担い、下手な発言をさせないように気を配る。
地位も他国の王族、適任に思える。
「いや、王太子をつかせるか、、、」
慌てたのはエルンストだ、あまりの状況に頭がおかしくなったのかと本気で心配になる。
「待て、なにを言い出すかと思えば。呆れてものが言えんぞ!頭がおかしくなったか、カント!
王太子とお前はこの国の安全な所で後始末でもしてろ!
第二王子殿下で不安なら、いっそアンネリーネ様にいってもらおうか。
我ながらいい案だ!賢者殿たちとも顔見知りだろ?
それに帝国では女性にも王位継承権があるほど地位も確立しているし、あの女狐王女だ!役に立ってくれるぜ?」
王太子出馬を止めるはずが、今度は第一王女を共につけるといい笑顔で提案し出したエルンスト。
カントもヴォルフも一瞬黙って考え込み、その有用性を認めることとなる。
「確かに。アンネリーネは策謀を好み他人を掌の上で踊らせることに長けた娘だ。印象操作も殊の外うまい。
魔術の心得もある。問題は体力か。
移動は勇者殿たちも馬には乗れないと言っていてな、騎士達に乗せてもらい町々で馬を交換しながらの行軍を考えていたが。
それならばアンネリーネも同行可能だな。」
決まりだ、というように自分の言葉に肯くカント。これにはヴォルフも賛同して最近の姫の変わり様まで嬉しそうに話し出す。
「そうですな、姫さまは決まりで良いでしょう。
仲介役と攻撃役の魔術師として同行願いましょう。なに、近頃姫さまは子供のように賢者殿たちとのお話を楽しんでおられる様子。今まで見たことのない笑顔をよく見ます、喜んでいってくださるでしょう。」
それに片方の眉を器用に上げエルンストが疑義の念を抱く。
「あの女狐が?それは何かの間違いじゃねぇのか?賢者殿達で何か企んで遊んでいる、って言われた方が信じられるんだが?
それとも何か魔法でもかけられたか?」
それに大笑いで答えたのがカントだった。
「エルンスト、疑うのも無理はないがな!
どうやら本当に友ができて喜んでいるんようなのだ!
わしも疑って一度呼んで話をしたのだが、なんとあやつそればかりか今回の騒動で泣いてばかりいたことを謝罪して、わしを尊敬したと言いおった!」
得意満面なカントにエルンストは微妙な顔をして、もの問い気にヴォルフを見る。ヴォルフは呆気に取られた顔でエルンストの視線に気付かない。
「あの姫さまがですか?
にわかには信じられませんな、あの姫さまが。
王を尊敬、、、そこだけ夢でも見られていたのでは?」
あまりにも信じられない話に真面目に失礼な言葉を叩きつけるヴォルフ。
エルンストは腹を抱えて笑っている。
「ヴォルフ!おま、いくら尊敬が信じられないからって、ぐほぉっ!」
エルンストはツッコミを入れようとするもおかし過ぎて、唾が入ってはいけないところに入って咳き込み始める。
部屋にエルンストの咳だけが響く中、ふてくされた顔をした王が頬杖をついてぶつぶつ言っている。聞こえてくるのは、どうせ、わしなんか、反抗期の娘、といった断片的なものだが内容はなんとなくわかる。
「まぁ、魔術的にも何にもされてないってことでいいんたよな?ならいいことじゃねぇか。今回の件は女性を多く使いたい、渡りに船だな」
にやりと渋く笑うがさっきまで咳き込んでいたので涙目だ、格好がついていない。
「うむ、筆頭魔術師長に調べて貰ったが精神支配系統の魔術の検出はされなかった。それに賢者殿達がそれをして何か得があるとも思えん。
あとのことは姫さまを信じるしかあるまい。
わしはあの嬉しそうな様を見ているからな、信じられる。
あとは騎士2人に支援の魔術師か。姫さまが二つを兼ねてくださるから別にもう1人つけてもいいかも知れん。」
アンネリーネを仲介役、後方攻撃役とすることは決定した。
話し合いは深夜遅くまで行われた。馬鹿な貴族の繋がりを一から調べその門下を排除し、なにより聖教会に毒されているものは決してこの少数精鋭部隊にはいれない、それはこの国のための決定事項だった。