06『正しい村の泊まり方』
「正直な話ですよ」
「うむ、なんだ?」
「予定より、早く到着するのも。なんか落ち着かないですね」
朝日と共に旅立って、裾野の山村に辿り着いたのは太陽が真上に上る前。
時間にして3~4時間程度。1時間に1度、15分程度の休憩を挟みながらのそれは、半ばピクニックと呼んでも差し支えない程、朗らかな旅路であった。
普通に体を鍛えていたのが幸いしたのか、いざとなれば魔術が使える事実が余裕となったのか。
ある程度標高が下がった事で植生が変わり。周囲には草原が広がり、その中で数名の牧人達が四足の家畜をしていて。どうやらケイスケ達に気が付いたらしく、老婆と少し間の抜けた顔をした青年がこちらに向けて近づいてくる。
「おお、姫様。姫様であられますか……」
「はへぇ、このお方が白の…… はぁ、おらぁ初めて見ただ」
彼らの服装は、ツクモの服装から考えると質素であった。目が粗く厚い布地を、タコ糸程の太さの糸で縫合している為。悪く言えば雑な、よく言えば手作りの温かみが感じられる。
「ああ、貴公はいつも作物を届けておったな」
「はい、しかし姫様が外に出ていらっしゃりますとは珍しいですのぉ」
見たところ、この老婆はやや気安くツクモに接している。普段から何かと顔を合わせる機会があった事が伺えた。
「うむ、暫く旅に出ることにした」
「おお、成程…… 旅に出られると?」
ツクモの言葉にその老婆はくしゃくしゃと笑顔を作る。
「ばぁさん、つまりどういうことなんだぁ?」
「村長を呼んできておくれ、ちいとばぁばの手には余るからのぉ」
当たり前だが、この事態は彼女たちにとって完全に想定外かつ。権限を越えた事態だったようで。駆け足で牧人の一人が村長の家に向かってかけていく。
「しかしまぁ、この村はいつ来ても豊かだな」
「ですねぇ、こんなに幸せそうな光景は初めて見ました」
ツクモが感慨深げに眼下に広がる村を見下ろす。山の斜面に広大な牧草地帯と段々畑が広がり。パッと見ただけで複数の作物が青々と茂っていた。
数件立ち並ぶ石造りの家はしっかりとしており、村の中心にある井戸の周りで主婦たちが笑いながら洗濯を行い。子供たちが楽しげに走り回る。
村一つで完結したある意味理想郷すら呼べる景色がそこにはあった。
「のぉ、お付きのお方。もしかして……貴方様は」
ああ、確かにケイスケの存在は彼らにとって異質に映るだろう。
「いや、姫様の隣に立って、白い外套と、杖剣を持ってるのなら。即ち――」
「うむ、我の白騎士よ」
それに合わせて軽く目礼を行う。ツクモとの会話の中で、この世界における最低限の礼儀作法は学んでいる。現代日本的な感覚ならばこういった老婆にに対して礼を尽くさないのは座りが悪い。
だが仮にも白の不死姫の騎士ならば軽々しく頭を下げる訳にもいかない。面倒だと内心ため息をつく。
「白き不死姫が騎士、ケイスケだ」
「おおう、まさか白騎士様とお会いできるとは。長生きした甲斐がありますじゃ。名乗る程のものではありませぬが、白村のロタと申します」
ぎこちないが、どうにか第一村人との遭遇には成功したようでほっとする。しかしロタから注がれる視線がこそばかゆい。憧れと、そして慈しみがこもったそれをどうにか平常心で受け流す。
敵意ならそれこそ、跳ね返せばいい。
ただこういった視線は、どうやって返したらいいのか悩ましくもある。
そうこうしているうちに、村で一番大きな家から。中年男性が走ってやってくる。黒ひげを蓄えた恰幅の良い体型。周りの村人よりも質のいい衣服は、彼が村長である事を分かりやすく示していた。
すっと、ロタと名乗った老婆はその後ろに下がり。隣のツクモが、小さく揺れたのにケイスケは気が付いた。
「おお、姫様! お久しぶりで御座います!」
「うむ、村長も壮健なようで何よりだ」
「はい、姫様のご威光あればこそです」
こうして改めて目にすると、白の不死姫であるツクモが文字通りの貴人である事を強く理解出来る。さて自分の立ち振る舞いはそれに相応しいのかと、そもそも彼女に対する態度は正しいのか、一瞬だけ不安がよぎる。
が、それをケイスケは内心で笑って心のゴミ箱に放り込む。
不敬千万は承知した上で、自分は彼女と共にこの世界を駆け抜けたいと願い。ツクモはそれを受け入れたのだ。ならばあとはそれを真っ直ぐ貫くだけでいい。
「それで、話は通じておると思うが……」
「いやぁ、突然のことで驚きましたが。白の不死姫様の領民として、その旅立ちを祝わせて頂ければと」
どうやら、彼らはこの旅路を止めるつもりはなく。純粋に祝うつもりのようだ。念のために心を探ろうかと術式を組み上げようとしうて。けれどそれを途中で止める。
白の不死姫の騎士として、彼らの好意を疑い汚す事は余りにも品が無い。間違いなくこの世界において自分は強者の側に立っている。
だからこそ、他者を信じ。その真心を受け入れたいと、そう思えたのだから。
◇
その宴は、いや祭りは夕食時から始まった。
村の中央の広場。井戸と村長の家の間に広がるスペースに。村人たちがテーブルを並べ、それぞれが酒と料理を持ち寄って。火を囲み、それぞれ勝手に歌と楽器をかき鳴らす。
半ば狂騒の域に達していたが、誰も彼もがツクモの旅立ちを祝福しようとしている―― いや、半分位は突如訪れた非日常に酔っているだけなのかもしれないけれど。それでも誰も彼もが笑顔で歌い、躍り、全力で喜びを表現している。
「ツクモ、大丈夫。人に酔ってない?」
「――確かに騒がしいが。うん、そうだな。悪くは無い」
長年人と接する機会が無かったツクモが、場の空気になじめない可能性もあると考えたが。どうやらそれは杞憂だったようで。優しく宴を照らす炎と、楽しむ人々の姿を、赤い瞳がやさしく見つめている。
ただ、その視線は何かを探していた。
「ははは、その、無礼講になってしまっているのは申し訳ありませぬ」
「いや、こうも我々の旅路を祝して貰えるとは。存外の喜びです」
宴に興じる人々をさっと見渡せば、探し人の予想はついた。恐らくロアと名乗った老女。体調が思わしくないのか、それとも喧騒を嫌ったのか。この場には参加していない。
「ええ、その。宜しければ。白騎士様、武勇伝の一つでも語って頂ければ、嬉しく思います」
ケイスケは悩む。武勇伝と言われても、獅子心王国の黒揃えを倒した程度。それを今ここで語るというのも恥ずかしい。その上で、こうやって手柄話の話題を振るのは、負け戦の後でなければむしろ礼儀に適った振る舞いである。
どうするかと悩んでいると、横でツクモがソワソワし始めたのが見えた。これまで生きる事に飽いていた彼女からは想像も出来ない行動に。ケイスケは騎士としての役目を果たす事にした。
「ふむ、私とて騎士の端くれ。武勇伝はあるがな。なにぶん、吟遊詩人に歌われるものは一つも無い。それでも宜しければ、今宵の祭りに盛り上げるため語ろうか。私が遥か彼方の世界で繰り広げた、100の冒険を!」
完全な嘘ではない。こう見えても現代日本人であるケイスケは、100回以上ゲームの中で世界を救っているのだから。大抵の場合こういった手柄話は嘘や誇張が入るもの。ならば多少飾って盛って語っても、この場が盛り上がればそれでいい。
後から結果を出せば、ここで吐いた嘘も真実と変わらなくなるだろう。
そう心の中で笑って、そっとツクモの背中を押した。村人の注目は完全にツクモに集まっている。
暫く彼女がこの場を離れても、誰も気にしない。
ツクモは、ケイスケだけに聞こえる小さな声でありがとうと呟いて。そっとその場から離れて闇夜に消えていく。
姫と老婆の逢瀬の為に道化は笑ってホラを吹く。それを嘘だと笑われようが、決して後悔はしないと心に決めて。