邂逅
僕は気づくと真っ白い空間にいた。いや、僕がおかしくなったわけではない。地面も空もどこもかしこも白一色だ。目の前に壁があるのかも地平線までこの空間が続いてるのかすらわからない。その中に僕がぽつんとと立っている。何故僕がこんなとこにいるのかが思い出せない。確か学校の帰り道だった気もするが…。僕が記憶を辿っている最中急に真後ろから「やあ」と声が聞こえた。ゆっくりと振り向くとそこには女の子が立っていた。中学生くらいだろうか?身長は145cmくらいと小柄で全体的に線が細い。短めのツインテールにアホ毛が特徴的だった。顔にはのっぺりとした笑みが張り付いてる。制服姿の彼女はこの360度真っ白の空間に明らかに異質だった。何故だか彼女はこの空間について何か知っていると僕は思った。僕は恐る恐る口を開いた。
「君は誰だ………?ここはどこなんだ?」
「君ってワシのことか……?人に名を聞くときは自分から名乗るのが礼儀ではないか?」
「うっ……。笠原 優だ……。よろしく。」
明らかに年下であろう彼女には独特の冷たさがあった。顔は笑っているが目が笑ってない。年寄り言葉の彼女はとても制服が似合う雰囲気ではない。
彼女は「よろしい」と呟くと満足そうな顔になった。
「それで君の名前は?」
「ワシの名前か………南だ。ただの南。」
「南か。よろしく。それで……この場所について何か知らないか?気づいたらここにいたのだけれど。」
「知るもなにもこの空間はワシが作ってお前さんを読んだのじゃ……」
「僕を……?それにこの空間を作ったって何を言ってるんだ?」
「ん?信じて無さそうな顔じゃな…。まあそれも仕方あるまい。なんたってワシは正真正銘の神じゃからな。流石に神様を見るのは初めてじゃろう」
「神様……?」
「そうじゃな人間的に言えばそれが一番近いじゃろな。」
「はぁ………」
いきなり自称神が現れてこの空間はワシが作ったのじゃとか反応に困ってしまう。とてもじゃないがそんなこと信じられるはずがない。これはあれだろうか厨二病的なあれなのか?
「ところでお前さんはゲームは好きか?」
「ゲーム…?まあ人並みには」
「なら良かった。お前さんをゲームに招待しよう。ワシの造った最高のゲームじゃ」
「はあ……」
本格的に南という名前の彼女はヤバめの人らしい。それともこれは夢かもしれない。現実だとしても正直疲れてるから早く帰りたい。しかし南は僕の心情とは裏腹に嬉々として語り出した。
「ルールは簡単ゲームマスターの命令には従うこと、ゲームクリアを目指すこと。これだけじゃ」
「ふーん……。ゲームマスターって誰なの?というかそれ新しく発売されるゲームの話?」
「ゲームマスターはもちろん神であるこのワシじゃ。……おっとそうじゃたお前さんにこれをやろう」
「わわっとッッ」
一方的に話続けた南がおもむろに放り投げてきたのは黒い棒状なものだ。慌ててキャッチする。掴むとずしっと手に重さがくる。見るとそれは深い黒に染まったナイフだった。僕は思わず柄を掴むと鞘から刀身を引き抜いた。黒い鞘から出てきたのは光を反射するピカピカの片刃の刀身だ。本物だと僕は唾を飲む。僕はゆっくりとナイフを鞘に戻した。
「これは……?」
「ワシからの餞別じゃ」
彼女はニヤッと笑うと両手を広げて見せた。
「さあゲームの開始じゃ!せいぜい頑張って世界でも救ってくれ」
「わわッ!なんだ!?」
気がつくと僕の周りは青白い光に包まれそうになっていた。視界も次第にぼやけてくる。
「あ、あとルールを一つ忘れていた。"死なないこと"。それじゃあまたいつか」
「ちょ、ちょっとま」
言い終わる前に視界がブラックアウトした。ぐるぐると頭が回って気持ち悪い、思考が追いつかない。自然と意識が遠のいていった。
「ハッ!!」
僕は気がつくとまたしても見知らぬ場所に立っていた。今度は見渡す限り木々や草花が生い茂っている。富士の樹海のような不気味な雰囲気が漂っている。見たところ近くに南の姿はなかった。もしかしたら先ほどの出来事は夢だったのではと期待したが僕の右手にはナイフがしっかりと握られていた。その事実に自然にため息が出ていた。南が神だとは到底信じられないがそうでもないと説明できない現象だ。この森も僕は行ったこともないし記憶にもない。しかしと同時に僕はどうすればいいのだろうと考えて見た。もし仮にの話だが先程の南がモノホンの神様とやらでゲームが始まっているとしたら僕はどうすればいいのだろうかRPGよろしく村でも探せばいいのだろうか。ゲームのルールは?というかどうすればクリアできるんだ?他の参加者っているのか?ヤバイヤバイ考えすぎて思考が追いついてこない。とりあえず近くの岩に腰掛けてみた。僕の頭の中とは相対的に森の中を吹く風が心地いい。鳥の囀りも定期的に耳に入ってくる。いや、その中に明らかに異質な唸り声が聞こえてくる。僕は恐る恐るその方向を見た。そこには小学生くらいの身長に痩せ細った手脚、ボロボロの衣服、およそ人間とは呼べない醜悪な顔の化け物がいた。ちょうどゲームなんかに登場するゴブリンそのものだ。右手には刃こぼれした果物ナイフサイズの刃物を手にしてる。僕はこの瞬間色々察してしまった。南が神かどうかは置いといて、本当にゲームが始まっているということに。まあそれは後にして
「どうしよう……」
僕の手にはナイフ、そして創作物の敵キャラのゴブリンがナイフもって今にも跳びかかりそうにしている。つまり戦わないといけない訳だが………。さっきまで只の学生だった自分には少し気が引けたりする。しかしゴブリンと言えばRPG最弱の雑魚キャラと相場が決まっている。見たところ武装も貧弱だし僕にはさっき貰ったナイフもあるしどうにかなるのではないだろうか?と思ってしまう。しかしゴブリンは考える僕を待ってくれるはずもなくナイフを構えて臨戦態勢を取る。じりっと睨みつけながら距離を詰めてくる。これはヤルしかないと気持ちを切り替えてナイフを鞘から出して構えて近づいていく。リーチもこちらが上なので切り傷は追うだろうが倒す事は出来るだろうと高を括る。あと一歩というとこで僕は飛んでナイフを突き出した。ゴブリンも呼応したかのようにナイフを突き出す。
「ごふッッ!」
僕のナイフがゴブリンに届きそうな瞬間だった。横から何かが飛んできて僕ごと数メートル脇に吹っ飛んだ。横腹にケリーンヒットしたせいでゴホゴホと呼吸が乱される。敵か!?と確認すると僕に突っ込んできたのは
「に、人間……!?」
僕に向かって飛んできたのは金髪に猫目の女の子だった。しかもかなり可愛い。
「あなた死にたいんですか……!?ッッ!!逃げて!」
「ガッ!!」
ゴブリンがこちらに迫っくるや否や金髪の彼女は僕に蹴りを入れこれまた吹っ飛ばしてくれた。しかし無情にもゴブリンは僕に狙いを定めたようで僕に向かって突っ込んでくる。
「そのナイフには毒が塗られています!切り傷だけで死にますよ!」
「ま、まじ!?」
これで彼女が僕にタックルしてくれた理由がわかった。掠っただけで死亡という事で簡単に反撃ができなく逃げ惑うことしかできない。彼女の口から死という言葉を聞いたお陰で急に実感が出てきたがこれは殺し合いだゲームなんかじゃない。そう思うと急に怖くなってきた。先程の好戦的な自分はバカ丸出しだ。しかしゴブリンは僕に後悔させる暇を与えてくれずに攻撃してくる。それを屁っ放り腰で交わしていく。ヤバイヤバイこれ恐怖で腰が抜けて避けきれない。その時ださっきの彼女が「伏せて!!」と叫んだ。僕は死にものぐるいで伏せた。というか転がった。その瞬間「パンパァン」と乾いた爆音が鳴った。彼女の方をみると手には硝煙が流れている黒い拳銃が握られていた。見た目キレイな女の子が銃を構えてると違和感がありありだった。どうやら彼女が銃を発砲したらしい。ゴブリンの方を見ると頭部に数発当たったらしく潰れたザクロのような無残な姿になっている。これはかなりグロかった。
「大丈夫ですか?」
僕がゴブリンに腰を抜かして立てないところを見兼ねた彼女は手を差し出してくれた。
「ありがとう……。危なく死ぬとこだったよ………えっと」
「あ、成瀬クロエです。クロエでいいです。よろしくです。あなたは?」
「笠原優だ。よろしく。本当にありがとうな」
「いやいや、いいですよ。あなたを保護することが私達の任務でしたから」
「え……それって…」
「クロエちゃん!………良かった無事だったんだね。一人で飛び出していったから心配だったんだよ!」
僕の声を遮って新しい声が聞こえた。音源の方を見ると男女合わせて三人のグループが森の奥から走ってこちらに向かってきた。三人とも銃に剣やらと日本では考えられない格好をしている。クロエもそうだが恐らくこの三人も僕と同じゲームに参加しているのだろう。
「あ、真くんじゃないですか〜。いやーゴブリンちゃんの声が聞こえて心配だったんですよ」
真と呼ばれた彼?は短い髪に中性的な顔つきをしていて体の線が細い。体格に似合わず手にはライフルを一丁持っている。真は僕に気づくとぺこりと一礼した。
「あ、紹介しますね。この可愛い子が不知火 真くんです。」
「真です……。よ、よろしくお願いします」
「笠原優だ……。よろしく頼む」
「あとのふたりがですねー……」
「ちょっといいか」
クロエの説明を遮って一歩前に出てきたのは一番背が高くツンツン頭に細目の鋭い目つきの男だった。彼はアサルトライフルに腰には剣をぶら下げている。男は無表情だったが威圧的な雰囲気がでている。
「なんでしょうか……?小鳥遊さん」
「なんだではない。お前の独断専行はなんだ?俺は陣形を崩さず進めた言ったはずだが」
「私達の保護目標がゴブリンに襲われていました。陣形を保ったままノロノロと進んでいたら今頃お陀仏してましたよ」
「一人で突っ走っていくのが危険だと言っている。俺の命令には従え」
先程から気にはなっていたがクロエは僕の危機に単身助けに来てくれたらしい。僕のせいでクロエが怒られてるのはなんだが良い気持ちではなかった。しかしクロエは小鳥遊という男に怒られてるが先程からニヤニヤとした顔を崩さない。
「はいはい私が悪かったですよー。……この五月蝿いのが小鳥遊 綾さんです。一応私達のリーダーですね。」
小鳥遊は何か言おうとしたが飲み込んだらしい。こちらに無言で手を差し伸べてきた。クロエと違って仏頂面だ。その手を「よろしく」と握り返す。
「それでですね。最後に」
「黒瀬 美輝や。よろしゅうや。」
クロエを遮って出てきたのは一番小柄な女の子だった。黒髪のポニーテールにパッチリとした目鼻と整った顔をしている。しかし体格や顔に似合わず大きなアサルトライフルをと腰には二丁の拳銃をぶら下げている。彼女は手を差し出してきたので握り返した。その瞬間、腕を掴まれ懐に入り込まれた。ふわっとした感覚のあと背中に衝撃が走った。
「ガッ!!」
キレイな一本背負いだった。生まれてこのかた格闘技などやったことがないため、受け身など取れるはずもなく思い切り地面に叩きつけられた。
「はは!こんなのも回避できないとはダメダメやな!失格や!」
「いきなり何する!?」
「試験や試験。君がこの世界で通用するかのや。はーはっはっ!」
美輝は僕を見下しながら高笑いをしている。それに見兼ねてかクロエは美輝にゲンコツを食らわした。
「何するんクロエ〜!!」
「気にしないでください優さん彼女はツンデレなので。彼女なりに仲良くしようとした結果だと思います。」
「ああ……」
「じゃれ合いはその辺で終わりにしろ。俺らは遊びに来てるんじゃない。笠原も保護したから一旦帰るぞ」
「うわ〜嫌な言い方ですね美輝ちゃん」
「せやせやだからモテへんのや無表情オバケ!なぁ真?」
「ぼ、僕はそんな事ないと思うよ……。確かに無表情でちょっと怖いけど……」
「ハァ………」
小鳥遊が全員に聞こえるようなため息をついた。なんかこいつも結構苦労してそうだな……。
「あ、そういえば帰るってどこに帰るんだ…?」
「私達の拠点ですよ。みんなは区って呼んでます。そうですねー、時間も有りますしこの世界について軽く説明しましょうか」
それはかなり聞きたい事だった。神と名乗る女にこの世界に飛ばされたりてからゴブリンに襲われたり銃をぶっ放されたりと非現実的なことが続いてる。あの南が言っていたゲームについて概要を知りたかった。ゲームというからにはルールがあって目標があってゴールがあるはずだ。
「ああ頼む。この世界についてあらかた教えてくれ。」
「わっかりました!ではですね」
「静かに!」
先頭を歩いていた小鳥遊が急に立ち止まって制止を促した。辺りをゆっくりと見回したかと思うと急に近くの木々に銃を構えた。
「出てこい!なぜ隠れる!」
小鳥遊の問いかけに何かを察したのか他の三人が一斉に銃を構えた。
「出てこないなら……」
「ま、待ってくれ出てくから撃たないでくれ……!」
よろよろと木々の間から身を出したのは。衣服がボロボロになった二十代後半の男だ。全身は切り傷だらけでヒゲも伸びっぱなしだ。何日もまともな生活をしてないのがわかる。
「見ない顔だな。所属の区と部隊を答えろ!なぜ隠れてた!」
「大きな声を出すな…や、ヤツがくる……!」
男は全身を震わせ歯もガチガチと小刻みに鳴らして周囲を警戒している。まるで見たことのない幽霊に怯えるように。しかし僕はこの男に対する対応で疑問があった。
「なぜこの男にこんなに警戒している?手当してやらないのか?」
「……私たち人間が拠点にしている区は大小いくつもあるんです。各区ごとにある程度は連携していますが……一部の区は友好的ではなく悪意をもって行動してくるところもあります。」
「なるほど……」
つまりこの男が敵の可能性があるからそれを探っているらしい。こんな世界でも人間は争いを辞めれないみたいだ。
「早く答えろ」
「わかったわかった。答えるから声を抑えろ………。所属はフォレスト区、第3大隊右翼担当だ。」
「フォレスト区のやろうか……ッ!」
フォレスト区という単語を聞いた途端みんなの表情が強張り銃を構え直した。
「最悪ですね…」
「フォレスト区ってどういうとこなんだ?」
「私たち……というか殆どと敵対関係にある区です。悪人だらけですよ。こんなところにいるって事は偵察か何かしてたんじゃないですか」
「ち、違う!!俺は逃げて来たんだ……。遠征中にヤツらの不意打ちを受けて仲間はほぼ全滅だ……残った仲間と必死になって逃げたんだけど奴らは何処までも追いかけて来やがった!みんな死んじまった…。な、なぁお前ら区に戻るだろう俺も連れてってくれ!」
「お前を区にか……?」
「私は嫌やで、こいつらと関わるとロクなことあらへんで。そもそもヤツらってなんやねん、本当に襲われたんか?」
「や、ヤツらってのは」
「オオオオオオオ!!」
男の声を遮って深い森の奥から雄叫びが響き渡った。獣の声ではない、腹に響く低い声だ。雄叫びだけで森の中に緊張感が走り背筋に汗が垂れる。俺にもわかるこいつはヤバイと。男の顔色が青白くなっていき突然走り出した。
「き、きたぁ!や、ヤツだ!」
「あ、おい逃げるな!………チッ!!」
「小鳥遊くん……なんかヤバイ雰囲気だよ」
「わかってるよ真。あいつは追うな。とりあえず区を目指して走るぞ。ついてこれるか笠原?」
「ああ」
「よし、行くぞ」
その瞬間「ズドン!!」という爆音が後方から鳴った。そっちは男が逃げた方向だ、ヤバイと僕の心が危険信号を発してる。ゴブリンとは比ではない、背筋にプレッシャーが刺さりまくる。今すぐ逃げたい衝動を抑えて恐る恐る背後を確認する。そこに"ヤツ"がいた。4mは優に越す巨体に異様なほど長く太い手足、中年太りのような巨大な胴体。特筆すべきは顔だ、どう見ても人ではないヤツの顔は若い人間の男の顔だった。何か良いことがあったのかニコニコと笑い顔が張り付いている。ヤツとは、"異形"そんな言葉が当てはまる化け物だった。