97 マメな性格
「しかしデカい家だな」
「ただの一戸建て。オートロックも宅配ボックスも無い」
「それはそうだが、家の中に階段なんてねぇよ。部屋数も段違いだぞ。倍はあるだろ」
「それでもマンションの方が好きだ」
「そうか?……またいつでも来いよ。その頃はヤジコーの方、売ってるだろうけどな」
そう言って腰を伸ばす榎本は、伸びきった瞬間苦悶の表情になった。その後長く息をつく。小さく腰のあたりをさすっており、まさか痛めたのかとガルドは心配になった。
「蓮の咲くころに行く。その時はパンのトースター、持ってく」
榎本の自宅には、ガルドが愛用しているような食パンをトーストする機械が無い。オーブントースターも無かったため、彼女は魚焼きグリルでパンを暖めていた。魚を焼く習慣が無い榎本宅だからこそ良かったが、ガルドは居候でその点だけが不満だった。
「はは、そうだな。池も公園も、今度は昼間に行こうぜ。夜じゃ美術館も博物館も終わってるからな」
「ああ」
冷たい緑茶が喉を落ちて行くのが心地よい。榎本とガルドは一息つきながら、配線作業前に休憩を入れていた。もちろん上にボートウィグがいることは忘れていない。少し休んだら戻る予定だ。
「そうだ、化粧水忘れていっただろ? ほれ」
「ああ、すまない」
リュックから取り出し放り投げられたそれを片手でキャッチする。友人にプレゼントでもらった、そこそこ高めのブランドものだ。今朝使ったきり忘れていったそれを律儀に持ってきてくれた榎本に礼を言う。
小さなボトルで三割程度しか残っていないため、捨ててしまってもよかった。こういうマメなところが榎本の長所だ。ガルドは周囲の女性プレイヤーからの評判を思い出す。
ネカマを一定数含んでいるであろうが、ゲーム内で自らを女性だと称する者達からは評判がいい。ナンパな語り口と、それに見合うこのマメな性格が高評価だ。ガルドも同意する。地で「気遣いの出来るホストもどき」のようなことをしている榎本を見るのは、笑いを誘って気分がよかった。
しかし男と相対したときの粗っぽい姿こそ素の榎本であり、徐々に女性相手にも解けてゆく。このボロが出るせいで振られるのだ。それに気付くまで榎本はフラれ続ける。
「マメだな」
「げっ、なんだそれ」
その粗暴さをも受け入れてくれる女性が現れないかと、ガルドは影ながら願っていた。




