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90 ワゴンドライブ

 母親との長い親子喧嘩は、父親の取り次ぎもあり表面上では終息していた。それでもガルドは家出を続行し、母は娘と二人きりになることをひたすら避けている。

 冬と春の間特有の、高く白みがかった空が心地よい。外出日和の空の下、家出の原因であるフルダイブ機・テテロの回収が行われていた。

閣下(かっか)、お腹空いてません? 飴ちゃんどうぞ~」

「ん、ありがと」

 巨大なフルダイブ機を白のハイエースに積み込み、ボートウィグを運転手に据えてガルドは自宅に向かっていた。彼の体調が心配だったこともあり、ガルドは念のため書類一式を持ちオフィスに出向いていたのであった。

 ファウンド・リコメンド側は快く迎え入れてくれ、ためらいもなくテテロを返還してくれた。というのも、中古価格が定価よりも高騰しているレアな逸品がタダなどおかしい、何かあるのではないかと社内で持ち切りになっていた。そこに、彼らと顔見知りのボートウィグが事情を説明したところ、喜んで返却に応じてくれた次第である。

 ファウンド・リコメンド社に勤めている七重(ななえ)という女性は、母に代わり謝罪するガルドを制して気に掛けてくれた。

 彼女は脳波感受型コントローラこそ埋め込んではいないが、フルダイブ界隈に理解ある人物らしい。ボートウィグと友好関係にあるため、彼が不自然にならない程度の尊敬を込めて紹介した少女を少し不思議そうに、しかし慈愛を込めた声で彼女が反応した。

「安全性について、私たちからもそれとなく言ってみましょう……本社が直営している所では広告も出すくらい、弊社はフルダイブ技術を支援しています。日本支部でも何かしらのアクションを起こしたいと思っていたんですよ。大丈夫、きっとお母様も理解してくださいますから」

 そう話す妙齢の女性に、ガルドは理想の母親というものを夢見た。

「ふふふ、閣下かわいいー!」

 まんまるの飴を頬張り、顔をぷくりと歪ませたガルドをボートウィグが眺めてくる。レモン味の飴は甘く爽やかで、中度の喫煙者であるボートウィグが今日のために買ったタバコの代替品だった。

「前」

 こちらを見ながら運転するボートウィグへ簡潔に釘を刺し、ガルドは今後の予定を考える。家族は今日も相変わらず休日出勤だったが、それにはガルドの手回しがあった。

 まず、母親の休日出勤は後輩ハルの兄に動いてもらった。彼がファウンド・リコメンド社に手回しするより早くボートウィグが動いたため、その分別の仕事を依頼したのである。朝方電話を受け職場に向かった母は、今ごろハルの兄を手伝っていることだろう。

 父の仕事に関しては、小さい頃から持っているパイプを使用した。父の上司の中で、現在は別のビルに異動になったという梅田(うめだ)という男とガルドは幼少期からのメル友だった。正確に言うと、“ゴルフ仲間”だが。

 ガルドは四年前にもテテロを運び込むためにそうしたように、父を外せないゴルフ接待に誘導してもらうよう依頼をかけた。ここのところご無沙汰だったこともあり、喜んで父を誘った“梅田のおじさん”に限りない謝辞を送った。

 あとは移動設置・配線処理だ。ガルドも一通りそういったことは熟知しているものの、そもそもあの重い機体を運ぶのが一番のネックである。

「ん~ふふ〜ん、ん〜……」

 隣の運転手は相当古い曲のワンフレーズを口ずさみ、心底楽しそうに運転している。この曲がいつの時代の誰の曲なのか、世代の違うガルドにはさっぱりわからない。

 ハンドルを握るボートウィグの、パーカーで防寒している腕を見る。男にしては細すぎる腕をしていて、これではガルドと一緒でも厳しいだろう。何せ目的地は二階だ。階段を運ぶのは大層苦労する。

「ん〜るる〜」

 榎本が到着する午後まで待つべきだろうか。母が早く帰宅するパターンだけ不安だったが、無理してテテロを落下させる方が悲劇だ。引き留め役を自信満々に請け負ってくれたハルの兄を信じるしかない。

 もしもの事態を考えることに飽きたガルドは、活躍してくれた運転手に奢る昼食を考えることにした。

「ららら~る~」

 ご機嫌に車を走らせる彼に、呼び出した際の悩みが吹き飛ぶ。顔色が良く、隈は綺麗に消えていた。元気になったようだった。

 港町横浜の、首都圏郊外によくある幹線道路を走る。広い道路と郊外店が並ぶ町は平穏そのもので、心配事が解決するガルドの心もまた、凪いだ海のように静かだった。

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