87 ヴァーツ
降雪量の控えめなエリアということもあり、道は歩きやすい。踏み固まった真白の平原をきゅっきゅと鳴らしながら歩くのは心地よかった。しかし風が強い。
その道の奥、遠くに見覚えのある顔が見えてきた。強風に吹かれて髪型が崩れているが、それで誰だかわからなくなるほどではない程度には仲良くしている間柄の仲間たちだった。
「遅かったねぇ、アタッカーコンビ」
「ちょっとな。詳しい話聞けるか?」
「もちろん。データいっぱい集めてきたよん。あれれ? ガルドちん、なんか不機嫌だけど~? どしたのぉ?」
「大したこと無い」
「……何かあったんですね」
「気にしなくていい」
圧雪に覆われた真白な高原は、崖沿いの高台ということもあり強風が吹き荒れている。その奥まった崖のはずれに、ガルドのマップ上でハンドシェイクになっていたメンバーが三人集まっていた。
男アバターが一人、女アバターが二人。人外アバターの年齢は判別しづらいものの、総じて若い印象を受ける。
彼らはお祭り好きなライトユーザー達だ。「ロンド・ベルベットにフラットに接することが出来る」という条件をクリアした、元ギルマスの意思に賛同する者達の集まりである。
ロンド・ベルベットの大規模戦闘専門チーム、ガルド達前線メンバーが「レイド班」と、本人達が「ver2」と名乗る面々だった。
見回した中に要注意人物が居ないことに安堵しつつ、榎本はマグナに個人メッセージを送る。テキスト形式のそれは、音にならないため周囲に気付かれることはない。
<そのまま読め。ついさっきリアルで運悪くボートウィグに会った。んでもってガルドのリアルが割れた。ガルドのテテロの関係でメリットもあったが、デメリットを思い出した。ヤバイかも>
マグナの表情に変化はないが、メッセージに既読がつく。視線を動かすようなこともせずに読めるのは高度なテクニックであり、さすがマルチタスクの鬼と評されることだけある。榎本はマグナのその器用さを高く評価しており、忙しいところ申し訳ない気持ちがあったものの、ネットストーカー対策を依頼することにした。
一方奥に立っているレイド班、通称ロンベルヴァーツの面々が一人ずつ報告を行い始める。
「地形の変化はありませんでした。モンスターのパロメータに大幅な変化があったのはピックスブルーだけ、あとは本当に調整程度です」
そう語ったのは【けんうっど!@ロンベルver2】というヒューマン種の片手剣使いだ。音楽野外フェスが趣味という一面を持ち、榎本とキャンピンググッズの話題で盛り上がることが多い。
「調整すらなく変化無しのモンスターは、七体。ホーリー=ピーチェッタを筆頭に塔の螺旋階段に現れるモンスター達ね」
続けざまにそう【アイリス・フォン・シェリードルフ@ロンベルver2】が続ける。彼女は妖精のような姿をした種族、フェアリエン種の複合詠唱系魔法使いである。仕事柄ログインが一定時期に固まることが多く、「渡航先」という単語をよく使うことから航空関係者だと噂されている。一部の仲間からCAであることを望まれているが、本人は黙秘を貫いていた。
「強くなったのは~、飛行性能持ちの雑魚だったやつくらいだよ。基本的にはみーんな弱くなっちゃったねぇ」
すかさず口を挟んだのは【吟醸ちゃん@ロンベルver2】というリアルでも呑んだくれとして有名な猫の獣人、ケットシー種の双剣使いだ。言葉遣いはロールプレイと呼ばれる「キャラクターになりきってプレイするスタイル」によるもので、榎本やマグナは彼女がオフ会でハキハキと喋るのをしっかり聞いている。
「弱体化したやつらの詳細は?」
ガルドがそう投げ掛ける。その表情は、機嫌のことを忘れた一人の真摯なゲーマーに戻っていた。
補足として。
表記はver2、呼ぶ時にのみヴァーツと呼んでいます。格好をつけて名乗っているもので、本人たちの自己満足的な意味合いを持ってます。なのでガルドたちは頑なに「レイド班」と呼んでいます。
 




