85 「(周りからの評価に)無頓着すぎる」
「ロンベル全員そう。夜叉彦の方がむしろ人気」
「あいつのストーカーは若干お前のと違うし、つかお前ソロの頃から……まぁいい、それよりその顔! お前美人な顔してる自覚あんのかよ!」
「……びじん?」
「無頓着だとは思ってたが、ここまでとは……」
榎本は歩きながら頭を抱え、静かにおののいている。ガルドは容姿を指して無頓着だと言われたことに遅れて気付き、高校生はメイクなど禁止だと反論しようとした。
そこへ畳み掛けるように、榎本は饒舌な口ぶりで指摘しつつ指を差す。
「じゃあ今言うぞ、お前可愛いからな。いいか? 世の中の限られた美人しか選ばれないミスコンとかモデルとか、そういうレベルに綺麗な顔をしてる。身の危険を分かったか?」
「……もしかして褒められてる?」
「もしかしなくても褒めてる!」
もうすぐ榎本の自宅が見えてくる辺りまで来ているのだが、ガルドはピタリと足を止めたまま動かない。容姿を褒めているようなニュアンスの言葉は、今まで何度か周囲から聞いたことがある。だがその全てを「父が選んだ服」や「制服」、「子どもの頃ずっと抱えていた人形」「美容院にお任せした髪型」などに向けられているとばかり思っていた。幼少期からそうだった。
大体、周りも同様に褒められていたではないか。ガルドはみずきとしての容姿が突出しているなど考えたことがなかった。メイクもろくにしないのだ。むしろ同級の佐久間や宮野の方が数倍かわいいと思う。
念のためガルドは、それがお世辞だという線を確認する。
「お世辞?」
「お前なんかに世辞なんか言うかよ」
「確かに」
ぐうの音もでない。
さらにガルドは、自分に世辞を言う榎本を想像して鳥肌が立った。ブルリと震える。やけに顔だけが暑いが、全身は寒さがしみて、とにかく早く帰りたい。止まっていた足を駆け足に変えエントランスに駆け込む。
「照れてんのか?」
後ろでそうニヤニヤしながら言う榎本に、ガルドは無言のまま足を進める。図星だった。恥ずかしくて、指摘された顔を晒せない。美人とはつまり、綺麗ということなのだろう。綺麗などと言われるのは母親だけで十分だった。
また母だ。母親に似たくもないのに似てしまった顔を、そしてその根源を、恨みを込めつつ思い出す。
ガルドはこじつけと分かっていたが、それでも母親に責任転嫁し勝手に怒った。
こういうときはさっさと潜るに限る。アバターのガルドを美人だというようなものは誰もいない。こんな、理解しがたい気持ちになることはないだろう。
「……これで危機感が芽生えるといいんだが」
後ろで榎本がそう呟きながら追いかけた。




