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84 上からの視線

「参ったなぁ……こういうことは言いたくないが、フロキリのプレイヤー全員が清廉で心優しいとは限らない。酷い奴もいる。歪んだ性癖の奴、ネットストーカー予備軍なんかは想像より多いだろうな」

 道がすらダイドードリンコの自販機で立ち止まると、榎本は腰のベルトループに引っかけていたものを引き伸ばした。

 モノクロのグラフィティを型どったそれは、BMX世界大会のロゴ型電子マネーカードだ。リールからコードが伸びる際の、カチカチというプラスチック音がする。

 何が飲みたいのか尋ねることもせず、旗が斜めになったパッケージのコーヒーを二本選ぶ。往年のロングセラー商品だが、ガルドは普段自販機で飲み物を買わないため、一度も飲んだことがなかった。

 マネーカードを持ったまま、親指をドリンク選択画面にしっかりタッチ。選択した際の親指の一部を読み取り、カードの指紋データを照合してはじめて支払いが完了する。小銭を入れなくて済む分、ひと昔前より素早く購入できるようになった。

 それでも商品そのものは昔と大差ない。暖かい缶を渡され、ガルドはそっと両手で覆うように持つ。

「熱いぞ」

「ん」

 確かに熱すぎるほどで、手の中で転がすと丁度いい。ガルドはしばらく缶を振るようにいじり、じんとする手を暖め続けた。


 二人でホットコーヒーを飲み歩きしながら、四時間前に通った帰路を遡る。一本道を外れるとあっというまに喧騒が遠くなり、住宅地沿いの道は二人だけの空間になった。

 肩と肩の間は、普段通り「装備が当たらない程度の距離感」だ。ゲームプレイ中もよくある無言の、それでいて気まずい訳では無い独特の呼吸が重なる。何かしら考えていたらしい榎本が、ふと上を見上げて話し始めた。

「……町中自立型街頭監視(パブリックシギント)傍受システムだらけのお陰で、コソ泥だの露出魔だのの犯罪はめっきりなくなった。だが怨恨からくる凶悪な事件は変わらない。『あんたを殺して私も死ぬ』とか言う奴だぞ? どうしたってその辺りは自分で自分を守るしかねぇだろ」

 今も超上空を飛行する「警察の目」を傍目に、ガルドはコーヒーに口をつける。甘いが、暖かい。安心できる味だった。空の目も同じだと思う。

 防犯目的のAIが常に身近にあることに、今の若い世代は慣れきっている。見られていると感じることはあまりない。AIの回路はかなり甘く出来ており、抜け穴が多いこともよく知られていた。

 ワイドショーでは「システムの穴を突いてくる犯罪を防ぐのは、結局人間の目! 相互監視を!」という特集が定期的に組まれる。ご近所同士見張り合うなどという方が、シギント(諜報)公然化以前を知らないガルドには気持ち悪い視線だった。

「分かってるか? ガルド」

 榎本が肩越しに振り返りつつ言う。

「お前、標的にされかねないんだよ。フロキリ日本サーバーのトッププレイヤーで、人気的な意味でもトップランクだ」

 ガルドは立ち止まった。

補足:

防犯カメラが形を変えた近未来、オートのドローンが作中の街中を飛び回っています。公的には違う名前が付いていますが、ある程度知識のある一般人もが批判的な意味でシギントという名前を使って呼び、それが世代を超えて普及した結果「単語の意味の歪み」が起こり「パブリックシギント(公的・公然な電子諜報)」という名称になりました。

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