82 舎弟が活躍
「え? え? どうしたんです?」
「最近その会社にフルダイブ機持ち込まれなかったか!? 横浜なんだろ!?」
詰めよってそう尋ねる榎本に目を丸くしながら、ボートウィグは記憶を掘り返し返答する。
「日本支社はそこと鹿児島にしかないですからね~。うーん、そういやそんなこと七重さんが言ってたような——宣伝で付き合いのある会社から廃棄処理頼まれて、廃棄のお礼金貰ったけど、逆に金払いたくなるくらいスッゴいモデルだったって。捨てるなんて出来ないって、社内でコントローラ持ってる奴が昼休みに潜りまくってるって自慢してきて——ひどいっすよね!」
長めのため息をつきながら、ボートウィグは「俺もダイブしまくりたいよぉ……最近週一も出来てないよぉ……」と愚痴った。
榎本は笑みが隠せない。思わぬ場所からガルドの愛機の所在が出てきたものだ。ガルドがボートウィグに指令を飛ばす。四年もの付き合いのなかで、彼や彼の属するギルド・鈴音舞踏絢爛衆の取り扱いには慣れていた。
一言で表現すると、彼ら鈴音はロンド・ベルベットの親衛隊のような立場にいる。そして、ボートウィグはガルドのサポートをするためだけに鈴音に加入した。頼み事をすれば全力で答えてくれる、気心の知れた相手だった。
「ボートウィグ」
「どーしました、閣下」
「頼みがある」
「おっふぉ! なんなりとぉー!」
「向こうでのテンション、こっちでも変わらないのかよ……」
ガルドの従順な舎弟は気持ちの良い返事をした。リアルでされると若干恥ずかしいものの、問題解決の良い足掛かりが歩いてきたことに榎本は密かに感謝していた。
ガルド達の食事と事情説明、リアルに関する雑談が一通り済むと、ボートウィグが一つ大きなあくびをした。
眠そうだ。目の隈が酷い彼の体調を気遣い、二人で解散を切り出す。最初はごねたボートウィグも、ガルドの「明日の朝メッセージ送るから」の一言で素直になった。
三人揃ってじゅらくを出ると、夜も更けてきていた。真っ暗になった上野駅前を足早に帰宅する背広とコート姿が特に多い。観光客は寒さに息を白くしながら店を冷やかしている。
紺色のメンズマフラーを首に回しながら、ボートウィグがガルドへ振り返り賛辞を重ねた。
「しっかし閣下、えらい可愛らしい! ギャップ萌え半端ないっす」
「るっせぇ! そういう見方すんじゃねぇ!」
「分かってますって。もちろん忠誠心は変わらないです!」
そう言ってガルドの少女らしい小さな手を取ろうとするボートウィグを、榎本は無言のまま手刀で打った。体育会系による本気の手刀に、ボートウィグは「ひん!」と悲鳴をあげた。
「うえーん、閣下の相棒がいつのまにかボディガードになってるー」
「よく言うぜ……言いふらすんじゃねーぞ?」
そう釘を刺すものの、榎本は無駄だとも思っていた。こうして街でエンカウントする可能性も、特に口止めしている訳ではないギルド前線メンバーから漏れることもあるだろう。
「はいはい、りょーかい。あ、ファウンド・リコメンドの方は任せてください。これ以上の使用禁止と回収、ご自宅までの輸送、承ります! 僕が!」
手を広げ仰々しくアピールし、榎本の呆れ顔とガルドの小さなアルカイックスマイルを浴びる。
「お前かよ。まぁ誰でもいいけどな」
「責任持って運びますんで!」
「ん」
満足げに頷くガルドに、ボートウィグは嬉しそうに笑った。
「じゃ帰ろうぜ。またな、ボートウィグ」
「あ、駅までご一緒します!」
「いや、俺たち徒歩だから」
「あえ?」
もさもさした髪の毛を揺らして、オーバーリアクションでボートウィグは驚いた。




