81 接点F・ロケット
ガルドの、自分自身に向けられる悪意への危機感の無さに言葉も出ない。榎本は眉間が詰まる感覚に襲われ、目を強く瞑った。
将来ストーカー被害にでもあうのではないだろうか。家宅侵入の末の最悪の事態を想像してぶるりと震える。ニュースでよく見る悲惨な被害、女友達に聞いた痴漢の頻度と嫌悪感などがサッと頭を駆け抜けた。
ボートウィグを筆頭に、フロキリでガルドを慕う者は多い。しかし男だと思っている者ばかりで、それが逆に安心要素だった。まるで舎弟のような、ロックスターを慕うファンのような、それこそ気の良い男ばかりだ。
しかし、ガルドが女だと知ればどうなるだろう。榎本は目の前の鳥の巣頭を呆れながら見つめる。
どいつもこいつもこうなるのではないだろうか。
「閣下女の子だったんですね! つか、僕より年下!? あの圧倒的な筋肉と溢れる漢気による包容力がリアルではこんな、まさに、まさに! これこそがバブみというやつですかぁ!?」
「やめろぉー!」
これではヤンデレが現れるのも時間の問題だ。榎本は、新たに「ガルドに危機管理を学ばせる」ことと「とりあえずガルドが成人するまで俺が守る」ことを心に決めた。
「フンだ。閣下とお食事なんてずるいっすよ。僕に一言報告必要じゃないですか? ねぇ?」
会計を終えて店を出るところだったらしいボートウィグは、そのままガルドと榎本が座るテーブルに居座った。拗ねた顔で榎本に文句を垂れ、パッと明るい笑顔でガルドに向き直る。
「帰れよ。帰ってさっさと寝ろよ」
「ヤです」
「隈、すごい」
「いやはや、お恥ずかしい限りです。仕事を掛け持ちしてまして、ここ数日ろくに寝てないんすよ~」
そう言って困った顔をする彼に驚かされる。プレイ時間をそこから捻出するのは大変だろう。理由を勘ぐる。
「無茶するなぁ、金やばいのか?」
「いやいや、どっちも半分趣味みたいなもんなんです。ちょーっと加減を間違えたというか……」
店員にお冷やを頼みながら、ボートウィグが忙しい原因を語りだした。
「本業、ちっちゃな工場なんですがね? ふふ、有志が集まって趣味でロケット作ってるんですよ!」
ロケットというロマンを秘めた単語に、榎本もガルドも興味が湧く。技術が進歩したとはいえ、一般企業が趣味で弄れるようなものではない。夢のような話に榎本は身を乗り出し、ガルドは背筋を伸ばした。
「随分面白そうなことしてんだな! ロケットって趣味で出来るのかよっ」
ボートウィグは得意げに、ビーチバレーボールほどの大きさを手でジェスチャした。
「こーんなサイズで、僕たちはハード専門ですよ。外側だけ作るんです。中身は取引先のSEとかPGとか、仲良くしてもらってる半導体メーカーの宇宙研究サークルが調達してくれるんです」
「他の会社、巻き込んでるのか」
「半分金の絡む事業形態になってきてますよ。わざわざ横浜から江東区まで大型トラック出してくれるなんて、趣味の域越えてますよね~。だから僕らも仕事早く片付けて、そっちに力入れて、全員徹夜で午前様です。本業に支障がでちゃいそうですよぉ」
「横浜?」
ガルドが耳聡く繰り返す。江東区はボートウィグの生活圏で、横浜は確かに突飛な単語だった。
「え? ええ。衛星搭載用半導体デバイスとか、新型だから放射線照射の実証実験データくれれば費用はもってくれるとかで……わざわざ持ってきてくれたんです」
「太っ腹な会社だ」
「そりゃ金持ちですもん。ファウンド・リコメンドってとこですよ。耳馴染みはないかもしれないですけど、業界じゃ有名な大企業で……」
「おい!」
「ん!」
榎本は思わず声をあげた。ガルドが隣で佇まいをガラリと変える。そして真剣な面持ちで、目を丸くした彼に向き合った。




