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8 ここがマイ・ギルド・ホーム

 ログイン画面でアバターのガルドを選択すると、背伸びをするような感覚ののち、体そのものが大きくなった。みずきの体よりガルドが大きいため、ログインするたび腕や足、座高など全てがぐんと伸びる。座る椅子の硬さと、肘当てのヒヤリとした金属感を確かめて立ち上がった。

 慣れ親しんだ第二の自分に、ガルドは「やっと戻ってきた」とすら思った。鼻を触る。相変わらず彫りが深い。ログイン時に<ヒゲの伸び具合>や<寝癖>などが変更できるのだが、今日のガルドはちょっと無精髭だ。じょりじょりの顎を手で楽しみながら、ログイン地点である城の中を出て集合場所のギルドホームに歩き始めた。

 エントランスを抜け、城から完全に出るとメニュー内の「ファストトラベル」がグレイからホワイトに色を変える。すかさずギルドマイホームを選択すると、視界だけがバンジージャンプのように上へと勢いよく流れた。下から別の地面が現れ、瞬時に深い焦茶のウォルナット材で出来た壁に包まれる。

 いつものギルドホームだ。玄関に入ってすぐの場所で、足元には丁寧に玄関マットが敷かれている。顔を上げると、部屋の一番奥にある一段天井の低いエリアで何かが動いた。手を振っている。

 三人がけのソファに先客がいた。

「よぉ」

 ガルドの無口さのせいで女子高生の彼氏代理にされるという被害に遭っているとも知らずに、のんきに榎本が声をかけてくる。手持ちぶさただったのか、過去の自分の敗戦ログを見ながら串カツを食べていた。ソースのかかったカツが大きめにカットされ、行儀よく二つ並んで串に刺さっている。

「遅かったか?」

「俺もついさっき来たからな。さてガルド」

 ゆったりとした姿勢でラウンジエリアにあるソファに腰をかけていた榎本が、すっと立ち上がる。意味深に溜めたのちに、ある方向を指でさした。

「対戦やろうぜ!」

 やっぱりそうきたか、とガルドは首を横に振る。

「榎本、今日はダメだ」

「二分あれば一本できんだろ」

「二分で済まない」

「集合時間に間に合うやつなんていないって!」

「……ふむ」

 土日が仕事な分今日が休みだった榎本と、学生のため早くやってこれたガルド以外、全員遅れることが分かっている。二人を含め、前線を張るギルドメンバーは六人。しかし午後六時きっかりにログインできるような仕事をしているメンバーではない。

「な? 一本だけでも!」

「……すぐに終わらせる」

「お、ノリいいじゃねぇか。俺の勝ちで二分だな」

「言ってろ」

 ガルドも大概バトル好きである。


 条件を満たしたギルドには、ギルドホームと呼ばれる専用エリアが与えられる。内装などはギルドマスターが自由に変更できる権利を持ち、ホームの中には趣味に合わせた追加機能を追加できる。戦闘系のギルドホームには、小さめの戦闘可能エリアである闘技場がつきものだ。ファンタジーのような砂けむりの舞う闘技場の場合もあるが、ガルドが立つここは一見SF的な、無機質な白い壁に包まれた箱状の闘技場だ。

「せえい!」

 愛用のハンマーをテコの原理でトリッキーに浮かせ、すかさず遠心力でダメージを狙ってくる。榎本のバトルスタイルは、意外にも正確な物理学からくる効率主義であった。いかに省エネで、いかに無駄なく動けるかを常に考え立ち回る。猪突猛進タイプが多いアタッカーでは珍しく、相手にすると面倒くさいスタイルだ。

 ガルドが体重を右側に寄せたのを目ざとく確認し、足元を狙ってくる。この角度では剣でのパリィは難しいだろう。しかし今の一打は浅い。ガルドは榎本の第二撃をなんとなくで予想した。

「ん!」

 ガルドは直感を重視するタイプだ。ならば、と左足を前に繰り出す。勢いをつけ、迫るハンマーを足蹴にし、感覚でそのままふわりと自分の身体を上に飛ばす。後先は考えず、とにかく今の最善をモーションにしていくのがガルドのバトルスタイルだ。

「げっ、なんだぁ!?」

 予測も外れ、武器の上にガルドがいる。その変な状態に目を丸くしながら、榎本も意地をみせた。不安定になれば次のモーションが取りにくくなる。足場となってしまったハンマーを自分側に引き寄せ、ガルドを後ろにひっくり返した。

「……む」

 ほおけたのはガルドの方だった。尻餅をつき、目の前には溜めモーションの動作に入った榎本がいる。だがまだ手がないわけではない。体全体で勢いをつけ、えび反りのジャンプで立ち上がる。

 同時に上から愛剣を振りかぶり、飛びかかりのモーションを利用した溜め時間短縮の強攻撃を繰り出した。ジャンプモーションで気付いた榎本が、すかさず切っ先をハンマーの柄で撃ち返す。チャージは生きている。そのまま身体ごと回転をかけコンボにするが、ガルドはそれを見切る。

 一拍ののち、同時に通常攻撃をぶつけ合った。

 金属の激しい衝突音が響く。

 そこからは、激しい打ち合い(パリィ)が続いた。


「相変わらずだねキミたち~。もうみんな揃ってるんだけど?」

 かるい飄々とした声がかかる。個人PvP(一対一)の結果は、結局ダメージがまったく減らないままストップがかかった。四十分近くひたすら攻撃を防ぎ合い続けたらしく、ガルドは時計を見て満足げに息を吐いた。

 ギルドホームには、二人が気づかない間に他の四人が集まっていた。

 声をかけてきた男は、白髪の混ざったライトブルーの髪という奇抜なアバターをしている。五十代、といったところか。笑った時の目尻のシワが愛嬌を感じさせた。肌の色は程よい焼け具合で、ゆったりとしたローブと腰から下げる杖から後方支援職だとわかる。ただしセンスの問題なのだろうか、ボヘミアン柄と極彩色が南国を思わせる装備だ。

 杖に至ってはレインボーの紐が巻かれ、先端に南国産の鳥がくっついている。動かない様子から人形だとわかるが、初見だとギョッとする様相だ。

「おおっと、悪いメロ。いやー、いつになったら決着がつくのやら」

「すまない」

 闘技エリアから出ながら、榎本とガルドはメンバーを見渡す。メロと呼ばれた南国風味の奇抜な男はやれやれと肩をすくめ、二人に着席するよう促した。奥の一人がけソファには弓を背負う男が、手前の二人がけソファには重装備かつ巨大な盾を持った小柄な男と、刀を腰に二本挿した侍が座っていた。

現行の狩りゲーは人間対人間が想定されていませんが、近い未来を舞台にした作品なのであるものとします。

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