76 不忍の池、想う夏
今までよりも長く歩き、坂ともつかぬ道を下った先。
「不忍池」
沼のような池のようなそこは、夜になりかけた公園から見るとむしろ明るかった。
夜景が反射し、ガルドは光の瞬きに目を細める。空が広い。都会のど真ん中だとは思えない程で、少しスローペースに歩きながら景色を眺めた。
「そうそう。ボートが有名だよな。乗りたいか?」
「この前も乗ったから、いい」
「この前って、ミニゲームの足漕ぎスワンのことか? 楽しかったよな、疲れないからとにかく足を回すイメージだけ必死に——って、景品目当てのタイムアタックじゃねえか! こっちのはほら、景色を楽しむんだよ! 優雅にのんびり!」
「優雅……蓮が咲くとか」
「不忍池と蓮はセットだよな」
「へぇ」
「どうせ見たことないんだろ? その頃また泊まり来い。早朝に咲くんだよなぁ、アレ」
「ん、咲く頃また来る」
白と桃色のグラデーションが目に浮かぶ。本当はどんな色が「蓮色」なのだろうか。この池に浮かぶ形も、図鑑程度しか植物知識が無いガルドには想像がつかない。
今香る土と緑の気配に、果たして蓮は混ざってくるのだろうかと、興味が尽きなかった。
「きれいだぜ」
榎本の言葉を鵜呑みにする。太陽の光を反射する池、初夏の風、綺麗な蓮の花を思い浮かべた。春前の夜景もいいが、夏の上野はきっと素晴らしいだろう。
そのまま公園を出て、二人は駅への道を歩き始めた。
風は冷たく、すぐにでも暖房の効いた屋内に駆け込みたい程冷えきっている。それでもガルドは、この散歩をまだ終えたくないと思い始めていた。
無言で歩く時間も悪くない。ゲームの中で雪景色を強引に行軍するのとも違う、もう少し「感じることを楽しむ」ゆとりがあった。
「静かだな。腹減ってきたんだろ?」
「よく分かったな」
「そりゃあ、相棒だからな! な、なんだよその顔。それぐらい聞かなくてもわかるさ。ま、ネタばらしすると俺も腹減ったからだけどな」
「そうか」
「丁度いいところがある。寄ってこうぜ」
そう榎本が指差したのは、上に電車が走るガード下の店舗だった。
電車が走る下に店を構える習慣は、都心の一部地域だけだ。ガルドにはその騒音と食事という二点がどうも結び付かない。不快では無く、むしろ目新しい感覚に風情のようなものを感じた。
「オススメ度合いは?」
「五ツ星!」
「そうか」
相棒がそう言うのであれば、間違いなく良い店なのだろう。信頼と距離を寄せて、榎本を急かしながら歩いた。背中から押すかのように背後へ付く。
「……お前は、この距離でなんも言わないのか」
榎本が突然距離感のことを持ち出してくる。公園は広く、まるでフロキリのフィールドのようだった。従って榎本とガルドの間は一定の、戦闘前行軍と同じ装備間隔で歩いていた。
今はもう上野駅前で、ガード下で、人も多い。ぐんと増えたサラリーマンの群れに、榎本を盾にして進む。
「言わせるな、急かしてるんだ」
「食いしん坊か。お前らしい詰め方だな」
「早く食べたい」
歩くスピードが速まった榎本に満足し、ガルドは隣へ移る。公園ではカボチャ一個分だった距離が、ミカン一個分まで縮んだ。




