75 上野公園
夕焼けになる手前の、ぐっと冷え込んできた上野。
平日の寒空は薄暗くなりつつあり、観光客は思ったほど多くなかった。都内とは思えないほど広い公園を、少し足早に二人歩いている。
愛用するグレーのネックウォーマーに紫のダウンジャケットを着込んだ榎本は、隣を歩くガルドをちらりと横目で見る。
上品なシルクで出来た白いマフラーをくるくると巻いた上に、ジャケットは見慣れた通学用ダッフルではなく、私服用のモッズコートを羽織っている。よく見ると物の良いコートだ。生地はしっかりとしていて、ポケットなどがヨレずに形状を保っていた。フードのファーも密度が高く、「あれこれまさかリアルファーか?」と聞きたくなる艶をしている。
名実ともに箱入りのお嬢様は、その長い足を軽やかに進ませていた。いつものポーカーフェイスで分かりにくいが、どことなく浮き足立っている。
「上野公園といやぁ、これだろ。西郷どん」
「思ったより大きいな」
「台座もあるし、立像だから尚更でかいよなぁ……本物も大男だったのかもな!」
観光らしくなってきたな、と榎本は笑った。ガルドは本当に上野が初めてらしい。
さらに奥に進む。
程よい距離で並んで歩く二人は、カップルには見えないがファミリーにも見えないだろう。榎本は近付くつもりも離れるつもりもなかった。
この距離感がしっくりくる。いつもの、クエスト行軍中のアバターで「肩や装備がぶつからない」距離をピタリと維持していた。
「あっちが国立博物館だったかな。俺も大昔に行ったっきりだが、歴史的な建物って感じだ」
「広いな」
「何棟もあるんだ、時間あるときにでも来るといいさ。高校生は安く見れるだろうしな」
「……クジラが見たい」
「お、そりゃあこっちだな。科学博物館のほうだ」
天高く吠えるような姿のそれは、何十年も昔から上野で子ども達に親しまれている。
「でかい」
「クジラってスゴいよな。あっちからしたら俺ら、アリみたいにみえるんじゃねーの?」
「そうだな」
公園の木々も背が高い。真っ暗なその森で、ガルドはクジラの存在感をじっと見つめていた。その横顔を榎本は見つめ、何故か唐突に「子どもっぽい顔だ」と思った。
「そこの奥下がると、都美がある。デカい展覧会の時なんかやたら混むぞ」
「とび?」
「東京都美術館だ。エントランスは薄暗くて、なんつーか、昔ながらって感じだよ」
「へぇ」
「俺らの世代からしてもレトロに感じるから、お前なんかだと遺跡に見えるかもな」
「そう言われると興味が出てくる」
「ははは、良さげな展示あるときにまた誘ってやるよ」
そう言って笑いながら、真っ暗な建物を素通りした。




