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74 小さなリクエスト

「みずー。帰りWEGO寄ってくんだけど、行かない? ついでにあれ寄ってくつもり。えーっと、名前なんだっけ?」

「え、忘れた。新しく出来た古着屋でしょ? なんかマニキュアっぽい名前だったよね~」

 友人達が放課後の予定を楽しげに話している。みずきも何度か経験している、定番の「人気ショップ→古着ショップ→おしゃれな喫茶店→駅のIt`s DEMO」コースだ。こうなると帰宅が七時を越えるだろう。

 みずきは、コース上のどの店も興味がない。

 服を見ている友人達に付き添うだけで、たまに購入するのは靴くらいだった。喫茶店の差も分からない。雑貨コーナーでは、友人が思わず発する「かわいい」の連呼をひたすら横で聞くだけだ。

「ん……今日、晩御飯の当番だ。ごめん」

「そっか、いいのいいの。最近忙しそうだもんねー」

「次はみずに合わせるよ! 行きたい場所、考えといてねぇ~」

 そう言って手を振る友人達を見送りながら、みずきは知っている店を何軒か思い浮かべた。榎本宅への居候で始まった電車通学。その路線上の、降りたことさえ無い駅。そこにあるだろうオススメショップを、友人達にあれこれ紹介してもらうのがいいだろう。これで店を知らなくても変に思われないはずだ。

 自分の行きつけファッションブランドや雑貨ショップが存在しないことを隠せるのであれば、みずきは何でもよかった。


 御徒町。

 すっかり通い慣れた商店街のアーケードを通過し、榎本が暮らすマンションの前まで来る。借りているキーを、御大層なエントランスの電子ゲートにかざした。

 指紋認証も兼ねたタッチタイプ・テンキーは、来訪者向けのインターホンだ。客には見えないようスモークになっているが、パネルの向こうにはカメラとスピーカーが内蔵されている。インターホンが旧型の自宅よりずっとハイテクだ、とみずきはいつも感心していた。

 榎本のマンションに入ると、自分がガルドなのだとしっくり思えるようになる。今着ている制服にも違和感がでてきて、横浜の自宅に居た頃以上にゲームのことを考えるようになっていた。

 その気持ちの切り替えを、ガルドは「解放感」の一種だと感じ取っている。まとわりつく付箋が身体中から剥がれ落ちるように、ガルドは少しずつ晴れやかになっていく。

 リアルで相棒と生活していると、ごく自然に羽を伸ばせているらしい。ガルドはまた一つ、仕事中だろう家主に心の中で礼を言った。

 屋根のある場所で寝起きできるだけでなく、ストレスを溜めない健やかな生活をおくれているのだ。その分料理で借りを返そうと思いつつ、静脈認証と金属の混合鍵を使って玄関を開ける。

 キーが解錠の反対にしか回らない。

「ん?」

 家を出るのは榎本が最後だ。従って戸締まりは彼の担当だった。閉め忘れだろうか。不安に思いながらキーを抜いてドアを開ける。

「おう、早かったな。おかえり」

「……た、だいま」

 思わず返事が一拍遅れてしまった。平日だというのに、何故か居候先に家主がいる。固定概念の外に起きる現象というのは予想しづらいもので、ガルドは必要以上に驚いた。

 そういや、とガルドは思い出して一人納得する。先週の土曜日に出勤していたということと、今朝スウェットのままで朝食を食べていた。

「休みだったのか」

「まーな。さっきまで潜ってたんだが、メンテ入っちまった」

 困ったような表情で装着していたHMDを頭上にずらし、肩をすくめる。だが口角は上がっており、運営の努力を評価しているのが伝わってきた。

「定期は再来週だ……緊急か」

 フルダイブという先端技術を使用しているが、オンラインゲームに変わりはない。運営が手入れをするために住人を追い出すことは日常でよくある出来事だった。

「おう。信徒の塔エリア、パワーバランスいじるってよ」

「ああ」

 確かに、とガルドは納得する。あそこのモンスターは強さのバラつきが酷く、ランダムにPOP(出現)する敵がおみくじのように初心者を泣かせた。

「いい形に直してもらえるといいが、期待は出来ねぇな。ディディー=エーなんかを強くしてくれっと面白いんだが」

「ああ」

 ガルドの口角が少し上がる。あの動きの素早いチンパンジーのパワーが上がれば、有効な戦略がガラリと変わるはずだ。それはとても面白いだろう。

「せっかくだからどっか行くか? メンテ終わんの、四時間後だとさ」

「四時間……」

 友人の誘いを断ってまで帰宅したというのに、散々だ。むっとした表情でこめかみに触る。しこりのような脳波感受機器の存在を感じた。ゲームの気分が砕かれ、ジンとうずく。

「なんか足りないものあるか?」

「いや。それより、時間があるなら行きたい場所がある」

 もうすぐ榎本宅での居候は終わりを迎える。

 ネットを介して毎日のように会うのだから、寂しいという感情はありえない。だが、この部屋での生活に終止符を打つのが残念だと思う程度には、本気で名残惜しく思っていた。

「おー、どこでもいいぞ。徒歩でも電車でも」

「……上野に行きたい」

 榎本の自宅から徒歩で行けるその場所は、世界的にも有名な観光地だ。緑が多く、どこか懐かしい雰囲気を携えている。繁華街もビルもあり、なんといっても有名なのは、過去国民へ恩賜されたという巨大な公園だ。

「アメ横とかか? 公園もいいぞ、寒いけどな」

「上野は行ったこと無いから、任せる」

「……あ? 都民なら遠足とかで行くだろ」

「神奈川県民」

「ああ、そうだった。いやそれでも一回はあるだろ。桜見に来たことも無いのか」

「桜の時期は三渓園」

「へぇ、じゃあ初上野か! 任せとけ、いいコース組んでやるよ。四時間な」

 榎本は自信げな様子で、あれこれと単語をあげた。これはどうだ、あれはどうだと候補を並べながらジャケットを羽織る。

 上野に点在する店や地名らしいが、ガルドはどれも耳馴染みがなかった。

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