73 参謀と助言役
「うおおお!」
威勢の良い榎本と夜叉彦の後方で冷静に分析し合う声がある。
「ガルド、今のどうだ」
「悪手だったかもしれない。攻撃判定の甘い柄の方でいけばさらに早く弾ける。頭の重さで大剣より遠心力がある分、後ろに持っていきやすいはずだ」
「そうか……流石だな。パリィに関してはお前の腕が頼りだ」
「ハンマーはここまで弾ける武器じゃない。榎本はよくやってる」
鋭い眼光を少し細めながら、ガルドは話を榎本にずらした。照れているらしい。
「おっと!」
「わりぃっ」
「いや、俺ももーちょい動きを細くするよ」
榎本の防御を邪魔しないように攻撃していた夜叉彦だが、どうしても肩がぶつかってしまう。榎本側の配慮も必要だが、腕回りの動かし方を把握する意味で、夜叉彦にとってもこの訓練は重要だった。
ロンド・ベルベットの弱点は一般的なチームより多いが、最優先で解決すべき案件は二つある。メロの紙装甲を秘匿する手段の構築が一つ目だ。そしてもう一つ。
手数の多いモンスターに対し、こちらの体力を温存しつつ速攻での撃破を狙う作戦、通称「コンボ嵌め」の習得だ。
他サーバーの上位ギルドを見ると、片手剣もしくは両手片手剣を装備したプレイヤーが最前線に必ず一人は配置されている。コンボを稼ぎ、完璧なパリィをこなし、ヘビー級アタッカーの代わりにヘイトを請け負う存在だ。
ロンド・ベルベットは、その役割をガンナーのベルベットが担っていた。
ガンナーの武器である銃は、本来近接武器の衝突で起こすパリィ防御ができない。弓と同じ扱いであり、他プレイヤーの動作の合間からコンボを繋げる役割が中心だ。
それを打開したのは、ベルベットが日本サーバーで唯一持っていた「とある特殊スキル」だった。このスキル取得が、小さな中堅ギルドだったはずのロンド・ベルベットを一躍有名に、世界レベルの巨大ギルドに押し上げた。
ベルベットが抜けてもそのランクを落とさずにいられたのは、ガルドの参入と問題児の離脱、夜叉彦の参入があったからこそだった。
設立当時から参謀を続けているマグナは、今必死に新技術をものにしようと頑張るルーキー侍、そして隣に立つ大剣使いに助けられていることを自負していた。
周囲に言ったことはなかったが、ガルドが来なければギルドを見限り別のゲームに移るつもりでいた程だった。この年齢だ。一から始めたところで世界大会など二度と出られないだろう。絶大な感謝を胸に秘め、マグナは話を続ける。
「あれくらいできれば、コンボの必要なボスクラスは問題ないだろう」
「パワー不足が心配だ」
「攻撃を引き受けるパリィ要因は適度に交代させる必要がある。メロと俺の回復をかけつつ、パリィから外れたお前らが攻撃を仕掛ける暇くらいあるだろう。あとは、ジャスだな」
「敵の広範囲攻撃さえ押さえれば、ジャスも攻撃要員か」
「そうなるとMP回復の手段が必要になるな。あいつのタイムアタック用の装備、少し変えてやってもいいだろう」
慣れないパリィカバーリングを必死に特訓している榎本たちの後方で、ガルドとマグナは冷静に対策を練る。
ガルドが参入してからかなり経つ。最初の頃に比べ、マグナは参謀としての負担が軽減した。他のメンバーが役に立っていない訳ではないのだが、客観的で研究肌、そして突拍子もないアイディアを持つガルドの意見は貴重だった。
「なら、自分と榎本のパリィセンスさえ仕上げればいい」
「そこだが、あまり心配していない。全く、お前達の反射神経には驚かされる。重量級武器の動きを越えているぞ」
「それでも」
ガルドが小さく否定した。
「DualMatthewには及ばない」
プレイ動画で何度も繰り返し見続けている、プログラムのような人外じみた動きとパリィ。前回の世界大会でロンド・ベルベットを完封した、フロキリで最も強いアタッカーだ。ガルド達近接武器持ちプレイヤー達の理想であり、チームメンバーの仇でもあった。
彼には敵わない。彼が良い仲間に巡り会えていれば、と前提条件がつくが。
「ガルド、お前は強いよ」
「ありがとう。負けたくない……勝つ」
ただの居場所だったはずのゲームが、自分の大部分を占めるようになってから早四年。この小さな箱庭世界で頂点に上りつめることに目的がすげ変わった。
「勝とう。勝てる。今の俺たちは、個々にもそこそこ強くなった。廃人達は別タイトルに移って散り散りだ。この六人なら出来る」
マグナが鼓舞すると、蜂蜜色の髪をした剣士は鼻を膨らませた。気合が入っている。マグナにはそれが、雄弁に「もちろんだ」と言っているように見えた。
このギルドなら目指せるはずだ。その確信が、全員が持つモチベーションの根底にあった。




