72 無様に負けないために
雪の降る大地に、武器を振るう男達が敵と対峙している。寒くはない。フルダイブVRの世界は雪の圧と匂いだけ伝え、そこに痛みや寒さは存在しなかった。
「パジャマ子さんにお礼がしたい」
「気にするな。しかしそうだな、ハワイで買い物でも付き合ってやると喜ぶだろう」
「ああ」
雑談をしてはいるものの、クエストの真っ最中だ。対モンスター戦のタイムアタック訓練で、ロンド・ベルベットの弱点を克服するためのメニューをこなしている。
ヘイトを受けるのに慣れている榎本とガルドは、この戦闘では一切のヘイト管理仕事を禁止されていた。今前線にいて攻撃を繰り返しているのは、ミドルレンジ担当の夜叉彦である。
メロとジャスティンは仕事の関係で退席しており、普段のメロ完全防御対策訓練ではないものを行っていた。ミドルを含めたアタッカー達による弱点解消。そのために最低限な顔触れが揃っている。マグナは三人のコーチ役だ。
恋人が気にしていた性差の問題は、一旦頭の端に退けておくことにした。隣で腕を組み夜叉彦の戦闘を見学しているのは、紛れもなく見慣れた中年の筋肉大男だった。
「頃合いじゃね?」
「そうだな。先、いいぞ」
「いやいや、お前行けよ」
「……自分は後からでいい」
「俺だって後でいいぞ?」
榎本とガルドが順番を譲り合う様は、長年行動を共にしてきたマグナでもあまり見たことの無い光景だ。競い合うように敵に斬りかかるはずの二人が遠慮するのは、物珍しいが違和感が強く、嫌悪ではなく寒気という意味で気持ちが悪い。
埒があかないと判断し、榎本の方に発破をかけた。
「さっさと行け、榎本。経験者だろう」
「うぐ、しょうがねぇな」
心底嫌そうな表情で、榎本が渋々ハンマーを肩に担いた。ガルドも真剣な表情で見学の姿勢をとる。マグナはその隣で目を細めた。
指定されたプログラムで動きが決まっている対モンスター討伐クエストでは、対人戦闘とは違う戦法が求められることがある。
敵に最適な方法として、もっともダメージ効率が良くロスタイムの無い、スムーズな流れ。ロンド・ベルベットは高火力がウリだ。それ故に「動きが鈍い」のが弱点だった。
「いくぞ夜叉彦!」
二足歩行に進化した蟹のような姿の怪人の、その特徴であるカニ鎌攻撃をいなし続けていた夜叉彦は、呼ばれた方向へ「オッケー」と一声同意した。
両手持ちの刀をレイピアのような刺突武器スタイルで持つ。突き刺せるように肩を前方に向け、体をほぼ敵に対し横向きに変えることで踏み込みを強化させた。そのまま左手を離し片手持ちに変える。
続けて後ろも振り返らずに、身を勢い良く低く伏せた。蟹の特徴である両手の爪が今日の訓練には最適で、マグナの脳裏から繋がるPC画面に、今日目指す改善ポイントの一覧が何ページも並んでいる。
「よっ、っと!」
右の爪を振り上げるモーションを視界に入れた夜叉彦が、その爪を無視してボディを狙う。
右足を強く踏み込む。
体の軽い夜叉彦渾身の、素早いダッシュモーションがスタートした。刀による刺突攻撃がヒットすると同時に、敵の爪も夜叉彦に迫っている。
「っし」
そこを後方から榎本がハンマーの柄側でパリィ防御に入る。
清々しい音が響く。だが榎本は珍しく焦りながら、手首をひねってハンマーをくるりと回転させた。
「おおっと!」
回転をかけた重量のある武器に振り回されるように、体を持っていかれる要領で榎本は夜叉彦の背後に戻る。
本来ならばここは榎本の強い攻撃が炸裂する場面だ。だが今回の訓練の目的はそこではない。
「もういっちょ!」
夜叉彦の動きはまるで片手剣や双剣装備であるかのようで、細かいヒットを多く刻むスタイルだ。防御を完全に捨てた、Hit数優先の攻撃を繰り返していく。
そこに、重い攻撃を捨てた榎本の「パリィのみ」を行う違和感のある動きが続く。本来パリィより見切りを多用する榎本には、どうにも居心地の悪い戦闘だった。




