71 安く発泡酒
本州よりずっと南、宮崎。中心部からほど近いベッドタウンに建つ小さな一戸建て。作りは質素で、いかにもローコストな雰囲気だ。
その一階にある和風で庶民的なリビングに、旅行の計画を練り上げる声が響く。
「ショッピングでしょ、観光でしょ、ホテルも豪華、プールにビーチに、オープンカーレンタルしてドライブとか、あとスイーツ! 離島も行きたいし、あれ? 日にち足りる?」
話を振った視線の先には、特徴の無い理系らしさを持った中年の男が、座椅子に座ったままビールを煽っていた。こめかみから下方向へコードが垂れてスマホに挿さっている。ネットサーフィン中らしく、時折遠い目をする。
団欒を兼ねた晩酌をしているのは、マグナとその恋人だ。縁の太めな眼鏡が少し鼻から下がっているのは、リアルでのマグナがそこそこ酔ってきている時の癖である。パジャマ子は発泡酒の缶をこたつに置き、体ごとマグナへ向く。
「お前の場合、いくらあっても際限なく希望が出るだろう? どうせ足りなくなるだろうな。で、ガルドの方にも行くのか。横浜だぞ?」
マグナはこちらを見ることなく返事をした。少し面白くないが、合理主義な男のいつもの態度だった。構わず続ける。
「もちろん! オンリーもあるし、クラスタさん達と会えるし。横浜だからパシフィコのスケジュールとか見てみようかしら……おおっ、ナイスタイミング!」
マグナと同棲生活を送っている恋人・パジャマ子は、大型タブレットを使ってコンサートチケットを公式から購入した。転売は許せない質で、公式に流れるのであれば喜んで大金を払う。今購入したチケットも、高額だが前方の席だ。
「すまないな、手間をとらせて」
「なに言ってるの。こっちこそ、ギルドの仲間に便乗して旅行してるんだから。おあいこでしょ」
そう言って彼女は手帳を開いた。
ロンド・ベルベットの仲間たちを動画やマグナの話などで知っていたパジャマ子は、ガルドというプレイヤーが無愛想で不器用な優しい大男だとばかり思っていた。東京のオフ会から帰ってきたマグナから「ギルメンのガルドが女子高生だった」と聞いて驚愕したものだ。
五月のページを開き、先ほど取ったチケットの日付にイベント名を記入する。
「あの濃いメンバーが猫可愛がりしてるんでしょ? それに、榎本くんが囲ってまで守ってるって。よっぽど可愛いんだ」
「囲うだなどと……語弊があるぞ。保護だろう」
「外から見れば女子高生を囲いこんでるようにしか見えない。あなた、長年一緒に居過ぎてマヒしてるんじゃない?」
「いや、そんなことは……」
「本人が良いなら私はとやかく言わないけど、あなた達大人がそう誘導してるんだったら、止めたげる。割って入れるの私ぐらいでしょ?」
パジャマ子は肩をすくめながら、恋人に笑いかけた。籍こそ入れていないが、年齢的に内縁の夫だと思っている。彼が気付けていない悪行を止めるのは、もちろん妻である自分の役目である。
もし手術などになったときサインが出来るよう、籍だけでも入れるべきだとさえ思う。彼は逆に「老後にすっぱり縁を切れる方がお前にはいいだろう」などと思っていそうだ。いや思っているに違いない。ハワイから帰ったら相談しようと思いつつ、パジャマ子は恋人の弁明を聞いた。
「ガルドは仲間だ。あいつがベストコンディションでプレイ出来るよう、俺たちも全力で出来ることをするだけだ」
「それは男の友情ってやつね。あの子は女の子なんだから若干話が変わってくるわ」
飲み切ってしまった発泡酒の缶を手に、キッチンに立ちながら彼女は釘を刺し続ける。
「か弱い女の子が五人のおっさんに囲まれて、反論できると思ってるの?」
パジャマ子は口調をハッキリと心がけつつ言い切り、キッチンカウンターの向こうに見えるマグナの言い分を待った。しばらく無言で、その後ちらりと目が合った。
何か言いたげな顔をして、マグナはとうとう何も言わずにため息をひとつ。
「何か言いたげね」
「――まぁ、本物を見ないと分からないだろうからな」
マグナはそう言うと、缶をクシャリと握りつぶして寄ってきた。脇に立ち、シンクで缶の中を軽くゆすぎゴミ箱へ放り込む。
「アイツは、ガルドだ」
「そうね」
「ガルドはアバターだが、知った今でも変わらん」
「貴方達が態度を変えるとかじゃなくて、その子本人の気持ちよ? いくら仲良しでも、男の家に家出なんて含みがあるでしょ」
「奴らから後悔と懺悔のメッセージが来ない。それが答えだ。心配はいらん」
マグナはそう言い残し、自室に引っ込んでいった。ゲームをするのだろう。いつものスナック菓子とスポーツドリンクを手にしている。
「せめてあの人がいれば、女の子相手でも上手く対応するんでしょうけどね」
パジャマ子は、前回の海外旅行で会ったきりの特殊なギルドマスターを思った。




