70 報酬は装いにて
電話のコール音と様々な世代の男女の忙しない声、そしてPCを操作するかちりかちりという動作音がひっきりなしに響く。
上野、高層ビルに入居するオフィスのワンフロア。
スーツ姿ばかりだが、髪を染めたリーマンや派手目なOLが多く、雰囲気は少し緩い。その片隅に、小難しい顔をしたヒゲの男が一人。
「榎本ぉ、付き合い悪いじゃないか。これか?」
すぐ隣へ、中肉中背の見本のような上司が小指を立てながらやってきた。榎本の直属の上司で、彼がアウトドアにハマるきっかけにもなった人物だ。スキンヘッドにクマヒゲがチャームポイントで、スーツに隠れたマッチョ具合は密かに榎本の憧れだった。
「ははっ、そんなわけないじゃないですか」
「じゃあこっちか。気合い入ってんな」
そう言って指をこめかみに当てるしぐさで、フルダイブのことを伝えてくる。上司は公明正大な男で、世間一般のフルダイブに対する悪評を気にも留めない清々しい男だ。榎本は純粋に、出会えて良かった得難い上司だと評価している。定時のチャイムであっという間に帰るところが特に素晴らしい。
この上司には、前回のイギリス大会のことは伝えていた。遠い昔のことだが覚えているだろう。その証拠に、飲みの席で新入社員に自慢して廻り、榎本を指して「コイツは世界に通用する男だ」と褒めてくる。ありがた迷惑だ。
お陰で榎本の社内評価は「ゲーム廃人」一色だった。
「ええまあ。また世界大会なんで、頑張ってますよ」
「おっすごいじゃないか! 今度はどこにいくんだ?」
「ハワイです。ハイシーズンなんですが、なんと全額向こう持ちでして……」
「くー! 羨ましいなぁ、サーフィンとかしてこいよ。あの海はいいぞ!」
キャンプや山登り、マリンスポーツにまで手を伸ばす上司は、サーフィンどころか釣りやスキューバダイビングまで一通りこなせる才能の持ち主だ。榎本はそこまでの気概はなかった。
「そうですね、余裕あったら行ってみます」
「ま、大会が優先か。目指せ優勝!」
そして大口を開けて笑いながら去ってゆく上司を横目に、榎本は飲み会を断った原因である相棒を思う。
ガルドの問題は、一旦の収束が見えてきていた。
フルダイブ機の許可はほぼ取り付けており、あとは回収と母親を宥めるだけらしい。海外へ行くための条件も「一人女性を付き添わせる」ことだけだ。
女性が増えることは、問題にすらならなかった。前回もあのギルドからお手伝いが何名か同行した上、マグナの恋人が彼の自腹で同行している。そのことをガルドに伝えたところ、名案とばかりに早速依頼のメッセージを送っていた。
前回、マグナの恋人は彼が出場した対戦だけ見学し、後は全日観光に費やしていた。VIP扱いのマグナにくっつくことで同等の扱いを受けることに味をしめていたのを思い出す。今回も来るだろう。どうせ来る予定の彼女に依頼するのが一石二鳥なのは理解できた。
オンラインでのペンネームが「縞パジャマ子」というため、榎本たちギルドメンバーは彼女をそのままパジャマ子と呼んでいた。
二次創作界隈ではそこそこ名の知れた腐女子である。ギャグ要素の強い漫画に定評があり、東京にもイベント遠征と称しよく来ているらしい。
ガルドは、そんな彼女に今回の付き添いを頼むことにしたらしい。報酬はコスプレ写真でいいと言われ、ガルド本人も驚いていた。
そこに榎本は、マグナの思惑を感じ取った。
あの男は、オタク向けのイベント会場で若き日の彼女と出会っている。愛好するSFアニメを漁る男と、そのキャラクターに扮した女。きっかけ通り、二人ともコスプレイヤーを敬愛していた。
マグナが言わなければ「ガルドの中身が容姿の整った女子」だとはバレなかったはずである。そそのかしたに違いない。榎本は眉間にシワを寄せて考えた。
「あいつら、一体何させるつもりだ?」
奴の好きなキャラに露出度の高いコスチュームが居なかっただろうか。もし心配した流れになった場合、榎本は全力でくい止めるつもりでいた。




