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7 帰る先の、本当の

「先輩、実は私、ある噂を耳にしてしまいまして…嘘ですよね?」

「何が?」

 部活終了後、何かと理由をつけて後輩は帰りに同行しようとしてくるようになった。みずきは足早に帰ってログインしたかったのだが、後輩の押しに負け、いつも一緒に帰らざるを得ない。

 そんな折に後輩が切り出したのは、女子高生ならではの話題だった。

「先輩に恋人がいるって、クラスの男子が言ってたんです。あれですよね、ただの噂ですよね? 本当はいないですよね?」

「ん?」

「だって先輩お出かけとかあまりしないじゃないですか! デートしてるなんて話、聞かないですよ?」

 学校から徒歩圏のみずき宅は、学校から最寄り駅に向かう道の合間にある。そのためなのか、街への出現情報というのはあっけなく漏れてしまっていた。また後輩が情報を取ってくる手腕に長けているのも理由の一つだ。

「……む」

「先輩、ただの噂ですよね?」

「どの辺まで?」

「どの辺まで……知ってるかってことですか? えーっと、大人な恋人がいて、もう四年も付き合ってるって聞きました」

 大事なポイントが抜けた噂をつかまされている。みずきはため息をつきたかったが、後輩に誤解されるだろうと口を真一文に絞めた。

 普段からみずきは、嘘をつかないよう心がけている。

 誤解されたまま放置しているのは嘘ではない、と解釈していた。だがこうも中途半端に知られていると、自分からあの設定を話さなければならないだろう。「設定」に基づいたロールプレイを出来ないと困るのはみずき自身だった。

 少し悩む。

 後輩に特別親しみを持っているわけではない。だが、クラスメイトよりは話の通じる相手だった。

 苦手な話題をしてこない。学校の行事関係と部活の話題が中心で、そこに色恋や芸能人の話題を入れてこないところが評価できる。

 だが、この後輩がゲームを肯定するか否定するかがわからなかった。フルダイブ機と呼ばれる高性能VRゲームは、学生にはとても手が出ない高価なものだ。一般にはスマホによるソーシャルゲームが中心で、フルダイブ機は金持ちとモノ好きの道楽だとされていた。

 動機が別の場所になければゲーマーだと思われる。みずきはそう思われることをひどく嫌った。

 ゲーマーにゲーマー仲間だと思われるのはなんともないが、一般社会でゲーマーだと指をさされるのは心底嫌だった。


「四年になる」

「えっ?」

 悩んだみずきは、設定を後輩に話すことにした。付き合って四年の恋人がいて、社会人で、遠距離なので彼が好きなVRのゲームで会うことにして、高いフルダイブ機をバイトして買った。そういう設定だ。

 まるで女子高生みたいなストーリーだ。みずきはほとほと嫌になった。この話をでっち上げた自分とクラスメイト、さらに話を聞いてきゃあきゃあ喜んでいる後輩にも、である。

「わあ! 先輩ってば乙女ですね!」

 逆だ。乙女の輪から外れたいおっさん、が正しい。だが学校内の輪の中に入るには、圧倒的多数でいた方が良いことはわかっている。乙女の輪から外れるのは嫌だ、そう思ってみずきは乙女のふりをしていた。

 外見は乙女そのものなのだから、あとは性格さえカモフラージュして仕舞えば良いのだ。

 後輩が興味津々といった様子で質問を追加してくる。

「先輩、先輩、彼のどんなとこが好きなんですか?」

「一方的に話してくるところ」

「ふふっ、好きなんですか? それ」

 不思議そうな顔で後輩は笑う。コイバナを演じるのは、友人たち相手で慣れている。みずきはいつもの通り仮想彼氏との仮装恋愛をそれらしく語った。


 高校から最寄駅に向かう途中にある自宅の前で、後輩に手を振って別れる。振り返ると見慣れた一戸建てがあり、警備用のカメラから「おかえりなさいませ」という音声が流れた。返事はせず、ドアについた指紋と静脈の混合認証で鍵を開ける。

 玄関は天井が吹き抜けになっており、シーリングファンがゆったり回っていた。

 みずきの自宅はそこそこ裕福であった。共働きの両親は帰りが深夜になるような類いの会社勤めをしている。普通の家族として愛していたが、ここ最近はすれ違い、とんと顔を見ていない。

 真っ暗な家に帰り、出来合いの惣菜に飽きた頃、自分で朝食を作るようになった。掃除や洗濯は最低限手伝っているが、土日に両親がまとめてやることが多い。そんな理由から、とにかくみずきには一人で自由な時間が多かった。

 だがいかんせんおっさん的な性格をしているみずきは、一人でできる趣味というものが少ない。

 普通の女子が好むような、例えばショッピングやデザートを食べに行くといった趣味はなかった。かといって本来の趣味たるゴルフも小料理屋巡りも、父親に付き合っているからこそのもので一人ではできない。

 さて何をするか。そんな時に出会ったのが「なりたい自分になれる」を謳い文句にしたフルダイブ型VRゲームだった。

 ただいまとは言わない。誰もいない家に投げるセリフではない、とみずきは真っ直ぐ冷蔵庫に向かう。二リットルの緑茶が入ったペットボトルと、上質な紙で覆われた貰い物のチョコレートを取り出し、踵を返して自室へと向かった。

 初心者の頃ギルマスに助けられたのも、頭角を現し始めた頃にメンバーに出会ったのも、フルダイブ機を購入出来るだけの小遣いがあり、なおかつプレイする時間が夕方から明け方にかけてでなければあり得なかった。

 こめかみをさする。金属のようなものが皮膚の下にあるのがわかる。

 フルダイブ機は脳に直接接続するため、こめかみ近くに脳波感受型コントローラを埋め込む必要がある。頭蓋骨とは違う素材で、皮膚越しに触ると分かるが見ただけでは分からないようになっていた。

 この埋め込みの費用がフルダイブ機の価格を高いまま一定に保ってしまい、初心者が手を出しづらい形につながっている。さらに整形手術と同じで、親からもらった体にメスを入れることや、高度な科学的異物を嫌がる人も多い。

 みずきは奮発して高感度なコントローラを埋め込んでいる。この感度も良いプレイには必需品だ。コンマゼロ以下の世界でシビアなタイミングを計るため、コントローラが足を引きずることもある。そこまで考えての購入ではなかったのだが、結果として最善のものだった。

 自室へ入るとすぐにベッド脇へ寄った。サイドテーブルに持ち込んだ飲料をどんと置き、据え置かれた大型フルダイブ機本体の電源を押下する。それから制服を脱ぎ捨て、下着すら脱いでルームウェアに着替えた。ピンクと水色の縞々モコモコ部屋着は友人からの誕生日プレゼントだが、セットでもらったヘアバンドは捨ててしまった。

 枕の上に置かれている、半球体液晶付きのヘッドセットを持ち上げる。みずきの二の腕より太いコードが数本伸び、ベッド脇の本体へと繋がっていた。起動済みで、低い駆動音が小さく聞こえる。

 ヘッドセットを装着させると、こめかみとヘッドセット側の磁石がくっつく際の磁力を感じた。ヘッドセットとコントローラがくっついていなければならないため、髪を根本から搔き上げる。

 一瞬、ピリリと刺激を感じた。

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