67 恋愛談義、ズレてるみずき
「冷えちゃったね、あったかいものでも飲む?」
「いいね。ココアみたいなのがいいなー」
あの甘さの上にココアのような甘い飲み物を被せるパワーは素晴らしい。みずきは素直に尊敬した。真似できない。空気を読まないと思われようと、今すぐホットコーヒーか自販機のホット烏龍茶が欲しかった。
「そーいえばさ、バレンタインの予定とかってどう?」
宮野の言うそれは女子高生必須イベントだ。みずきはそのことを知ってはいるものの、なにかアクションを起こした記憶というのがない。
「今年こそはあの人と過ごしたいかな~」
「さくちん……頑張れ!」
「応援してる」
「ありがとう、二人とも。こっちじゃ仲良いんだけど、リアルじゃうまくいかないんだよね。せめてチョコだけでも渡してみる!」
液晶を収納状態にしたスマホを切なそうに見つめた佐久間が、急に元気を振り絞ってそう決意した。親友の恋を宮野は本気で応援し、そしてみずきも純粋に佐久間の片想いが叶うことを祈った。
この苦しくも切ない時期を楽しんでいるとは言っていたが、辛いことにかわりはないだろう。
恋する乙女の複雑な気持ちは、経験のないみずきにはよく分からなかった。が、恋が叶い誰かと心を通わせる行為が美しいというのは理解できる。少し痛々しい程に元気に振る舞う佐久間を気にして、みずきは宮野に話を振った。
「そっちは?」
「うーん、まぁ半ば惰性というか、流れっていうかぁ……」
「そうだったね、どうすんの? 捨てるの?」
くるんとした髪を指で弄りながら宮野が悩んでいた。佐久間のいう捨てるという言葉は、以前宮野が言っていた呟きから来ている。元々好きではない受け身の恋愛相手だった彼氏を見限る可能性についてであった。
「検討中なんだよねぇ。そしたら、バレンタインってなかなか良いタイミングっていうかさ~」
「告白だ!」
「そういう日だからね!」
「そうだね」
同意だけする。
「みずはどうすんの?」
「……去年と同じかな」
女人禁制の「くたばれバレンタイン☆クエスト」に参戦予定である。
「チョコパいいね! でも二人きりになるの目指すんでしょ?」
クエストの事はチョコレートを食べるパーティーということにしていた。実態は茶色いスライムを狩った後に愚痴を言い合う会だが、クエスト終了後に配布される味覚再現アイテムがチョコレートだ。パーティで食べるパーティーに嘘は無い。だが、二人きりにはならないだろう。
「二人きり……」
「諦めないで頑張りなよ!」
「そうだね、個室とか無いの?」
「……あるよ」
ギルドの六人しか使用を許されないあの闘技場で良いだろうか。二人の想像するおしゃれでゆったり出来る空間ではないが、みずきの血がたぎる戦場だ。
「そこに連れ込むしかないじゃん!」
「そそ! んでもって、プレゼントフォーユー!」
自分から榎本へのプレゼントで思い浮かぶのはただ一つだ。サシのPvPを申し込む。誘いにのった榎本から死ぬ気で一本勝利をもぎ取るのだ。
奴に敗北の二文字を贈ろう。
「プレゼント、喜んでくれると思う……」
みずきは悔しそうにする榎本を想像して、小さく微笑んだ。
「おおっバッチリだね! 定番のチョコと、みずからのキスでいいんじゃない?」
愛剣で奴を地べたとキスさせてやろう。白くて冷たくてひんやりしていて気持ちいいことだろう。あの男が「ちくしょー!」と床をコブシで叩く姿が目に浮かび、みずきはニヤリと笑みを強くした。
「お酒、好きなんだよね? シャンパンみたいなお祝い事向けのやつはどうかな~」
その案にみずきはこくりと頷いた。そういうときは「樽ビール」に限る。中世を描いた映画にありそうな樽にビールが詰められていて、そのまま飲むのではなく、転がして振り泡を立て、蓋をコブシで突き破りビール掛けをするためのアイテムだ。
そいつをぶち掛けてやろう。
「そんで一晩中一緒に過ごすの、素敵じゃない?」
頷きながらその提案に乗る。たまには自分からクエストに引きずっていってやろう。泣いて喜ぶはずである。




