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66 クリーマリー・スイート

「じっぱでぃーでゅーだー! じっぱでぃーえーい!」

「わんだふるふぃーりん! わんだふーでい!」

「いえーい!」

 みずきには理解できない世界が繰り広げられており、どういう顔で立っていれば正解なのかいまだに分からない。極力気配を消して周囲に溶け込みつつ、アイスクリームの完成をじっと待った。

 なぜ歌いながら捏ねる必要があるのか。みずきは恥ずかしくてたまらなかった。三倍速で歌っていただきたいものだ。げっそりしながら様子を見守る。二人は共にノり、ハイテンションであった。こちらを見られていないことを確認し、みずきは表情筋のコントロールを止める。鏡は無いが、恐らく死んだ魚のような顔だろう。

 これならゲームをしていた方が良かった、とさえ思う。みずきは外出を後悔した。

 横浜の女子高生達は、今日も元気に休日を満喫している。ハワイっぽさを内包したワールドポーターズの片隅でアメリカンなアイスを注文した三人は、年齢相応のあどけない態度でそれを受け取った。

 この店は「店員が歌いながら商品を提供する(高額商品購入者に向けてのみ)」というのがウリである。みずきはそれを初めて知った。

「ありがとーございます!」

「うわっ! おっきーい!」

「うん」

みやのん(宮野)の、ちょー可愛いじゃんっ。撮っていい?」

「全然いいよ~。ほらほら、一口どう?」

「やった! ありがと!」

 宮野の手にあるそれは、果たして食べ物なのだろうか。みずきも流れで貰う。

「真っ赤」

「ベリーたっぷりだからね!」

 紫に近い赤が散らばるそれは、舌の上でほどけながら強い酸味とダイレクトな甘味を伝えてきた。駄菓子のようだと思うみずきの味覚は、自覚する通り年寄り(おっさん)に近いのだろう。彼女達の年齢層が好む味であった。

「みずのも可愛いね、すっごいファンタジー」

 その褒め言葉に、すかさずカップを差し出した。

「どう?」

「いいの? ありがとー! 貰うね?」

 チーズケーキがベースになっているらしいそれは、真っ赤だったものに比べれば見た目もかなり落ち着いていた。パフェだと思って食べれば良い、そう唱えたみずきはぱくりぱくりと食べ進める。

「おいしー!」

「うん……」

 みずきはこの時点で、遠くに見えるトンコツ醤油のラーメンが食べたかった。


「すごいアメリカンだね」

「サイズもおっきいよね。甘みがアッチ系で、色とかも原色っていうか~……そういえばみずの彼氏はアメリカだよね?」

 唐突な話の振りに、必死にアイスを消費していたみずきは対応しきれなかった。

「んぇっ?」

 変な声が出た。さらに恥ずかしい。

「あはは、かわいいー!」

「ねえねえ、向こうのデザートって真っ青に色付けたケーキとかなんでしょ?」

「さあ……そんな話題、したことないから」

「だよねぇ~。みずと彼氏ってディナーとか何食べてるの? VRってご飯の味とか再現出来てるんでしょ?」

 みずきは青椿亭や他の料理店を思い出す。料理より大多数を占めている酒類の名称は伏せることにし、よく頼むメニューを挙げた。

「レバーパテのブルスケッタ、ムール貝のパスタ、タコのアヒージョ、アボカドグラタン、キッシュ……」

「あーん美味しそう!」

「でもディナーっていうよりおつまみ?」

 よくご存じで。みずきはギクリとしてフォローをいれた。

()()、酒が好きだから……」

「なるほどね!」

「みずが()いであげたりするの?」

 そう聞かれたみずきは、榎本とのサシ呑み会場での一幕をかいつまんで話した。

「種類による、かな」

「しゅるい?」

「ボトルなら注いだりするけど……まずジョッキのビール。次にウイスキー炭酸割り(ハイボール)。次は白ワインと赤ワイン。食後はウイスキーのロック」

「完全に覚えてるのっ? 凄いねー」

 もう四年も同じ流れである。みずきは覚えたくなくても覚えていた。

 他のメンバーの好む種類も、なんだかんだ覚えている。夜叉彦がビールとサワー以外は飲めないのも知っている。ジャスティンは焼酎を好むが「再現が甘い!」とあまり飲まずに日本酒を選ぶのも知っている。同じように、仲間たちもガルドがジンジャーエール好きだと知っているはずだった。

「向こうも、自分が好きなものを知ってるから」

「おぉ、お互いに何でも知ってるんだね。いいなぁ~」

「それは……うん」

 それは恋仲でなくても当たり前だと言おうとして、彼女達にとっては当たり前でないことに気付く。恋仲にならない相手の好む酒など、知っている意味がないのだろう。未成年の自分達にとってはそれが正しい。成人コンテンツ(酒とタバコと男と女)に手を触れず健全に生きるのが、彼女達の正しい道だ。

「デートとかって、ディナー以外にどこ行くの?」

「で、でーと……」

「私はここ(みなとみらい)だとばったり出くわすことが多くって嫌なんだよね。だからシンヨコかもっと東京まで行くよ」

「わかる~! 元カレと鉢合わせとか地獄じゃね?」

 多感で一途な友人達と違い、みずきはデートの経験は無い。サシで何かを見に行くよりも、集団で殴り込みに行ったりする。

「……ひとけの無い古城とか……オーロラの見える山の麓とか……」

「きゃー!」

「やだロマンチックー!」

 どちらも勿論クエストだ。古城には人型モンスター吸血鬼が、オーロラには巨大鹿がいる。

「みずって彼氏と腕組んだり、膝に乗ったりする?」

「……する」

 腕組み()()()()でスクショを撮ることはある。それに、自分がパリィに入るのに邪魔な榎本を()()()することもある。膝で奴に乗る、というのは合っているはずだ。

「ひゃあ~!」

「あまーい! あまいよー!」

 みずきにとってはこのアイスの方が甘い。砂を吐く甘さとはこの事だと思い知った。

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