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6 青春と乙女

 高校生は意外に時間が無い。

 放課後は限られている上、部活もある。みずきは根っからの文系だが、家庭の方針で体育会系の部活へ強制的に所属させられていた。コミュニケーションが必要なチームプレーの競技を避けた結果、ソロで活動できる陸上部に所属している。

 ひたすら長距離を走るのは悪くない。

 無心で、前だけを見て、足を動かす。空っぽのままで居られる貴重な時間を、みずきは思いの外楽しんでいた。

 地域でも有数の進学校であるために、部活に対する意欲は驚くほど低い。ダラけた空気感の中、みずきだけが黙々と走り込んでいる。故に周囲からは「部活も勉学も涼しい顔をしてこなす優等生」と評価されていた。

 それ故に、彼女がゲームをしていることは友人たちの間で違和感とともに広まった。ゲームにハマるようなタイプに見えないのである。趣向がおじさん的だということはすぐに露見したが、ゲーム好きだったことは上手く隠せていた。そもそも、みずきが好むタイトルの話題が上がることなどないのだから、バレることもなかった。


 マイナーで知名度の低いゲームをプレイしていることがバレたのは、完全にみずき本人の油断のせいだった。

 勉強と部活動が忙しくなった高一の夏、大型アップデートのタイミングでログインできないことがあった。堪り兼ねたみずきが、せめて話だけでも聞きたいとスマホでギルドメンバーとやり取りを始めた結果、まず「彼氏がいる」ことが広まった。

 もちろん彼氏ではなく、ただのゲーム仲間だ。

 が、みずきはあえて誤解のままにした。矢継ぎ早にクラスメイトたちが質問を繰り出してくる。何で知り合ったのか。何をしている男なのか。果てはデートの場所まで聞かれると、たっぷりの嘘と少しの真実で応戦することになる。

 一番やり取りが多く、名前がリアルでも変に思われない榎本を仮想彼氏に当て、出会いは四年前の攻城戦(大規模PvP)なのをもじって合コンということにした。戦争には違いない。戦闘エリアのど真ん中で、他を寄せ付けない熱い鍔迫り合いをした。敵同士だった。

 状況を知った友人たちは、頑なに写真をみせない彼女の恋人をさらに詳しく知りたがった。みずきは榎本の正確な年齢を知らないが、とりあえず二十六歳、アメリカに転勤になったサラリーマンということにした。十七歳の彼女らからすると大人の男である。事実、榎本は東京の不動産会社勤務だが、今年で四十一歳だ。


「……はっ……はっ……」

 ラスト百メートルを加速する。自分の息がうるさい。みずきは、ぼんやりと今朝の話に出た彼氏(偽装)の存在を思い出していた。

 彼の預かり知らぬところで迷惑を掛けているな、とは思っていた。だがみずきにとって榎本は戦友であり、異性ということをすっかり忘れている。迷惑を掛け合う存在だ。フォローしあうのが戦友である。だから構わないとも思っていた。現に榎本の突拍子もないクエスト依頼に散々付き合っている。

 ゴールのラインを越えた。足を止め、荒れた息を整える。ゲームをプレイしている時には感じない確かな疲労感が、みずきの若い体にじんわりと蓄積されていた。

「先輩!」

 うわずった、小鳥のような愛らしい声が後ろからかかる。みずきは声と友人関係データベースを照合させた。ここ数ヶ月で自分に急接近してきた該当者アリ、しかし名前がヒットしない。

「お疲れ様でした! あの、これどうぞっ!」

 手を差し出してくる。握られているのは、かわいいピンク色のスポーツタオルだった。相手の顔を見る。くりんと内巻きにセットされた深い茶色の髪は、我が校の校則ギリギリの色だ。陸上部のマネージャーになったばかりの一年生。みずきにとって苦手なジャンル、いわゆる「女の子」だった。

 ほのかに化粧を施した顔でニッコリはにかんでいる。甘いフルーツのような香料がふわりと香った。ころんと丸い爪は、フィルムが被ったような光沢をしている。カラーネイルが禁止されている女子高生の間では常識だが、みずきには興味も経験のないベースコートだけかけたネイルが愛らしく見せている。

「ありがと」

「いえっ! ドリンクもどうぞ!」

 反対の手に持っていたボトルをずいと出され、みずきは二つとも受け取らざるをえない。市販のものを薄めたスポーツドリンクをわざと勢い良く飲んで、話しかけられないように圧をかける。

「あの、先輩、えーっと、美味しいですか?」

 後輩マネージャーは果敢にも声をかけた。みずきは後輩からよく慕われる。無口だが変に絡まず、不器用だが気が利き優しい性格をしているのがあるだろうが、本人の容姿も関係していた。

 例えるなら、外国の雑誌に載っているようなモデルのような容姿をしているのだ。

 手足はすらりと長く、指も女性的で繊細な形をしている。鼻立ちもくっきりしており、ろくにメイクをしないお陰でふんわりとしながらツヤのある肌をしている。黒髪が濡れ羽の鴉のように、光沢を持って翻る。VRヘッドの邪魔になるからとここ四年はぱっつんのボブを維持しているが、それがまたよく似合っていた。

 そのような、世間一般で美人だと称される先輩のお近づきに!という思いで後輩はマネージャーをしているのだ。

「うん」

「よかったぁ、ちょっと薄かったかなって心配だったんです」

「このくらいでいい。濃いと飲みにくい」

「本当ですか? やった!」

 みずきは褒めたつもりなどなかったのだが、後輩は非常に喜んで走って行った。

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