57 塩ちゃんこと希少性
「そもそも、俺みたいなオッサンを紹介した時点で反対くらうだろ。」
帰宅した榎本と鍋をつつきながら、再設計が始まった計画のことを榎本は再度確認していた。
七輪に続き、アウトドア派の一面を持つ榎本が持っていたカセットコンロで熱々の鍋を楽しむ。みずきの自宅には無かったアイテムだ。その美味しさに感動した彼女のリクエストで、今週二回目の鍋となった。塩ちゃんこの透き通った出汁スープがグツグツ沸いている。
「そうか」
「んだってな、そもそも設定が無理あるだろ。お前、十七。俺、四十一。差が二十四もあるんだからよ。二十四歳で子どものいる男だっているんだぞ……」
「もうひと押し減らせる」
「サバ読めってか。それでも減らせて四つぐらいだな」
ソファ前のローテーブルをちゃぶ台のようにして夕食をとっていた榎本は、すぐ後ろのフルダイブ機を横目で見た。
ガルドが榎本の自宅に居候するようになったのは、彼女の母親が原因だった。今なお自宅に帰れないでいるのも、世界大会に出場するための海外旅行の件も、ガルドのゲーマー人生そのものについても、母親が壁となって立ちはだかっている。それは、部外者で話を聞き齧っているだけの榎本にも理解できた。
押し黙ってしまったガルドを眺めながら、鳥つくねをかじる。
軟骨が入っているらしく、食感が楽しめて美味い。出来合いの市販つくねで簡単に鍋が作れることを知り、榎本はまたひとつガルドを尊敬した。
榎本は親心に近いものを覚えていた。
いい嫁になるだろう。だからこそ、目の前の少女を幸せにする男は、こんな自分などではなくもっと若い男であるべきだ。
だが、と否定条件を加える。相棒である自分以上に理解のある人間でなければならない。榎本は、ガルドを支える男の条件を考えた。
ゲームを愛し、男だらけのフロキリに入り浸るのも許すやつ。少し頑固なところを甘やかしてくれるやつ。
いるだろうか、そんな男。榎本は少し悩み、考えるのをやめた。ジャッジするのはガルドの親父さんだろう、とまだ見ぬ父親を思い出す。
榎本は、その親父さんに賭けるのがいいだろうと判断した。
「今までのこともある。おふくろさんは期待できないだろうな。反対されるに決まってる。だが、親父さんならなんとか言いくるめられるかもな」
ちょうど口一杯に熱々のしいたけを頬張っていたみずきは、返事が出来なかった。
「お前が親に負けて引退、なんて悪夢だ。正直、うちのギルドは一人でも欠けるとしばらく立ち直れないぞ。特にお前の存在は結構デカい。最悪解散なんてことになりかねないぐらいだ」
「ギルマスの時みたいに?」
「それ以上の騒ぎになるだろうな。お前、自分が思ってる以上にレアなのわかってんのか?」
ため息をつきながら、榎本は冷静に考える。
銃使いだったギルマスの抜けた穴は、再編当初、同じガンナーで埋めようとした。
それが試行錯誤の末、もともとギルド前線メンバーに無かったミドルレンジのオールマイティなポジションを作ることで、なんとか落ち着きを取り戻した経緯がある。
銃は比較的人気の武器で、使用者人口が多い。ギルマスの穴を埋める立候補者は後を絶たなかった。だが、あのギルマスの持つスキルが特殊だったために、誰も埋めるに値するレベルに無かった。
スキルを取得できたとしても、模倣は難しかっただろう。ギルマスは独自のスタイルを確立し、それを継承することなく去っていった。見よう見まねで教えたところで、あの領域までたどり着くことは出来ない。
新しいスタイル・夜叉彦を産み出すのは必然だった。
もしガルドが抜けたら、彼を模倣する若い奴が名乗りをあげるに違いない。だが、誰も当てはまらないだろう。榎本はそうなる未来に貴重なアイテムを賭けてもいいほど、ガルドの大剣ポジションは大剣じゃ無理だと確信していた。
プレイヤーのヘイトを稼ぐという稀有な能力、パリィの完成度、装備のレベル、見切りスキルの成功率、判断力。その全てをクリア出来る人材など日本サーバーにはいない。断言してもいい。海外に目を向けても、中に人がいる状態のキャラのヘイトをコントロールできる奴などいるだろうか。
榎本はつくねを咀嚼したまま、首を静かに横へ振る。
ベルベットの穴を埋めることになった夜叉彦は、参謀のマグナがプロデュースした「育成した結果のトッププレイヤー」だ。ロンド・ベルベットが欲しかった能力をオプションで追加したニューフェイスは、期待以上の活躍をしている。
だが、ガルドのポジションである「最前線・ヘイトを自分から一身に受ける・防御も出来る・火力のデカいアタッカー」など育成できっこない。そもそも誰が育てればいいだろうか。
榎本は、目の前の少女を逃すわけにはいかなかった。
「お前の代わりなんて、誰も出来ないんだ。せめてフロキリサービス終了までは続けてくれよ?」
「もちろん」
すりおろした生姜を茶碗に追加投入しながら、ガルドは榎本をちらりと覗いて深く頷いた。




