52 叫ぶでもなく照れるでもなく
「ただいま~っと、暗いなオイ……」
ここ一週間毎日明るかった自宅が、今日は以前のように真っ暗だった。独り身の家に電気が灯っていることがそもそも異質なのだが、榎本はすっかり慣れてしまっていた。
ガルドに内緒にしていた荷物のこともあり三十分ほど早い帰宅のせいか、どの部屋も電気がついていない。
「まだ潜ってんだな」
開け放たれている寝室から、電子機器のランプがちらちらと見える。フルダイブ機の駆動音も聞こえ、ガルドが向こう側ではじき出す行動データを必死にオンラインに伝えている様子がうかがえた。
ネクタイを指で引き延ばしてほどきながら、榎本は着替えのために寝室へ入った。
なるべく冷静に、普段通りを装いながら、内心は緊張しつつ、である。
フルダイブをしている他人のそばへ寄るのは、あまり好ましいものではない。肉体側の刺激はすべて機械でカットされるため、マナーとして鍵を掛けるのがプレイ中のルールだった。
速攻で着替えて出れば問題ないだろう、と榎本は高をくくって着替えを始めた。
無防備に潜っている少女を傍目に、榎本は普段着にしているジャージをクローゼットから取り出す。いつもより手早く、脱いだスーツが乱雑になるのも厭わずテキパキと脱いでいく。
しかし運悪く。
ぴぴ、という聞き慣れた電子音が背後から鳴った。ログアウトのサインだ。
榎本の血の気が引く。続く布が擦れる音、人が一人分起き上がる気配に慌てた。
「ちょ、待っ、せめて下だけでも!」
「——榎本?」
普段よりワントーン低く聞こえ、榎本は縮み上がった。
「すみません、ごめんなさい、すぐ出ますっ」
「いいから、着て」
「はい」
タイミングよく来訪者のチャイムが響いた。
「ほんと、他意はなかったから……」
「気にしてない。それより、荷物」
「お、おう」
榎本の恥ずかしい思い出がまた一ページ増えたものの、ガルドは全く動じていなかった。青くなり赤くなりと忙しいのは榎本だ。辛うじて下を着用し終えていたため、男の名誉だけは守られた。
しかしガルドは、アラフォーの上半身くらいでは騒がない。ましてや長年の相棒・榎本が相手だ。異性であるとの認識は、今も昔もゼロに等しい。
言われるがままに、榎本が玄関に向かった。
「盛りすぎた」
宅配業者と榎本の会話が遠くに聞こえる中、ガルドは炊飯器の前でしゃもじを片手に悩み始めた。よそった茶碗の、特製具増し増し炊き込み五目御飯が今にも溢れそうだ。だが榎本ならいけるだろう、とガルドは小さく笑った。減らすことなくそのまま、ソファ前のローテーブルまで運ぶ。
独り身だからだろう、榎本の自宅に食卓用のダイニングテーブルは無い。ちょっと距離はあるものの、こうして運ぶ必要があった。ゆっくりこぼさないように進む。
「あ、ガル……みずき! ちょい待ち!」
玄関から。続いてやってきた荷物の大きさに、ガルドは驚愕した。
「な……」
モーターを内蔵したマッスルスーツを唸らせながら、配送業者が二人がかりで梱包された配送物を持ってくる。それは、縦にしたベッドか何かかと思わせるほど巨大だった。




