50 炊き込みご飯
ガルドは足早に帰路を進んでいた。
御徒町駅周辺で食材をさっと購入して帰り、帰宅後すぐに下ごしらえに入る。榎本はどうも九時過ぎに帰宅するのが日常なようで、ガルドもそれに合わせて夕食をとっていた。内容はスポーツ好きな相棒に配慮し、鶏肉や豆腐、卵といった高たんぱく低カロリー食材を使うことが多い。
市販の素を使用した炊き込み鳥五目と、刻んで冷凍しておいた油揚げと椎茸、今日買ってきた鳥のむね肉のコマ切りを炊飯器にセットする。
具を増やした結果味が薄まるのが難点だが、案配を見ながら日本酒とだし醤油を追加してやる。料理酒など気の利いたものは無いが、酒なら山ほどあった。日本酒で目に留まったものを取り出す。冷蔵庫の戸棚に刺さっていた瓶入りの日本酒には、日本風のラベルに「くどき上手」と書かれてあった。
ネーミングに惹かれて買ったのだろう榎本を鼻で笑いながら、ガルドは炊飯器へケチらず多目にどばどば注いだ。
ついでにほうれん草を茹でて冷蔵庫に放り込んでおく。このままお浸しでも構わないが、ログアウトしてから余裕があれば味噌汁にでもするつもりだった。手抜き料理だが、三合も炊けば十分だろう。そもそも榎本は夕食が軽めだ。
そそくさと寝室に戻り、ヤジコーのフルダイブ機であの世界に潜っていく。
視界がスパークし、身体が伸びた。
対モンスター戦と対人戦の両方が長けていて初めて、ワールドクラスのプレイヤーになれる。そのためにはどちらかに比重を置いていてはいけない。バランスよく訓練していく必要がある。マグナが繰り返し言っていた「世界大会級プレイヤー必須条件」の一文だ。
ログインして仲間が誰もいないことを確かめ、ガルドはモンスター討伐の練習メニューを広げる。
仲間がいるなら対人戦、そして個人での訓練ならモンスター戦。普段のプレイなら気分で決めている選び方も、大会前では条件をつけて選んでいた。
六人での挑戦が推奨されているクエスト欄から、わざと苦手なものを選ぶ。ギルドの参謀マグナから「どうしても無理なことをゴリ押しする癖、直した方がいい」との指示を受けていた。それがガルドの、課題優先度第一位だった。
眼前を大きく長い異形の腕がかすめた。
「ちぃっ!」
バックステップ、だが背後から足音が響く。
高難易度クエストの中には、序盤エリアに出てくるモンスターが対象のものもある。体力も低く、攻撃力も低い。属性攻撃にめっぽう弱く、魔法職や遠距離武器があればあっという間にクリアできた。
だがガルドは、そんなクエストに苦戦を強いられていた。
本来複数人で挑むはずのものに、単騎で挑んでいるのも理由の一つだ。だがガルドが挑む理由も、苦戦する理由も、別にある。
後方から、予想通りに毛むくじゃらの巨人が突進してきた。
寒いエリアということもあり、口からダラダラと滴るよだれで髭が凍っている。生理的嫌悪感を誘うが、ガルドは気にも留めず剣の柄を握った。
フロキリはなんでも出来る万能な夢世界ではない。ジャンプで回避などできない上、方向転換のモーションはえらく時間がとられた。バックステップ直後は見切りスキルも制限される。
考える暇さえ無いコンマ何秒かの時の中で、咄嗟にガルドはスキルを発動させた。腕を振り上げるイメージを脳から発信する。
すぐにガルドのスキルツリーから三種類ほどのスキル候補がはじき出される。そこからイメージを追従させ、一つのスキルに選択肢を固めた。
立派な両腕の筋肉をみしりと言わせながら、大剣を肩の向こう、背中へと弾く。重い大剣はゆっくりと移動し、振りかぶりきった瞬間、弾けるように青白いエフェクトがガルド全体を覆った。
兜割り、という名前が付いているスキルだ。視界に入らない背中に、巨人の頭突きが迫る。
気の抜けた金属音が鳴った。
衝突音だ。しかし、爽快感のあるパリィの音とも、聞き慣れたダメージ音とも違う。衝撃が襲うものの、ガルドのHPバーに変動はない。よろめいてコントロール不能になることもなかった。
狙って出来るアクションではない。まぐれで起きる棚ぼたガードだ。スキル前の剣を障害物だと判断したシステムのお陰で、ダメージにカウントされなかったらしい。
しめた、とガルドは笑みを浮かべた。腕を振り下ろし、溜めていた兜割りスキルを起動する。
エフェクトが弾け音が鳴った瞬間、身体を右斜めにずらす。剣の矛先を数ミリ動かし、攻撃モーションを発揮しながら迫りくるもう一体の巨人が到着するのに合わせて振り降ろした。




