5 お噂はかねがね
「おい、あそこにいるの……」
「おお! ロンド・ベルベットのアタッカーコンビ!」
「聞いたか? 例のツインでの制覇!」
「知らないわけないだろ! ログ見たぞ、神がかってたよな!」
「次のターゲット、もう挑んでるらしいぞ?」
「新たな歴史がまた一ページ……」
酒場の二人を、数多の目線が注目している。二人は、ブーム全盛期のトッププレイヤーでさえ到達出来なかった「個人プレイヤーとしての技術の限界」を求めて精力的に活動している。注目しない訳がなかった。彼らにとってはJリーグで活躍するサッカー選手と同等、もしくはそれ以上に注目される存在だ。
榎本がウイスキーグラスをカランと回し、自然な動きで口に含む。向かいに座るガルドはジンジャーエールをわざと気化させて遊んでいるのだが、端から見ると、泡を見つめながら憂いているように見える。会話も落ち着き、ゆったりとした空気がそのテーブルを包んでいた。
「いやー渋いなぁ二人とも!」
「榎本の方はまだ若いだろ? 三十代くらいか」
「もっと若いんじゃないか? この前榎本にさ、表参道で良い店知ってるか聞いたんだけど、紹介されたの、女子大生が好きそうなオサレカフェだった」
「うわー好きそう。流行キーワード使いまくってるイメージ」
「確かに。どっちにしろ、ガルドの方が一回り上だよな。冷静沈着、上司にしたいナンバーワン!」
「誰調べだよそれ。つーかガルド威圧感凄いじゃん、直属の上司はやだ。隣の部署とかがいい」
「でもさ、ガルドさん無口で怖い顔してるけど優しいよね」
「そうそう。この前ガルドとメインロビーでぶつかった時、土下座したらさぁ~……」
「何してんの」
「だってスッゲー怖かったんだもん。でもさ、俺の脇に手ぇ入れて、一回高い高い状態まで浮かせて、立たせてくれた!」
「何それ! 羨ましい!」
「かっこいい!」
「親戚のおじちゃんに欲しい!」
本人たちの知らぬところで、ガルドと榎本は酒のツマミにされていた。
榎本は交友関係が広く、ギルド外でもフレンドが多い。どこへ行っても声をかけられ、どの年代層にもどの性別にもフレンドリーに出来る。
ガルドは逆にフレンドは少ないが、様々な人と自然に触れ合っていることが多い。主にガルドを年上と疑わない青年たちが彼を慕っている。頼り甲斐のある背中を追って、彼のプレイスタイルを真似る者もいるほどだ。
ただし女性プレイヤーからの人気は地の底ほど低い。無口で無愛想、老けた容姿がネックだった。
「そーいやこの前の攻城戦でさぁ、ガルドに兜割りされた話、したっけ?」
「お前その日のうちに喋りまくってたじゃねーか。『歯ぁ食いしばったガルドが目の前に現れて、時代劇系漫画の雑魚キャラの気持ちになった』とかなんとか」
「そうそう! いやー、もう一回斬られたい!」
「お前の語彙力が乏しくて、どんなんだったかまるで分かんねーよ」
周囲のプレイヤーたちの雑談は続いていく。話はガルドや榎本との思い出や、他のギルドメンバーの活躍などが中心だ。ガルド自身はあまり自覚がないものの、プレイヤーとしてのスキル・人格は一般プレイヤーの一部で高く評価されている。
これでアバターの顔立ちが「イケメン」ならば、フロキリ内でのアイドルになれただろう。だがガルドはそんな自分を望まなかった。欲しかったのは「中身相応の見た目」と「疎外感を感じない仲間」であり、実際その二つとも手に入った。満足である。
だが、凶悪な顔立ちで背が高く筋肉質なのは意図的ではない。たまたま自動生成された時から変更を加えていないだけだ。変化させたのは、その髪色と瞳の色、シワを増やして年齢を四十代後半まで老けさせたこと。そして目鼻立ちの彫りを少しだけ深く。それくらいだった。
アバターでの彼の姿は、まさしく四十代の男である。
輪郭は太く、大剣を担ぐにふさわしい体格をしている。顔立ちは渋く凛々しい表情をたたえ、眉も極太く、険しい角度で眼前の敵に威圧をかける。立派な戦士だ。
「みず、おはよー!」
「ん、おはよ」
肌は白く、彫りの深さと鼻立ちからリアルのロシア系を思わせる。目尻を中心に表面をシワが覆い始める年頃を見事に再現しており、落ち着きと生命力を兼ね備えている。モスグリーンに輝く瞳は小さいが凄みがあり、睨まれると背筋をぞくりとさせる迫力を持っている。
「もぉまじ寒いんだけど! カイロ三つも開けちゃったよー」
「うわもったいな! マフラー買えし」
「そんな金無いしぃー、あーバイトしなきゃ」
「……ん」
キャラメイクの時点で髪型のベースを作った後は、消耗しないアイテム「ヘアワックス」で髪型を変更できる。女性キャラの場合「ヘアアイロン」や「ヘアゴム」などで大幅な変更がきくのだが、男性キャラは髪の流れを変更したりする程度だ。
その小さな変更する手間を面倒がり、基本の髪型のままで過ごしている。耳上のサイドを横に流した短髪の髪型は、清楚さを感じさせる。カラーチャートであれこれ悩んだ末に、好物だという理由で決めた蜂蜜色がよく似合っていた。
「そういえばさぁ、三組の由梨が駅前のコンビニでバイトしてるの、佐吉が見ちゃったんだって!」
「うそまじでー? 家が金持ちだって自慢してたじゃん由梨! 見栄張ったってこと?」
「そーなんじゃん? 幻滅だよね」
「佐吉のことだから言いふらしてんじゃない?」
「……ん」
みずきは今、猛烈にガルドになりたいと思った。四十代の男ならば、このようなかしましい噂話に付き合う必要などなくなるだろう。
「ちょっと、みず? 起きてる?」
「相変わらずマイペースだよね」
「あ、ごめん、寝ぼけてた」
残念ながらここは学校で、みずきは彼ではない。いくら願おうともこの場所で彼になることは出来ない。
肌は若々しく、黄色人種の色をしていた。体の柔らかさから女性だとわかる。
外見だけを見ると、噂を楽しみ青春を謳歌する周りの少女たちと何ら変わりはない。赤の他人が遠目で見れば、女子高生の一群としてとても上手く馴染んでいる。
「あ! 彼氏と会ってたんでしょー?」
「あの彼? もう4年だっけ。長いねぇ」
「あ、うん。そうだよ」
適当に相槌を打ち、話に乗っている体裁をとる。つまはじきにされたくない一心で、嘘をつく。彼氏などいたことはない。興味もない。
「遠距離だからゲームで会うなんて、健気だよね」
みずきは周囲に誤解されるまま、なぜか「彼氏のために高額なフルダイブ機を購入した一途な乙女」ということになっていた。