47 急降下はエレベーターのように
下町情緒溢れる街並みだが、それでいて都会らしさが同居している。御徒町に初めて降り立ったガルドは、閑静な住宅地を歩きながらそう思った。
「荷物、少なくねぇか?」
「足りなかったら買い足すつもりで来た」
「お、ネットショップ使っていいぞ。宅配ボックスあるから」
「ボックス?」
戸建てに住んでいるため「初耳だ」と一つボックスのドアを開けてみる。榎本の説明を聞き、ガルドは感嘆した。
「ハイテクだ」
「そうか? 普通のマンションだろ」
小綺麗に清掃が入ったエントランスや、防犯カメラやオートロックを完備した設備、ぎっしりと並んだポストや自転車置き場に興味を示しながら歩く。生まれてから同じ戸建てに住み続けてきたガルドにとって初のマンション生活だ。
「こんなに人が……」
自転車の膨大な数におののくガルドに、榎本が笑う。
「驚いてんのか? まぁ、そのために建ってるっていうか、マンションなんてそんなもんだろ。俺は逆に一戸建てとか住んだことないからな。そういう反応されるとは思わなかったわ」
エレベーターに乗りながら「よく子どもの頃いたずらしたけどな、ワザと全部ボタン押して各駅停車とか」と笑う榎本に、ガルドは目を丸くして驚いた。
「悪の所業」
「そこまで言うかっ」
「血も涙もない」
「楽しかったぞ〜、押し終わったら一階の階段口見張ってな、慌てたサラリーマンが駆け下りてくるの見て大笑いして」
「叱られるオチ」
「正解」
無駄話をしながら辿り着いた榎本の自宅は、やはりどのフロアにもあるドアと全く同じマンションの一室だった。
「おじゃまします」
「おー。ただいまでもいいぞ」
「た、だいま」
「ははは! 俺もただいま、ってね」
玄関は狭かった。荷物を抱えて二人が同時に入ると身動きも取れない。榎本の靴がきれいに並べられているが、踏まないようにしつつキャリーを浮かせるのでガルドは精一杯だった。
「いい部屋だ」
「そうか? 狭いけどな」
自分の家とは違う匂いに包まれながら、ガルドは安堵し息をつく。
初めての部屋のはずなのだが、安全圏に入ったという感覚が安堵感に繋がっているようだった。ここなら、自分を害するものがない。
榎本が鍵をキーラックにひっかけながら先を歩く。
その後ろ姿を見ながら、こっそりと深く息を吸った。少し柑橘系の匂いが混じっている。何か撒いたらしい。消臭スプレーか香水か何かだろうか、とガルドは辺りを目で探る。
「思ったより綺麗だ」
「一言余計だぞ、俺は元々綺麗好きだ」
「綺麗好きは、本棚にしまう」
「痛いとこ突いてくるなぁ。丁度手ぇつけるところだったんだ。片すの手伝ってくれよ」
「……読んで良いなら」
「もちろん良いぞ、どんどん読め。でも雑誌が多くてな。古いのは捨てるつもりだ」
リビングの奥に異質な本の山が見えた。雑に置かれた本が積み重なっている。
スッキリとした室内の片隅にあるこの山のせいで、部屋が一気に雑然として見えた。中まで入ると見えてきたリビング全体を観察する。
おしゃれな雑貨など一切無い。シンプルなリビングだ。壁に掛かった木製フレームのアナログ時計や、安かったのだろう、いかにも軽そうな木製ローテーブルとソファぐらいしかインテリアがない。
「ふむ」
本を一つ取りながら、ガルドは榎本のリアルサイドを観察し直してみた。
服装などには気を遣うくせに、インテリアにはこだわらないらしい。意外だ。てっきりスポーツ系のポスターやアイテムが転がっているのだとばかり思っていた。
性格や趣味は熟知していたものの、服装やインテリアの趣味などはつい先日まで知らなかった。ここ最近で榎本の新しい情報が入ってくることが、ガルドにとって密かな楽しみでもあった。
だが、深く詮索するつもりはない。経歴がどうあれ、それはリアル側であってフロキリに関わる榎本とは別のものだ。
気にするとしたらオンラインゲームの遍歴だった。フロキリ以前にどんなゲームをしていたのか、ジャンルは、プレイスタイルは、仲間は、ポジションは。そういったことが知りたい。積まれた本の中から解読できないか、本を戻して山をもう一度眺める。
ジャンルは様々だ。歴史小説、少年漫画、時計専門雑誌、筋トレDVD付雑誌、オカルトミステリー専門の消失した大陸の名を関する雑誌まである。その中にひっそりと埋まっていた一冊に、ガルドは衝撃を受けた。
無言で手に取る。
白いベールをまとった女優が、晴れやかな表情で表紙を飾っている。
「ああ、前に居たのが置いてったんだ」
「——そうなのか」
いつのまにか榎本が後ろに立っていた。両手に持つマグカップは、一つがアウトドア用の厳ついデザイン。もう一つは繊細で華奢な、ピンクの花柄だった。




