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45 逃げる先の相棒

 ゲーム機本体の回収にやる気をみなぎらせるガルドだったが、榎本との通話程度では焦がれるほどの「ゲーム欲」が満たされなかった。

 不満を募らせたまま、投げやりにベッドへ身を投げ出す。首を痛めない絶妙の厚さを指定したフルオーダーメイドの高級枕が出迎えてくれた。息を長く細く吐く。

 こだわりの枕はフルダイブ機テテロを購入して二週間経ったある日、首を痛めてから購入したものだ。横になってプレイするゲーム中はずっと使用するから、と奮発したのを覚えている。ワクワクしながら枕専門店へ向かった当時をガルドは思い出し、機体がないことへの不満がまた一層膨れ上がった。

 頭の中の母親をガルドの姿で睨み、威圧する。が、殴る蹴るのイメージが出てこない。親だからだろうか。リアルの人物だからだろうか。それ以上親を痛め付けることは出来なかった。

 その間にも通話は続く。

「装備収集は別にいいとして、こうもプレイできないと困る」

<そうだな。お前の腕が落ちると俺が困る>

「ん?」

<サシで俺が勝ち越しちまう>

 くだらない話のはずだが、非常に腹が立つ。勝ち越しなど許すつもりはない。いつもだったら眉間にしわを寄せて無言でいるのだが、電話だと表情が伝わらない。

 それもそれで悔しいガルドは、小さく舌打ちを鳴らした。

<拗ねるなよ>

 「拗ねてない」

 どこかニヤついて聞こえる榎本の声に、ガルドはなおさら気分を害した。母へ|脳波コン《脳波感受型コントローラ》の一件がバレて以来、ガルドは不機嫌が治っていない。

<テテロのありか探し当てるまで、いいからおとなしくしてろ>

「おとなしくなんかしてられない」

 世界大会まであと半年を切っている。ガルドも仲間たちも、なりふりなどかまっていられなかった。薄暗くなってきた部屋でベッドに横たわりながら、現状を打破するための新たな算段を立てていく。

 問題は山積みだった。

 懸念していた海外遠征のことは母に伝えたものの、許諾は取れていない。その上母の強制執行によりフルダイブ機器を失ってしまった。

 データは無事だ。既に二重のバックアップをとった上、マグナに頼んでオンラインでのバックアップまで済ませている。もう大丈夫だ。必要な装備やデータなどは揃っていて、このデータをブラッシュアップしていく必要性は無い。

 問題は、自分のゲームスキルが停滞してしまうことだった。フロキリはアクションメインのハンティングゲームで、プレイ技術がものを言う。練習を封じられたスポーツ選手と同じ状況じゃないか、とガルドはこめかみをさすった。

 ついでにまだ問題がある。父親の出張が終わるまであと一ヶ月も残っていた。母親と二人きりで一ヶ月も過ごすのは、ガルドにとってこれ以上無いほど精神的に辛いものだった。

「――フルダイブ機を入れてるネットカフェ、入ったことあるか?」

<あ? そりゃ、まぁ何回か>

「いくらする」

<そうだなぁ。仕事終わり……ってお前は放課後か。そっから朝までだろ? 大体四千円くらいだな。マシンの質はそりゃあテテロに比べれば下がるが、言うほど悪くないぞ。俺のと同ランク>

「四千円」

 ガルドはスマホの電子通帳ページを開いた。母には減っていると怒られたが、貯金は十二分に残っている。高校にはそちらから直接通学できれば問題ない。父親には定期的に連絡をいれているからそちらも問題ない。

「ん」

 ガルドの決意は早々に固まった。荷造りを始める。PCから有線で伸びているヘッドセットが届く範囲にあるチェストを開き、必要そうな下着類をいくつかピックアップし始めた。

<まさかお前>

「家出する」

<いやいや、未成年は深夜利用禁止だからな?>

「む」

 榎本の声にガルドは手を止めた。神奈川県の条例では、二十時以降の商業施設利用は保護者の同伴が必要だ。身元確認も保険証などでしなければならず、そこから保護者の連絡先などが割れるようになっている。

<残念だったな>

 ガルドは無言のまま他の方法を考えた。直立した状態で意識を飛ばし、記憶を遡る。

<おいガルド、大丈夫か? 思いつめるなよ? お前ならしばらくインしなくても――>

「ぷっとん」

<あ?>

 ガルドは閃きのまま慌てて床に膝をついてぺたんと座り、スマホへ繋いでいたコードをPCへ挿し直した。脳波感受での操作で素早く音声通話ソフトの画面を小さく畳み、フロキリフレンド連絡先一覧を開く。

 ガルドはわをん順に並んだ一覧の「は」行、ひらがなで「ぷっとん@ちーまいさぶ」と書かれた人物を開く。アイコンは妖精のような愛らしい幼女の姿をしており、ピンクのツインテールがアイコンの枠で見切れている。フロキリ内で選択できるアバターの中で、最も愛らしく最もネタ扱いされている種族のフェアリエン種だ。

<ぷっとんって、ああ、チーマイのか? あんまり俺は接点なかったが、なんかあんのか>

「フルダイブ機を三台持ってるはず」

<三台!? どんだけだよ!>

 フルダイブ機は高額だが、決して複数台持つことができないものではない。だが二台を超える台数保有者というのは相当な所得がなければ難しい。それかもしくは別の要因だ。

「ハード開発の会社に勤めてるらしい」

<あ、なるほどな。日本でフルダイブ機製造となると、曙光かサードアイ、あとはヤジコーか>

「そんなとこ」

 まだ年数の経っていないフルダイブVR機体の開発会社は限られている。日本でトップクラスの技術力を誇るのは曙光だが、毛色の違う特殊機体を開発するサードアイ、アメリカ企業と合同で制作しているヤジコーこと(やじり)工業などが挙げられる。

<たくさん持ってるから一台くらいいいだろうが、借りて持ってくるのか?>

「転がり込む」

<転がる、って――それまさか家にか!?>

 叫ぶ榎本の声が、ヘッドセットのイヤホンから金属音のように響いた。ガルドは眉をしかめながら情報を追加する。

「確か品川に住んでる」

<おいおいおい、ちょっと待てガルド。お前、ぷっとんと会ったことあるのか?>

「オフ会はこの前のが生まれて初めてだ」

<あーそうだったな。俺より先に会ってたらサシでボコボコにするところだ>

「ぷっとんはボマー(爆発物担当)だから、そもそもソロでは弱い」

<そうか、それはタコ殴りしやすそうだ……確かアイドル風な女の妖精種だったな。で、どっちだ>

「アバターは女」

<知ってる、言っただろ。オフでの性別、分からないのか?>

「まずいか?」

<大ありだ! お前な、転がり込むつもりならそこは気にしろよ! お前は女子高生で、もしぷっとんが俺ぐらいのおっさんなら、かなり危ないだろうが!>

「ぷっとんが? いいやつだ。何度も助けられた」

<それとこれとは話が別だ! 一つ屋根の下で家出少女と共同生活とか、危ないだろ! 男を甘く見すぎだぞガルド!>

「ぷっとんが男かどうか、まだ確かめてない」

<だっ! ったく、聞かねーやつだなぁ相変わらず! 分かった、何とかするから!>

「何とか?」

<ああ。要するに親と喧嘩して家出したいってことだろ。そこは決定事項で変更無しか?>

「しばらく顔も見たくない。あと、家にいる理由が激減する。ダイブできない家に用はない」

<用がないなんて、親御さん悲しむぞ。ま、しょうがねぇから俺んとこ来いよ。遠いけど我慢しろ>

「え?」

<御徒町だ。多分品川乗り換えだな>

「榎本……いや、でも」

<何だよ急に! ぷっとんならいいのかよ、逆にそっちのほうがムカつくぞ!>

 気迫に満ちた切り返しに、ガルドは思わず呻いた。ぷっとんが良くて榎本がダメな理由はない。榎本の予想を鵜呑みにするならば、二人とも完全に同じ条件だ。男で中年、独り身。

「わ、わかった」

<つうかあんなにあからさまに|ネカマ《女のフリをした男ゲーマー》なんだから気付けよ……口調もエセアイドルみてぇだし、くねくねしながらクレイモア置いて回るんだぞ。男だろ、あれ! データ、外付けに移しとけよ。あとしばらく帰らないとはいえ、親御さんに手紙とか残しとけ。うちの住所言うから、手紙にも書けよ。警察に被害届出されたら()だからな、同級生とでもしとけ>

「助けられてばかりだ。ごめん」

<いいんだよ、お前には助けられてるからな。今度は俺の番ってだけだ。それに、言うなら違う言葉が欲しいところだな>

「――ありがとう」

<お、素直だな。よしよし、いい子だ>

 子ども扱いされたことへ、ガルドが一つ舌打ちで怒ってみせた。その反応に榎本が大きく笑い、ガルドも毒気が抜かれ、つられて笑った。今後の行先は不透明で不安ばかりだったが、腹の底から声を出して笑った。

このお話はフィクションです。

未成年を保護者の許可なく家に連れ込むのは未成年者誘拐という犯罪に当てはまるようなので、真似しないでください。

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