44 消えたテテロ
リアルでオフ会を経験したからか、ガルドは時折連絡手段に電話や音声チャットを望むようになった。
フルダイブのプレイヤーは埋め込んでいる脳波感受型コントローラの恩恵により軒並みタイピングが早く、リアルでのやり取りは文字チャットを好む傾向にある。時間と場所を選ばずにできる点が評価されており、ガルドもお陰で正体がバレずに済んできた。
それでも今更ガルドが通話を選ぶのは、マルチタスクを極めた末の二重会話のためだ。
桁外れのマルチタスク容量を持つプレイヤーたちの全力の元では、文字タイピングの内容と口から発する言葉の内容が全く異なる。ガルドはどちらかに優先順位をつけ、もう片方を片手間に話すようにして思考への負担を減らすようにしている。今は口語優先だ。
「どうしてこうなった」
榎本と通話している間、オフラインでもみずきはガルドになれた。みずきとしては絶対に言わないネットミームの言い回しを使い、今の気分を相棒に伝える。
<それな。どうしてそうなった>
「はぁ……」
ため息しか出ない。ひとしきり怒った後、寝ることも忘れてガルドはひたすら落ち込んだ。さらに加えて、母親にメッセージを送り続ける。内容は「どこやった」といった詰問に近い。
家族用の連絡ツールとしてスマホを使用しているガルドは、こめかみの部分だけに金属のパッチがついた、埋め込み型脳波感受コントローラ対応コードをスマホに挿している。
マウスがポインタを操るように、静電気感受が指をカーソルにするように。脳波感受型コントローラは架空の指を生み出し、思う場所に移動する架空のポインタに変化する。その移動速度は肉体を伴わず、高速での動作を可能にした。
<落ち着けガルド、詳しく説明しろよ。何があった>
耳に当てていたヘッドフォン部分から、榎本のリアルでの声が流れてくる。フルダイブ機を購入する前に使用していた、片耳のヘッドフォンとマイクがセットになっているボイスチャット用のヘッドセットだ。こちらは無事だったPCに挿している。
「母親にテテロ捨てられた」
<その捨てられた時の状況を整理したいんだが……ってお前テテロ使ってたのか!? 曙光の高いやつだろ!?>
榎本はフルダイブ専用機器のニックネームだけで、それが高価なタイプだと驚いた。正式名称はTET-ER000。日本語でのみ通じる無茶な読み方だが、ある程度SNSに入れば耳にする単語だった。
現在ではもちろん廃番になっているモデルで、今なお他の追随を許していない。TETシリーズの続きもそれぞれ001をテテロイ、002をテテロニと呼ぶ。誰が呼び始めたのかは分からない。
「もうない」
<なんて事を……あれ正規で買ったらコントローラ抜いても百五十万超えるだろう!? 高校生が持ってていいもんじゃねーぞ! つかそれを捨てるとか! もったいねぇ>
「もう無い」
<あーちくしょー俺よりいいモデル使いやがって! いっそ欲しかった……ん? レアもの?>
「もう無いんだ……」
<落ち込むなガルド! そうだよ、そんな高級なもん、廃棄処分する業者だって知ってるはずだ! まだ大丈夫だ!>
母親にその廃棄処分の先を問い詰め続けているが、答えはまだ無い。あれだけ大きな機材を、専門知識もなく女一人で配線の処理までできるはずがない。しかし協力者が居ない訳がなかった。誰かしらを部屋に入れて作業させたはずなのだ。それはおそらく大きなものを引き取り処分する企業、いわゆる廃品回収・処分を専門とする人間だろう。
「今、その業者の名前を聞いてるところだ」
<中古で売り払われるかもしれねーぞ!>
「確かにスクラップにはしないと思う。業者によるだろうけど」
データの完全消去など、透明性の高い廃品会社は物理的に破壊するだろう。だがそんな会社だった場合、購入した身元の人間でなければ受け取ることすらしないはずなのだ。
VR機器には全て固有持ち主を政府配布の個人ナンバーで登録するよう法整備されており、中古かどうかなどすぐにわかる。近年は車でもスマホでも、高価な電子機器はみなそのナンバー管理が徹底している。
その網の目をかいくぐって中古転売が横行しているが、消費者が中古そのものを嫌うようになっており市場規模は縮小傾向だ。だが高価なものやビンテージもの、著名人が使用した中古品は人気が高い。ガルドが所有していたテテロもその一つだ。
<だろう!? 取り戻すんだ! 中古転売は所有者が名乗り出たら罰則、逮捕もあるんだからな!?>
これは盗難品が転売されることへの対策だった。名乗りでなければ、中古販売は基本的に「警察に目を瞑ってもらっている」体で黙認されている。
「……それ、廃棄処分を所有者の家族が依頼したとしても大丈夫なのか?」
<無論。だってあれだろ? 廃棄処分が正規の持ち主か確認してなかったんだろ? だから正規書類も向こうは持ってない。つーことはつまり、だ>
「訴えられても勝てる」
<そのバトル思考、お前らしい。まぁ向こうも強くは出られないはずだ。なんせ廃品回収ってのは、こっちが結構な額を払って持ってってもらってるものだからな。向こうだけが利益を得てる>
「ずるいな。とっちめてやる」
<穏便にいこうや>
ガルドと榎本はニヤリと電話越しに笑いあう。いつもの、無茶なクエストに二人が挑んでいく時と全く同じだった。
時代背景的にプレイステーションをプレステと呼ぶ感覚が残っているので、長い英語名のハードは略称で呼ばれることが多い……としています。




