43 無い、無い、無い!
母親にフルダイブのゲームをしていることがバレてしまった上に、ここ数年で最大の大喧嘩になってしまった。バレてすぐは頭が真っ白になった。なぜ母が突然脳波感受型コントローラのことを言い出したのか分からず、思考が追いつかない。
母親は何か喋っていたようなのだが、みずきの耳には届いていなかった。
とにかく部屋へ逃げた。勢いよく階段を駆け上がり、自室に滑り込み、もちろん設置していた鍵をかける。トイレなどに設置してあるような、内側からかけられるスライド式の鍵だ。
このタイプの鍵を選んだみずきは、南京錠にすべきだったと後悔している。外出するときは外からロックできないのだ。こんなところにケチらなければ、こんな事態にはならなかっただろう。「ゲーム中の体の安全を守る」という目的に囚われ、ゲーム機本体を疎かにしてしまった。
戸を閉め、真っ暗な自室からドア越しに口喧嘩になる。基本的には母親の罵声が響き、みずきの静かな、ぼそぼそとした反論が時折加わるという形だった。
ついでだったので、感情に任せてみずきは遠征のことを話してしまった。
フルダイブの大会でアメリカに行くと言ったのだが、母親の怒りは大きくも小さくもならなかった。追加で怒られてもおかしくないが、特には叱責されず、懇々と手術したことを責められ続けた。
そして小一時間、説教が続いた。
が、みずきはその間コントローラーで動画を見ており説教をろくに聞いていなかった。そして母親の「勝手にしなさい!」で収束を迎えたことに、みずきは一安心した。この時点では。
もう一点みずきが後悔しているとすれば、母親の怒りの度合いを甘く見ていたことだ。
この時点で榎本に連絡した内容が能天気なみずきの思考を残している。<母親にフルダイブプレイヤーだとバレた/ついでだから遠征のことを話した/許しはもらってないが、話はしたから、とりあえず海外には行ける>と並んでいる。
親の「勝手にしなさい」はその場しのぎに過ぎない。勝手にしていいという意味の言葉でもない。そしてみずきは過去、これほど母親と実存的な喧嘩というものをしたことがなかった。
分かっていなかった。のんきに学校に登校した結果届いたのが、母親からゲーム機廃棄の連絡だった。
みずきにそのメールが届いたのは、六コマ目の後半だった。
それから急いで帰宅したが、母親はすでに出勤後であった。正確な時間まではわからないが、午前中に廃棄処分し、完了したことをみずきに知らせたのが午後ということらしい。
慌てて二階の自室に駆け込んだみずきは、様相の変わった自室に息をのんだ。若干配置が変わったベッド、床に置かれたまま無事だったデスクトップPC、そしてがらんどうになったフルダイブ機の定位置。ご丁寧にケーブル類も無い。
頭の中がぐちゃぐちゃになり、息が苦しい。いきなりビンタを食らったような、形容しがたい衝撃が頭蓋骨の奥に響く。
みずきは吠えた。
長く吠え、息を吐き、髪をぐしゃりとかき乱してもう一度苛立ちを叫ぶ。
そして持っていた通学カバンを思い切り壁へと投げ、急いでPCを立ち上げた。これでデータも無くなっていたら、とみずきは焦りで汗が吹き出る。
苛立ちのあまりリビングルームを強盗のようにひっかきまわしたいとさえ思った。とにかく母親と同じ屋根の下には居られない。母親の顔を見た瞬間、みずきは自分が持つ語彙の中で言ってはいけない程酷い言葉を投げつけてしまいそうだった。
その後、データの確認とギルドメンバーへの非常事態宣言などでみずきはてんやわんやとなった。バックアップの確認作業や今後について夜を徹して考えていると、朝日があっという間にみずきの部屋に差し込んでくる。
その日、母は帰宅しなかった。




