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426 就活失敗

 笑う。

<笑ってる場合じゃねぇぞ、ハヤシモ!>

「え、だってぇ~。あはは」

<日本は安全、なんて虚構神話無いって分かってんだろォ!? オイィ! シゲ! しっかりしろー、そこはいいから帰ってこいー!>

「帰りません。イーラーイ社……の、上のヤツ? 今すぐお縄についてもらう」

<国際法とか外交問題とか色々あんだよ! あんまり首突っ込むとキャリア失うぞ大学生!>

「んなもん、もしガルドさんに助けてもらわなかったらクソニート社会不適合者だったろう俺には効かない言葉ですよ」

 滋行がフフンと笑う。チヨ子は目を輝かせた。

「どっちがいいかって聞かれて、シゲさんはトモダチをとるんだね!」

「え?」

「いいなぁ。チヨもそんなトモダチ欲しかったんだ~」

 思わず昔の一人称が漏れるが、チヨ子は興奮したままスマホを握り直した。

「ハヤシモだってそうだろ?」

 滋行が画面から目を離さずに言う。

「俺、逆にお前が脳波コン埋め込んでまで探してる奴が羨ましいよ。ゲーマーでも不登校でもないお前が、そんな風に頑張るキッカケになった奴は、幸せ者だろう」

「別にみずのためだけじゃないし」

 スマホにコードを差し、こめかみ端子の上からゲルシートを貼って通信を始める。滋行の手伝いは出来ない。だが相手のことを調べるくらいなら出来る。ギャンが送り付けてくるデータの置き場所(パスリンク)がミルフィーユケーキのように感じ、チヨ子はパリパリした上の部分、親階層へ手を伸ばした。

 ギャンの個人フォルダに穴をあける感覚を走らせる。

 道具が何種類か思い浮かぶ。適当に一つ手に取り、小さな穴をあけるイメージ。

<ハヤシモーの技術向上速度にオッサンびっくりだぜェ>

 穴に目を当て、中を覗く感覚。

「みずの大人な彼氏が羨ましかっただけ。地元じゃ見つけられなかったから、オンラインでなら……って思っただけだもん」

「キッカケはそうでも、なんだかんだここまで頑張ってる。凄いことだよ」

「えらい?」

「うーん。やってない人を偉くないとは言いたくないから、あんまり偉いって誉め言葉は使わないようにしてるんだ」

「めんどくさっ」

 チヨ子はギャンが保存している膨大なデータから数個の書類データだけピックアップした。文字がずらずら並んでいるが、イーラーイという名前に感じるザクロとイチジクの香水のような匂いを探せばすぐに見つかった。

「あー、うん! ハヤシモは偉いよ! 胸を張って自慢できることをしてるって意味で、さ」

「でもこれ良くないことなんでしょ?」

「……うん。そもそもこの場所も不法侵入だから」

 スマホの画面がちかちかと勝手に移り変わる。チヨ子の操作は指で操作できるような速度を軽く超え、目で見るのが厳しいほどの画面変遷を繰り返していた。

 その中から、チヨ子の感受が鼻のように嗅ぎ分けた、大事そうなものだけをピックアップする。

「イーラーイの動画は一度加工されてる。加工する端末と動画の送信をしてる端末は同じ……なら、さ。動画送信端末に繋がってる別の動画をこっそりこっちに送信させるくらいなら、俺の実力でも出来ると思う!」

「使えそうなデータある?」

 キータイピングに忙しそうな滋行のこめかみへ、チヨ子は勝手に自分のコード端子の端を張り付けた。以前は無かった感覚だが、最近はそれがプライベートな行為だと肌感で分かっている。

 他人の唇にリップクリームを塗るような感覚だ。ましてやそこから「並列接続」しようと意識すると、握手より近くに滋行の意識を感じてしまう。

 滋行の耳のふちが赤い。

「き、緊急事態だから!」

「分かってる、分かってる!」

 滋行が照れ隠しなのかエンターキーをダァンと強く叩いた。

<とりあえず言われるがままに手伝ったが、オレぁ反対だ。学生諸君の監督不行き届きでオレの首がヤバイ>

「それはゴメンってば」

<まーしゃーないわなー>

 ギャンはブツブツと文句を言いながら、チヨ子と滋行の希望を汲んでくれた。イーラーイ側のメール送信端末に入り込み、繋がっているPCのインカメラから映像を抜き、ギャンがため込んでいたイーラーイ/イーライの罪の証拠と合わせて情報を逆送信する。見ているぞ、知っているぞという牽制のつもりだ。

 同時にイーライの位置情報も出るだろう。証拠も増えて一石二鳥だ、とチヨ子はギャンを言いくるめた。

 もちろん方便だ。嘘。もっと過激に追い詰められないか考えている滋行の思考が、線で繋がっているチヨ子にほんの少し聞こえてくる。

<しかし! 元の職場(情報復興庁)も追われ、日電も追われたとしても! オレにはまだ希望がある~!>

「その心は」

<会社、起こそっかな>

 ギャンの明るい声に、チヨ子と滋行は満面の笑みを浮かべた。

「あ~超良い~!」

「ギャンさん、それ! 俺も! 俺らもぜひ!」

<おうおう、喜べお前ら。進路決定おめでとう! 内々定!>

「きゃあ~やった~! アタシが大学卒業するまで潰れないでよ?」

<保証出来かねるなぁッはっはー!>

 半分ヤケクソのように聞こえる。

「その前にハヤシモは理系の勉強頑張ろうな。俺ら三人も全員文系だけど、今は数Ⅲからやり直してるところだ」

「すうさん? 誰それ」

「っはは、それでこそハヤシモだよ」

 よく分からないが笑われた。チヨ子はぷくりと頬を膨らませて抗議する。ギャンは<会社概要言う前から気がはえェなァ>と同じく笑っている。

「そうだよ、何の仕事する会社? 理系の勉強役に立つかなんて分かんないじゃん」

<え? 業務内容? 簡単に言やァ、つまりはこういうことだな!>

 ギャンの掛け声と同時に、チヨ子の脳波コンが大量のデータを滋行の視覚野に送信した。キータイピングに合うようギャンが文句を言いながら組んだ英文字と数字の羅列だ。滋行は無心になって左上からタイプしていく。

 脳波コン非対応の旧型PCにデータを入れ込むには、現状これしかなかった。


<ハヤシモーとの並列接続はどんな気分だァ!?>

「きぶん?」

<どうよ。ハイになるだろ?>

「あー、はい。きもちいいっす」

「アタシもー」

<良い相性じゃねぇの! 合わない奴のバックアップ受けると吐きそうになるんだよなァ>

 言われてみれば確かに、チヨ子の脳裏を高速道路の明かりのような、()いた奔流の加速感を感じている。そして「ジェットコースターも人によるよね」と頷いた。チヨ子は気持ちがいい。瞬く度にぱちぱちと光が走る。

「アタシ初めてだから、他の人とはどうだか分かんない」

「しないでよ」

「え?」

「おれだけでいいから」

 滋行は意識が画面に集中しているらしく、言葉を考える前に口へ出している。

「わ、分かった」

「もっといけそう。どう?」

「スピードアップしちゃう? おっけ~」

 流す文字データの量を増やす。打ち間違いが無い。止まらない指がほとんど連打のようにキーボードへ打ち付けられている。

「すごいすごい」

 メールで送信しても人間が開かないと意味をなさないスパムは多いが、滋行が打っているのは「プレビュー画面表示で動くカメラ起動信号」だ。そのためなのか、チヨ子が思っていたより長い文章が書かれていく。

 一見すると意味のありそうな英単語と半角の集合体だ。だが読んでみるとほとんど意味が分からない。

「あれみたい。わんこそば」

「あはは」

 液晶に反射して目がらんらんと光って見える滋行が、チヨ子の例えに力なく笑った。少し怖い。わんこそばのようにチヨ子が蕎麦をほいほいと盛り、滋行が喉から指まで流し込んでいる。気持ちがいい。

<メールのタイムスタンプは改ざん済みだ。海外と日本の時間差を利用してな。これを見抜けないセキュア屋は居ねぇだろうが、イーライは素人だ。ばれない、ばれない……多分>

 ギャンの弱気な声をBGMに、滋行が最後のキーをダンと強く叩いた。

「ギャンさん!」

「打てたよー!」

<っしゃ、メール砲発射三秒前ッ!>

「もう送信した!」

<早っ! よし、とっととずらかれやぁ>

「動画発信止めるのどうする? 壊す?」

 チヨ子はPCそのものの電源を引っこ抜く姿勢になるが、ギャンは<NONONO>と慌てて止めた。

<NONO、そのままでいい。加工済み動画のスパム化は別のところだ。そこ壊しても止まらないっつーの>

「え、じゃあどうするのー?」

<スパムにして垂れ流してる、汚ねェクソッタレ野郎をぶっ潰す! 社長もノリノリだ! てなわけでこっからこっちはコッチの仕事ってコトで。お前らはそのまま……新木場に合流してくれやァ>

「戻るの!? だって今、日電もクビだって……」

<今、お前らん事全部白状したんだがよお……なんか、社長からOK出ちゃった>

 テヘ、という裏声が聞こえる。滋行とチヨ子の就職先は立ち消えになった。



<さて>

 通信が入っている。

<このままではジリセンだが、打開策はあるのかね?>

<あるわけないじゃないっ! クソ野郎、あの野郎っ!>

<せめてイーラーイの動きとガードが少し緩めば、あるいは……>

<もう嫌ァ~!>

<頑張りたまえね。ちゃんとオーナーらしく振舞いたまえね>

<しょうがないじゃないのよぉ>

<手は打ってないのかね? それとも、打てないのかね?>

<それがねぇ、面白いことになってるっぽいのよ。コッチとは別の人間がイーラーイに気付いたっぽくって!>

<ほう。日本人かね?>

<多分そうね。だからまぁ、イーラーイとウチらと、オーナーさんたちと日本人のデバガメさん……四ツ巴? 構図はややこしくなったけど、うまく行けば『グランパ』の助けは借りなくて済みそうだわ>

<……それが奥の手? 奴に頼んでいたのかね? むう>

<ご不満でしょうけど>

<不満を超えて嫌悪に近いのでね>

<そう感じるよう、『言われてる』んでしょ? しょうがないわ>

<奴ならイーラーイを陰ながら消すなど簡単ではないのかね?>

<簡単でしょうけど、それはオーナーの数が減るのとイコールよ。グランパはことお金が絡むと腰引けちゃうのよね~。でしょう?>

<総体の意思などどうでもいいのでね。ボクはただ彼女が……>

<その彼女だけど>

<む?>

<いいの? 島から逃げちゃうんじゃない? 随分と自由にしちゃってまぁ……>

<監視は不要なのでね。みずきの様子はボクには分からないがね、ただ、リアルタイムでは分からないというだけなのでね。後から報告は受けるし、島の外に出たりしないようビーコンは監視しているのでね>

<ふうん>

<早くイーラーイを排除し、みずきと共に『船内』に戻りたいのだがね……聞いているかね?>

<聞いてるわよ>

<ではどうするのかね?>

<動けないわよ、だって内部分裂なのよ? 襲われて反撃してるコッチの行動だって、周りから見て危険だと思われるような猟奇的映像に映ってたら……よくて村八分、最悪全部敵になっちゃうじゃないのよォ! 味方を増やして、イーラーイを孤立させて、オーナーの皆が追放した~って形にしないとねぇ>

<フム>

<そのために大事なのはやっぱり味方なワケ。普通の感覚なら予算みればすぐJの案以外ないって分かるじやないのよ。イーラーイだって、USにするための費用対効果(コスパ)くらい分かってるでしょうに。日本側を潰すためにいくらかけるのかしらね~バッカみたい。思わなぁい?>

<無限ではなさそうだがね>

<なら決着はつくわよ。グランパも気を利かせてくれてるでしょうし>

<奴の金は一銭たりとも不要だがね。しかし、急がなくて良いのかね?>

<そうねぇ。後手に回るのはイヤだし……よおし! 上手く工作しつつ反撃よぉ~!>

<結局するのかね……>

<今決めたワァ! 要はウチら自身だとバレなければいいのよッ!>

<きちんと立案してもらわねば困るのだがね。思い付きは止めてくれたまえね>

<わ、分かってるってばウルサイわねぇ、最近小言増えたわよアンタ。ええと、そうねぇ……>

<フム>

<よし! 早速だけど正規軍を使いましょ!>

<もう使うのかね? この前は『敵ノ敵ガ味方ナンテ嘘ヨッ!』とか言ってたではないかね?>

<あんもう一言多いっ! でも、そういやそーネ。あの子達を光の世界に捕られてもマズいわよね。うーん、そうねえ……うん、一度ミッドウェーまでみんな連れて避難して頂戴な。連絡は付けとくから安全なハズよ>

<ハワイ諸島から離れるのかね? オーナーたちにバレないかね?>

<それがね! 運良くねェ、ミッドウェーに飛行機が居るのよォン! アッハ、ラッキー! 緊急着陸してる民間の旅客機がとまってる今なら平気よ。離陸まで二日はかかるみたい……そしたら同時に施設へ戻ってね?>

<旅客機? ああ、このデルタ航空のかね?>

<ホノルルへのルートよ。飛行機の直下をなぞるように辿れば、奴らもイーラーイにもバレずに研究所まで戻れるわ。アメリカ海軍にはイーラーイが派兵した母艦を叩いてもらう。船内にあるっぽい『覗き動画』の原データとイーライ本人が向こうに渡るのは悔しいけど、計画には支障ないわ>

<イーライ? それは船に?>

<そうよ。馬鹿よねェ、SNS依存がアダになったってわけ>

<写真でもアップロードしたかね? まさか! 隠密活動中ではないのかね!?>

<そのまさかよ。映り込んだ太陽の位置と影の角度、波の高さで大方分かるもの。あとは目視で……ほら見つけた!>

<やれやれだがね>

<怪しまれないよう、こっちも偽装(フェイク)として逮捕者……いえ、被害者を出しておきましょ>

<ウム、それは良いアイディアだと思うがね>

 男の声が静かに響く。

<みずきはきっと、怒ると思うがね>

 タイヤが回るゆっくりとした音が聞こえた。


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