425 ZIP圧縮と笑う滋行
チヨ子はスティックタイプのスマホにパワー不足を感じていた。
脳波コン用のコードで操作自体はスムーズになったが、その分、チヨ子の操作スピードにスマホが追いつかないのだ。動画を複数広げ、音声認識を使って「佐野みずきの『ん』」を探す。フリーズまではいかないが、ブツブツと止まる。
「イライラする……」
「ハヤシモ、こっちに集中」
「だぁって~。ね、他に何かない? スマホとかスマホとか」
「俺の? ユーザー切り替え面倒だから却下。パソコンならその辺に転がってるだろ?」
「やだ、あのローテク博士の誰かが使ってたやつなんて。なんか汚ぁい」
「汚くない。それ言ったらネカフェなんて使えなくなるだろ」
「う、ネカフェとかマジ無理。前は良かったけど、ケーブルで中まで見るのってさ……ほら、古い家の押入れ開けるの、怖くない?」
「何の話だよ。怖いけど」
「でしょ!?」
「確かに、似てるけど」
「ふふー、でしょでしょ?」
「でも必要なら押入れだって開けるし、オッサンの使ったPCだって接続するって」
「ぶー」
チヨ子はブーイングしながら、大量のコードを跨いで部屋の奥へと進んだ。
つくばの市街地から一本奥へ入ったビル街、古めかしい雑居ビルの一階。ギャンに指示された通り、動画拡散を行なっている現場の証拠を押さえにやって来たバイトのチヨ子は、少々頼りないが頭が良い男・滋行にそれとなくアプローチをする「デート未満のお出かけ」気分でビルを進んでいた。
滋行は真面目だ。真面目に、この仕事がフロキリプレイヤーたちを救う手段になると信じている。チヨ子は逆に不真面目だ。ビルを探して動画配信を止めたところで、みずきが見つかる日が早まるなどとは一切思っていない。
「……手伝えって言わないん?」
「ギャンさんは『足で出向いて目で見て触ってこい』って言っただけで、動画のリークを止めろとは言ってないからな」
「そ? でもその、証拠とかさ」
「俺にとってみれば、この動画は身近な人たちの近況だ。だけどハヤシモにとっては……知らない人たちだろ? じゃあ、その、着いてきてくれただけでいいんだよ」
慎重に選ばれた優しい言葉だと、チヨ子は滋行の配慮を感じ取った。
動画配信を行っている拠点は、先ほど公園でドローンを使って暴れていた研究者たちの一部が詰めていたようだった。
脳波コンでの接続を想定していない大型ディスプレイ付きのPCに付けられていたマウスとキーボードが手垢でツヤツヤしていて、チヨ子は触ることすらしたくない。滋行は画面に貼りついてキーボードをカチャカチャと打ち込み、ギャンが言ったこと以上の作業を行なっている。ついていけない技術力だ。
「……うん」
手伝いたくても足手まといな自覚はあった。
その間チヨ子は何もしないわけにもいかず、チマチマとみずきの動画を切り抜いていた。リクエスト通り、口癖の「ん」の部分を中心に、見やすいようスピーディな切り抜き動画を作っていく。
「動画、切り抜いたりって楽しいよね」
チヨ子は素直な感想を述べた。
「そうなのか……ここの人たちもそうだったのかもな。どこからかオリジナルの動画を提供されて、切り抜いて……ランダムにスパムになるようパッケージ化された闇動画サイトへアップロードしてただけみたいだ。拡散そのものが目的というより、切り抜いて動画にするのが目的だったのかも。あー、ギャンさん?」
<聞いてるゼェ>
「わっ」
チヨ子は第三者の声にびくりと震えた。二人きりだと思っていた。少し離れた所から急に視線を感じ、脳波コンでブルーホール・ロビーに視線を向ける。探すがギャンは見つからない。
「いったいどこから……」
<もっと下の層からだ。リアタイの視覚情報、あんがとよォ。データそのものは物理で貰うし……ま、無理しなくていいんだけどなァ>
「ハヤシモはバイトですけど、俺はインターンっすよ」
<将来有望な新入社員に全俺が泣くぜ~>
「ハイハイ。ギャンさん、このオリジナルの送信元、この端末からなら繋がれそうですけど。どう思います?」
<ログインしっぱなしとはお粗末な野郎だナァ。どうするってェ? 何もすんな。つくばはともかく、オリジナル送信元はヤベェかもしれねぇしな!>
「そ、そうだよ! 危ないよぉ! シゲさんにしては攻めすぎじゃない!?」
「危険だと思うけど、チャンスだ。絶好のチャンスなんだよ……」
カタとキーボードのタッチタイプ音が止まる。
「シゲさん……」
<シゲ>
ギャンと共に、チヨ子も滋行の変化に瞠目した。いつも一緒にいる同大学の友人二人がいない今、慎重さに歯止めが掛かっているのかもしれない。成長と呼ぶべきか。ブレーキが壊れたと言うべきか。事件解決に興味がないチヨ子は焦った。
「チャンスって、でも、もしまたドローンが来たりしたら危ないよ?」
「ビルは狭い。凄腕の操縦士でもここで飛ばすのは難しい。黒ネンドもなさそうだ。大丈夫、ちょっと覗いて証拠をつかむだけだから」
<マ、コッチとしちゃあ有難いけどなぁ。その端末、俺にゃあぜんっぜん見えねぇ! あるのかどうかも分からん! 感受操作も受け付けてねぇんか? 今どき珍しいというか、頑なというか……ともかく遠隔じゃ入れなさそうだ。シゲ、出来るか?>
「やります」
「し、シゲさぁん!」
チヨ子の忠告も無視し、滋行は細い腕でPCを再び触り始めた。脳波コンでの接続が出来ないようになっているらしく、ぶらりと垂れ下がったコードを途中で取り外してデスクに置く。チヨ子は懐を探って、貰っていたゲル状のシールをこめかみにはってやった。
「ありがとう」
一応敵の施設だ。半透明のゲルシートで隠すことが、国彦たちが怖がっていた「黒ネンド」とやらを防ぐ唯一の方法らしい。チヨ子は自分のこめかみにも、脳波コン用ケーブルの上からゲルを貼った。黒ネンドがなんなのかよく分からないが、怖いものには蓋をするのがいい。
「アタシじゃ全然分かんないもん。ねぇ、その画面で大丈夫なの?」
真っ青に染まった液晶の中で、白い文字が気味悪く踊っている。
「クラウドもない。抜き出してネットにアップロードもギャンさんの言う通り止めた方が良い。物理的にデータを入れて持って帰るんだ。ふー、保存専用の捨て端末持ってきてよかったぁ……ドライブの中身をコピーして……」
「ねぇこれ、Re:って知ってるよ!」
チヨ子は嬉しくなって画面を指差した。
「レ?」
「レトロだよね」
「なんだこれ」
「えっとね、平成レトロの特集で見たんだけど、なんだったかなぁ?」
<Eメールだ……>
「いーめーる?」
ギャンが滋行に指示を出す。
<メールだメール! おい添付ないか!? 見てみろシゲ! 返信の前で突然別のフォルダに入ってたらなぁ、同時刻でゴミ箱フォルダん中見てみろ!>
「え? えーっと、あ! ありました! このままじゃ開けない? 移して……パスワード要求?」
<同じ時間帯にもう一通あるだろ、パスだけ書かれた別メール!>
「あった! 開きました!」
「おおー」
「添付ありますよ。うわZIPだこれ! んでもって入れ子!? 開くと凄いサイズだ……」
<げ、ZIP BOMB!? しかも今どきEメールで動画の送信!? クソ古い考えだなッ!>
「何それ」
二人の驚きようにチヨ子は首をかしげる。
動画をネットに上げる以外の方法で受け渡しできるものなのだろうか。そもそもメールというのがよく分からなかった。メッセージアプリに動画を貼るのとなにが違うのか。
「よく分かんないけど、ダサいの?」
「ダサいとか感性の問題じゃなくて、大きすぎて爆弾みたいになってるってことだけど……いや、ディープ的な俺たちの感覚と、ローテクで生きてるこの施設の人たちとの感覚の違い、かな」
「それは分かるー。三十年くらい昔を生きてるよね」
「逆にオリジナルは拡張子がフルダイブ専用型だ」
<てことは?>
「当たりです! 拡散動画のオリジナルですよこれ!」
「おお~」
チヨ子は小さくパチパチと拍手した。
「でも妙だな……送信元の人、動機は分からないけど、多角視点の感覚操作対応動画を二次元の2ch音源に切り替えてる」
滋行の説明は専門的でよく分からないが、チヨ子には動画編集の知識があった。画像の部分と同時に流れる音声のデータが二種類読めた。青地に白い文字だけの画面で、LとRという区分けで読み取れる。
「確かに、音がLRだけだなんて違和感あるかも。右と左ってことでしょ?」
脳波コンの恩恵を受けたチヨ子には、奥行きや高さといった音の場所を表すデータがいかに大事か分かる。首を振って上下左右を見る動きに合わせ、脳波コン専用拡張子の音声データは音質が変わりリアリティが増すのだ。その良さをLとRに限定するとほとんど生かせない。隣で滋行も頷いた。
「そうだね。ってことは、送り主は脳波コンを使ってわざわざ動画を劣化させてるんだ。圧縮までしたりして……何が何でも、自分では拡散したくないんだろうなぁ」
「こーしてパソコンで少し見るだけでバレてるのに。バカみたい」
「まぁまぁ。脳波コンじゃじっくり見ないと分からないよな、この拡張子」
「そおなの?」
<そうか、なるほどなぁ!>
ギャンがまた大声で叫んだ。こめかみの向こうがキンキンする。
「もー、ギャンさんってばーうるさいー」
<脳波コンに頼り切ってると分からねぇもんだなぁ! メールの中身まで見てZIP貼ってあっても、オレらにゃ一開くまで中身分からないんだよ。だから見落とす。感覚だと『何か小さなものが張り付いてる』って感じに受け取る。拡張子を感じるためには少し集中しなきゃならねェしよォ>
「なるほど、動画送った元の人って『探しに来るのが脳波コンの人』だって思ってるってことだ。脳波コン嫌いの人が使う古いパソコンなんて想像もしてなかった、ってことだよね」
<んだな。上出来だぞハヤシモー。よく気づいた! 普通ならアンチウイルスで弾くだろうしな>
「あんち?」
<ZIPの中にZIP入れたクソデカファイルのことだよ。普通はセキュリティで自動的に消される運命>
チヨ子は疑問符だらけの頭をかしげながら、まだ必死に画面を見続けている滋行を見守った。ブツブツとなにか呟いている。
「送信元のメルアド……なんか、人の名前っぽい……女かな」
<え、女ァ!?>
「ELIって書いてあります」
<エリ!? いや、Elieなら男だ。ノーベル平和賞に居た気がするぜェ>
「いえ、それが最後はeで伸びなくって……rでもないんで、やっぱ違和感あるっすね」
<ふぅ~ん。じゃ、日本人で普通にエリって名前の女だな。だと、そこも中継地……ホンボシは別にいるってか? やれやれ。中継地で探ったってしゃあないぞ~。次だ次! その動画のオリジナルの確保だけ頼むぜ~>
「っす」
ギャンと滋行がさっさと作業に戻る中、チヨ子はPCの液晶画面を覗き込み、女か男か分からない誰かの名前を目で探した。英語だらけの青白い画面が眩しく目を細める。
「ここだよ」
滋行が気を利かせて指でさした先には、彼の言う通り確かに「ELI」と書かれていた。
チヨ子は首を大きく傾け、自分のスマホを感覚した。SNSをリロードすると、友人が何人か写真や動画を上げている。
その内の一人はeriというアカウント名だ。絵里という名前の女子高生で、中学が一緒だっただけの、今は少し疎遠な友人。
「……普通に絵里って友達いるけどさ、Rだよ」
「え?」
「だって書く時、LよりRの方が小文字分かるじゃん。Lとか棒じゃん、iみたいなもんじゃん」
「え……うん、まあ」
「だから、変だよ。男とか女とか知らないけど、なんか変。普通eliとか名乗らないよ」
チヨ子はメールの差出人が男か女かなどといった性差には興味がない。
ただし、強い違和感が起こすざらざらした質感を放っておけなかった。スマホで検索を掛ける。ELI。バッと現れた目立つホラー映画のサムネイルを無視し、意味を詳しく紹介する英語翻訳サイトのページからウェブサイトへ飛んだ。
「あ、ほら! ユダヤ系の『イーライ』だって!」
<いー、らい?>
「うん! その人、絵里じゃなくてイーライだよ!」
チヨ子は自信満々に、ギャンへ翻訳サイトの内容を送った。イーライという発音をする、ユダヤ系の人の名前だ。日本人も海外から見れば変な名付けが多いらしいが、イーライも相当珍しい。ギャンは<へぇ~>と感心した。
<言われてみりゃぁ、日本人、例えば絵里みたいな名前なら普通アールだよなァ。ERI。わざわざLだからイーライ……アッ、ちょっと待てェ……ELI……イーライ……いーらい……そうだ、デロウっ!>
ギャンが叫ぶ。
「出ろ?」
<いやほらDELLOWって書いてないか!? どうだ滋行! 隠し署名か、本文ん中に『DL』とか略されてないか!?>
「DLってダウンロードでしょ? まぁ、端に書いてありますけど。でもZIPの添付がありますし。DLって、まんまダウンロードって意味じゃないんすか?」
<お……ニャハッハッハ!>
突然ギャンが激しく笑いだす。
「えっ!? え!? 壊れた?」
<ニャハハッハァッハー! はっは、はーっ! DLのイーラーイ・システムズ! DELLOW.lccかぁ! っはっは、ははは!>
突然けたたましく笑い出したギャンの声が、チヨ子と滋行の脳内にぐわんぐわんと響いた。部屋はパソコンの冷却ファンが唸るブンブンという音がするくらいだ。
「うるさぁい」
<ワタァッ! すまねぇねぇハヤシモー。ヨッ、ナイス閃き! 早速ボスに連絡、っと……いやぁ、オレじゃなきゃ気付かねーって。フフン!>
「なんですか? そのデロウて」
<おいおい、有名じゃねぇの。アメリカでフルダイブハード売ってるLOWRIGHT、っていやぁ流石に分かるだろ?>
「ロウライト社? あー、有名っすね」
「え、知らなぁい」
<ハヤシモーの姉ヤン、ヤジコーだったなァ。ラインナップ似てるし、要はライバル企業同士よぉ。燃えるだろ?>
「へぇー全然興味ない。で?」
<ああ、デロウな。コングロマリットの。めちゃくちゃ大企業なんだよナア。買収しまくってて>
癖のあるギャンの言葉がつらつらと続く。
<そのうちの一つがロウライト社。デロウってのはァ、おっきなくくりのグループ名だなァ。そことセットで出てきたんが『イーラーイ・システムズ』! もう前から目ェ付けてたのよォ俺ってば天才! ロウライトのCSOの元秘書が一人でやってる会社さね! あの有名なケイマン諸島の、マネーロンダリング用ペーパーカンパニーで間違いないっ!>
「まねーろんだりんぐ……それは知ってる、ドラマで見たもん。悪い匂いがプンプンする」
<ダロォ? ロウライトのCSOの名前がイーライ、社名が『イーラーイ』!>
「ダサっ」
<だが、似てるってのはいい。憶測が立てやすいってもんだ>
「証拠になりそうなデータはかたっぱしからコピー取りましたが、どうします? 全消しします?」
淡々と言いながらポータブルSSDを安全に取り外し、滋行がゲルとこめかみの隙間にコードを差し込んでいる。チヨ子も帰り支度なのかと思い、机の上に置いたペットボトルをカバンに仕舞った。
<痕跡がバレるのは避けた方が……や、動画拡散を断つならオリジナルが警戒してくれた方が良いのか。どうすっかなぁ~うーん、ボスァ離席中でなぁーううん>
「ギャンさぁん」
滋行は声に出さず肩をすくめ、ヤレヤレといった様子でPCに向き直った。
「そのイーライって奴を捕まえるの? それとも、もう動画がバズんないよう『送ってくんな!』って怒るの?」
「俺としては捕まえたいよ。ガルドさんたちみんなを晒しものにして、中での生活を無理強いしてる張本人だ。ただ、トカゲの尻尾切りで終わらせるのはもっとダメだ」
「トカゲのしっぽ?」
「イーライが下っ端だとして、黒幕がイーライをオトリに逃げ切ること。トカゲの尻尾って、本当に切れてもまた生えてくるからさ」
「へ~やばいじゃんそれ。サメの歯みたい」
「サメの歯が生え変わるのは知ってたのね……」
滋行が笑いながらPCキーボードを数回タイピングする。消すまでは行かないが、何かしらの操作をしたらしい。ポーンと音が一つ鳴った。
「あ、メールだ」
<え>
「え?」
「イーライからの動画メールが一通……パスワードメールは2分後に到着」
「ど、どうするの? 開く?」
<ま、待て待て。落ち着け。バイトのお前らにさせられるレベルを超えてんだわ。落ち着け>
「でも返信が必要ですよ、ギャンさん。今までの履歴見ると、全部数分以内に到着確認メールを送信してるっぽいっす」
「え」
<ええっ!?>
「それに、チャンスですよ。大チャンス。目にモノぉ見せてやる……」
滋行はくっくっくと低く笑いながら、目を細めて液晶を睨んでいた。
<落ち着け、慎重に……ホントお前どうした!? 酒でも飲んでんのか!?>
「そうだよシゲさん! いつもの慎重さが影も形もないよ~!?」
滋行がものすごい勢いでPCをタイピングしている。チヨ子は脇から見ていることしか出来ない。
<ハヤシモー! 止めろ! ソイツ暴走しとんぞ!>
「え~無理~てかアタシは賛成だし」
<く、くそ~! マジどうするよ! 社長のやつ未読スルーしやがって! どうすりゃいいんだよ!>
「ギャンさんも諦めなよ。シゲさん本気だよ」
チヨ子は他人事のように笑った。




