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424 噂話

 床ごと斬ったガルドの大剣が、みずきには重々しいハンマーの一撃に見えた。一人でログアウトする寸前まで使っていた「向こう側のガルド」は、A専用支援スキルで様々な武器種の効果や威力を真似することが出来ていた。

 それに近いとみずきは頷く。

 重さの乗った大剣で叩き斬るイメージが、現実のオブジェクトをすり抜け、仮想現実の男を斬った。何をするでもなく社内のネットワークに繋がり続けていた兵のこめかみから、大量かつ無意味なデータの山が斬撃と同時に雪崩れこんだ。

 タイヤに輪留めを噛ませて止めようとしていた兵が、装甲車の下で昏倒する。

<な、おいっ!>

 通信が声からも漏れている。発信源の位置とみずきの耳での位置間隔を重ね合わせ、もう一度ガルドに大剣を振るわせた。

 今度は床下へ刺すように、垂直に突き刺す。

 同じように過剰な処理作業でブラックアウトした兵の意識を、フルダイブ技術の応用で電子上にバイパスした。みずきが過去に受けたものの応用だが、フルダイブ用の大型マシンが無い今、意識が目覚めることはない。昏倒したまま、目も耳も口も動かせない状態になるだけだ。出力をカットした身体には、支援AIの補助付き「ガルド」がハンドルをいつでも握れるよう、脳波コンの接続をフルオープンにしておく。

 一連の操作で男が倒れるのを確認する前に、みずきは装甲車の後部へ振り向いた。

 車体後部のハッチが開きかけている。向こう側にいるはずの女隊長を、みずきの目とガルドの目で急いで探した。

「っ」

 予定より近い。

 続けて、通信帯に接続しようとする何かしらの操作を感覚した。みずきが生身の目で探る。少しずつ開くハッチバックの向こう、白飛びして眩しい砂浜の上にぬんと黒い人影が見えた。

 コンマ数秒の合間に目と目が合う。

 目の合った先にいる彼女は驚きを通り越し、叫びながらみずきへ怒りを向けた。

「ウラアァッ!」

「しいっ!」

 見られてしまった、という顔をする。嘘をつくのは苦手だが、敵部隊隊長がスーツ姿の太ももに巻いたホルスターへ手を掛けているのを見て勝手に顔が青ざめた。

 まだみずきは、本物の銃をきちんと見たことが無い。遠目でばかりだ。今はもう避けられるどころの距離ではない。怖さが勝る。

 みずきは足早に後ずさりし、運転席側に置いたロボットアームの一台に隠れた。アーム全体を蛇のように曲げ、女には見えないように、意識のない小柄な敵兵を抱きかかえている。

「Damn you!」

 女隊長が鬼の形相で八輪装輪装甲車の車両後部に取りつこうとしていた。

 今まさにホバークラフトの機関部を突き破って壊そうとする大型の車体を止めるでもなく、気を失って倒れて轢かれそうな兵士二人を救うでもなく、女はみずきをギリギリと睨んで迫って来た。目が血走っている。

 そして半開きのハッチをこじ開けようと、両手を差し込んできた。

「ひっ」

 恐ろしい顔をした女が派手なネイルを施した爪を立てて縁を掴み、顔をねじ込んでくる。みずきの計画では自分たちから飛び掛かって襲う予定だったのだが、迎え撃つ作戦へ変更する。

「へ、へるぷみー……」

 棒読みになってしまった命乞いを口にしつつ、みずきは自分の顔をしっかりと見せた。

 恐怖に歪んだ少女の顔。ほぼ裸で、怪我をした部分や局部などを医療用テープで貼って誤魔化している。明らかに実験を受けていた被験者だ。ひ弱さをアピールするため、みずきは小さくホールドアップしながら背を縮こめる。

 そしてそのまま、ハッチ脇に待機させていたロボットアームで敵の隊長の頭を握り掴んだ。

「カアッ!」

 アイアンクロウを受けて女性が悲鳴を上げるが、みずきは無言のまま演技を続ける。彼女の視界に入っている間は被害者かつターゲットのフリをしていなければならない。バイブレーションのように大げさな震え方をして怯えながら、こめかみのケーブルに全神経を集中させた。

 頭ごと掴んでいるロボットアームの力加減を少し強め、視界にみずきが入らないよう左右に強くブンブンと振り回す。首がもげそうで怖いが、少し乱暴に振った。

「アアイ、アアア!」

 その隙にみずきは女の視界に入らないよう背中側へ回り、他のロボットアームを操作し、小柄な()の兵士をみずきが居た場所に寝かせた。

 既に裸にしており、みずきと全く同じ位置とこめかみの上にテープをありったけ貼っている。

 回り込んだみずきは、自分の手で簡易デバイスから有線を伸ばした。隊長の右耳の上に貼ってすぐ、聴覚データを叩きこむ。

 ダミーの、心拍早めのみずきの心音を録音したものを大音量で脳内にハウリングさせた。

 次に視界を操作する。ガルドが背の高い兵士の身体を捨て、女隊長の目に集中した。拡張現実でリアルタイムにダミー兵の顔へみずきの顔を映し出す。

 ARには簡易的なプリインストールのアプリを使ったが、佐野みずきの顔をあてがえるよう即席で改良している。剥かれた兵は男だが、胸の周囲にテープを貼るだけでも遠目では性別が誤魔化せた。近寄られるとバレてしまうが、ARで被せた女の顔の口元を動かし、声を脳内に再生して佐野みずきだと思い込ませる。

<助けてください、助けて。助けてください>

 我ながら熱の入っていない言葉だと、みずきは無感情に言葉の一語一句をイメージする。

<助けて。助けてください>

 逆だ。みずきは今、仲間を助けるためにここにいる。

<助けないの?>

 みずきはわざと怖い顔をした。怒っているような顔をARで兵の顔面の上に投影する。そう見えるよう、女のこめかみに流し込む。

 女隊長の視界を逆に覗き込むと、振り回されてブレる視界の中、死体を回収しようとしていたターゲットが助けを求めえる姿が視界いっぱいに残像を残していた。時折暗転し、うるみ、焦点が合っていない。

「GAAA!」

 パニックだ。訳の分からないまま、隊長格は手を震わせて銃を構えた。身構える。女がトリガーを連続して何度も何度も引く。大きな銃声とマズルフラッシュに目がくらむ。

 みずきの狙った通り、太もものホルスターから抜かれていた自動拳銃からオートで六発、「ダミーのみずき」へ向けて弾丸が発射された。

 小柄な兵が、みずきの目の前で身を跳ねながら射殺されていく。

 みずきは必死に目を逸らした。

 命令のせいだとしても、女はただの秘書上がりに間違いない。みずきより不安定そうな情緒のまま、肩で息をしている。みずきは撃たれた兵から必死に目を逸らし、気を逸らし、こめかみで繋がっている女に目を向けて同情を寄せた。イーラーイが悪いのであって、彼にそそのかされて殺人にまで手を染めた点だけ可哀想だと思った。しかし、拉致に関わった点は同情の余地なし。

 怒りを思い出す。みずきははっきりと自分の意思で、脳波コンを経由し女へ<次の命令は?>という疑問符を流し込み、強く想起させた。

「ハッ」

 強烈な「次はどうしよう」という急かされ方で意識が移り変わり、蛍光灯が割れるようなイメージが女から全体通信に発出される。近くにいるみずきの額から後頭部へツンと突き刺さり、他のエリアへ例外的に飛んでいく気配がした。憑依しているガルドにも、兵本人の空っぽな頭に指示が突き刺さった。

 暗号化されることなく誰でも伝わる形での、シンプルなエマージェンシー。強い「撤退」の命令だ。続けて言語になる。

<撤退せよ! 死亡を確認した。撤退せよ!>

「よし」

 女へダイレクトに繋がっているみずきの脳波コンが、過去一番強い想像の映像を叩きこんだ。殴るような苛烈さでデータを送る。

<(死体袋のイメージ)>

<(血のイメージ)>

 全て映画で見た仮想のものだ。

 みずきは本物をみたことはない。今日目の前で広がった死の光景からは徹底的に目を逸らした。紛い物まじりの、単なるイメージだ。だが強烈だった。まさか佐野みずきが死んでいないなどとは思わないだろう。思い込み、視覚データの改ざん、他の兵の証言。証拠は十分だ。

<あとは返すだけ>

 脳波コンで平衡感覚を仮想空間のものに素早く繋ぐ。ジョイスティックで仮想の視点を滅多矢鱈にぐるぐると動かし、宇宙飛行士の訓練より激しい仮想GとCG酔いの誘発を狙って振り回した。

「うっぷ」

 そのままみずきは、ロボットアーム三台と女隊長を連れて装甲車を降りた。

 離れている「ガルド」は、車の下、タイヤの辺りに倒れている兵士の一人の操作を奪って立ち上がらせている。いきなりしゃんと立って同じく車両から離れ、ホバークラフトを降り、女隊長をロボットアームから預かった。

<よし>

 米俵のように女隊長を抱え直すと、ホバークラフトの右舷側、操縦席に二人で入っていった。


 エア・クッション型揚陸艇が、海の上を颯爽と滑っていく。空気を押し出し海上スレスレを浮いて移動する乗り物は、船とは違う意味で上下に跳ねるようにして揺れた。

 撤退命令を出した私兵部隊隊長とたった一人の部下の男は、荒っぽく揺れる揚陸艇の操縦席の中で母艦への報告をまとめていた。もう少し近づけば短波の通信で送信できる。

 母艦からならば、ウェブに乗せてイーラーイの本社へボイスメッセージの報告書が送信できる。第一報は喜ばしいものだ。

<ご指示いただいた日本人被験体の処分は無事完了しました>

 データの山で一番刺激的なのは、装輪装甲車の中で隊長と鉢合わせ、六発の銃撃で無残に死に絶え、死体袋に入れられた少女の画像だ。女の視覚野記憶から生成した自動生成の仮想画像だが、その分、外部からの操作で改ざんされる可能性はゼロだ。女の記憶が新しければ新しいほど真実みが増す。

 もう一人、男の兵が提出した画像データにも日本人の未成年女性が死んでいる様子が映っていた。女の画像とはアングルが違うが、同じ時間に撮ったと分かる。胸が平に見えるのは角度の問題だろうと、男は自分の記憶を疑わなかった。

「ごほっ」

 咳が出るが、気にせずホバークラフトのハンドルを握る。

 味方を沢山残してきてしまったが、隊長を船に戻し本社へ報告を入れてから回収に向かう予定だった。

「ゴホッ……」

 咳は止まらない。




 つくば。

 林本チヨ子がギャンに依頼され、滋行と共に動画発信源を探る道すがら。

「ねぇ、動画の広まり方凄いんだけど」

「拡散力凄いな」

 脳波コンのケーブルを一つのスマホに繋げ、滋行と一緒にチヨ子はSNSを見ていた。

 アカウントがブルーホールにしかないという滋行へ、女子高生らしい一般的なアカウントを持つチヨ子が見せてあげている形だ。

「おっ、ロンベルのジャスだ」

「このヒゲのおじさん、スクショで見たよ。みずの彼氏のフレンドでしょ?」

「そのみずきって子が榎本さんと付き合ってるって、まだ信じられないんだけど……」

「うーん、正直言うと同意見なんだけどぉ、みずがフロキリ? やってた、ってのはマジみたいだし」

「『あの中』にいるんだろ?」

「うん。シゲさんもプレイヤーだったんでしょ? 心当たりないの?」

 チヨ子は隣を歩く男の腕に腕を絡めた。カチンコチンになりながらも振りほどかない滋行を、心の奥でこっそりと好ましく思う。積極性は皆無だが可能性はゼロではなさそうだ。

「なくはない、けど……」

「あるの?」

「例えばMISIAにくっついてる女子の内の一人とか。夜叉彦さんのファンだったりするかもな。MISIAは大学生で、数年前まで高校生って言ってたから……二~三個歳誤魔化せば合うだろ?」

「そっ、その、MISIAってどんな子!? みずなの!?」

「いやMISIAは女アバターだけど男だよ。ボイチェン使わないから、まんま男の声だし」

「そうなんだ……そっか、声! みずの声ね、こんな声なの。似てる子いない?」

 チヨ子は去年の修学旅行の動画を二重窓で再生した。SNS上の動画と音声が被るが、チヨ子も滋行も耳を二つ持つイメージでバラバラに聞く。

<しょ、お、ねーん、よ……たいしをいだけ!>

<はいちーず!>

<きゃはははっ!>

 女子高生がはしゃぐ声が続く。

「どれがみずちゃんだか分からないって」

「この後」

<みず、ソフトクリーム食べないの?>

 この時のことをチヨ子はよく覚えている。佐野みずき以外の全員が買ったソフトクリームを恨めしそうに見ていた目に、チヨ子は疑問を持ったのだ。

 お金持ちなんだからソフトの一個くらい買い食いすればいい。

 今ならチヨ子にも理由が分かる。みずきはその時、恨めしくも羨ましくも思っていなかったのだ。聞いてみてやっと分かったことだった。

<……うん。なんか、おばあちゃん思い出すから……>

「この、なんか色っぽい声の子?」

「は? 色っぽい!? なにその感想~!」

「い、いやっ、ハヤシモと同い年にしては大人っぽい声だと思うってだけで!」

「アタシたちが子供っぽいってことぉ!? もー!」

 滋行の腕に腕を組ませながら、チヨ子はぶんぶんと駄々をこねた。

「この子が探してる子なんだろ? なんかないか? 口癖とか」

「口癖?」

「リアルでの口癖がダイブ中に出ることもあれば、アバターの口癖がリアルでも漏れることはある。俺らも最初はこんなハキハキしたトーンじゃなかったんだぜ。向こうは声の印象結構大事だから」

「えー意外。口癖? 何かあったかぁ」

 つくばの繁華街を歩きながら右へ曲がる。一本路地に入ると古い雑居ビルに囲まれ、陰になって薄暗くなった。

「口癖口癖……『ん』とか」

「ん?」

「ん」

「口癖って言うか? それ」

「うん。そうだよ、ほら皆うんって言うじゃん? その『うん』の『う』が抜けて『ん』になるの」

「……あー」

「ほら」

 動画を切り替える。

 もっと新しい、二年の体育祭での様子だ。大きな県立の体育館を貸し切って行われた、全学年合同の騒がしい祭り。疲れて端に寄ったチヨ子を気遣い、みずきは飲み物を持ってきてくれたのだった。

<ん>

<ありがと~>

 たったこれだけの短い動画だが、チヨ子はただただ「カッコイイ」から保存していた。背が高くすらりとしていて、小顔で、お人形のような日本人離れした目鼻立ちがカッコよかった。

 可愛いとは違う気がする、カッコいいで合っている。チヨ子は外見だけではなく、さらりと飲み物を渡してくれた佐野みずきの「ん」もカッコよさの一因だと理解していた。

「カッコイイよねぇ」

「……もう一回」

「え? うん」

 もう一度、短い動画の「ん」だけを再生する。

「……ん~」

「心当たりある?」

「……この、『ん』のバリエーション、他にもある?」

 滋行がチヨ子の顔を覗きこんでくる。真摯な表情に、チヨ子は裏返った声で「ァ、ウンっ!」と返事をした。


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