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422 犠牲、止むを得ず

 見つけるのは簡単だった。みずきの目とガルドの目は同時に同じ方向を見る。

 真っすぐ斜め上、みずきは天井を。ガルドは天井より上にある地上を見ている。

 残りの敵兵は撤退準備に入っているらしい。みずきが立っているフロアの防犯カメラ映像は微動だにせず動くものは無し、全てのものが地上階に居る。みずきはガルドの目で見て知っているだけで、肉眼では見ていない。

 出口へのルートは人間用の小さなエレベーターが一つ、機材搬入用の大型エレベーターが二つ、地図上にポインターで表示されていた。昇降路は無事だとしても、エレベーターそのものは期待できない。みずきがフルダイブに使っていたポッドを上から潰した大型車両は、とてもエレベーターのかごに乗る大きさではなかったからだ。地下まで入れるためには大型エレベーター二つ分の幅が必要だ。

「少なくとも、出入口は爆破はしたはず」

 ぶち抜いて大きな入口を確保していることだろう。ケーブルも巻き添えにし、瓦礫も落下しているとすれば、乗れるような箱状のものは期待できない。一応ロボットアームに掴まって登る自分を想像してから、みずきは地上に出る案を捨てた。怖い。ガルドならともかく、みずきの身体で落ちたら死んでしまう。

 地下階から地上階を攻撃しよう。それがいい。みずきは臆病な自分を恥ずかしく思いながら、ガルドとしての自分へガツンと戦闘意欲を流し込んだ。

<ん……>

 寡黙な大男が一つ頷き、みずきから離れていく。

 地上へ向かう道筋を無視し、壁や天井をすり抜け、通信の線を綱渡りのようにはしごして駆けあがっていく。ネットワーク上ではVPNやオフラインの機材が混ざっていて途切れており、直接ガルドがたどり着けるわけではない。だがヒトの目と向こう側の目の両方を持つ「みずきたち」には、どこからどう飛び移れば敵へ近付けるか分かっていた。ガルドはみずきだ。みずきの思考がガルドの動きを決める。ガルドの目がみずきの目になる。

 カメラを伝って位置を見た。エレベーターやみずきのポッドを破壊した八輪の装輪装甲車が、もう一台待機しているのが見えた。陸上の、建物への出入り口付近にある。みずきは久しぶりに見た太陽光へ目を細めながら、様子を丁寧に観察する。

 外はまさにジャングルだ。

 みずきが見ているハワイ諸島の地図は一部分らしく、島の名前も記載がないが、特に大きな島の北側にあることは分かっていた。だが風景までは分からないため、みずきは予想より緑の色が強い南国の景色に戸惑う。

「森……」

 ハワイといえば、という海岸や繁華街の風景とは全く違う。また、パンフレットで見た「オアフ島ではない島の、自然豊かな観光地」とも違う。珍しい動物を探しにロケをするTVバラエティでしか見かけないような、人が寄り付かない野生的な風景だ。

 舗装されていないが木々がぱっくり切り開かれた赤茶色の土の道の上に、重機関銃を載せた装甲車が一台止まっている。周囲に数名の兵が周囲を警戒し、数名の別の兵はしゃがみこんで何かを操作していた。カメラの画角の関係でよく見えない。

 みずきは陸上の様子をガルドに伝えた。

 見たものをそっくりそのまま、ガルドとしての視点でも見られるようイメージする。二次元の動画データをみずきが立体的かつ勝手な想像での位置関係を乗せ、三次元にした。生きている人間の位置から発信されるものを読み取り、デバイスの入口を逆算し、オフラインの脳波コンを無理やり解錠する。

 そうなってようやく、電子上の、脳波コンとデータ網の空間を進むガルドに乗り移り先が見えた。

<斬る>

 ガルドの黒い大剣がぎらりと光った。

 しゃがみこんで作業をしていた兵の後頭部へ、ガルドの横殴りに薙いだ大剣の切っ先が当たる。みずきには何もないように見えるが、後頭部を超えてこめかみまで斬られた兵士は、巨大で無意味なデータの塊に脳波コンを揺さぶられて悲鳴をあげた。

 ガルドにはそれが、エフェクトを撒き散らしながら倒れるプレイヤーに見えた。

「次」

<ん>

 みずきが生身の目でカメラの画像を見つめ、敵兵をガルドが豪胆に斬っていく。反撃は無い。地下でみずきが直接接敵した女兵士の電子装備が一番難敵だった。それに比べれば地上部隊は弱い。フロキリで例えれば初期装備の初心者プレイヤーだ。

 四人倒し、六人倒し、六輪の装甲車の中まで入ったガルドが剣をブンブン振って内部機構をボコボコにする。

「……終わり?」

 カメラの画角から外れた部分はみずきには確かめようが無い。うずく。上に行って確かめたい。ガルドの目にはゲームに似たフィールドでゲームに似た相手プレイヤーと、昔していたゲームでよく見たストライカーが煙を上げて壊れている様子に映っている。

<敵影なし>

 みずきには呻いて地面に伏せている兵たちが見える。死んではいない。脳波コンのダメージが落ち着けば復活するだろう。

「いやあるけど……まぁいいや」

 ガルドの意見とみずきの意見が食い違うが、意思決定の強さで言えばみずきの方が強い。今一時、みずきの反撃への邪魔にならなければ良いと判断したみずきは、ガルドへ次のアクションイメージを送信した。

「カメラ内の誰かをコッチの通信に繋げる。ハブにして視界を伸ばす」

 ガルドは反撃される事のないサイバーハック専門のアバターボディだが、カメラ網の範囲外は攻撃できない。

<ん>

 ガルドが倒れ込む兵士の一人に覆いかぶさり、同じ格好へ寝転んだ。そのまま染みるようにボディが重なり合う。みずきは見慣れた、オブジェクトとオブジェクトの衝突だ。ガルドの視点が兵士の中に潜り込み、彼の脳波コンから見える景色が見えるようになる。

 イーラーイの私兵はどうやらアメリカのPMCとイーラーイ社の子飼い私兵の混合部隊なのだと、二種類あるチームIDから分かった。彼らは指揮系統に暗号化されたメッセージを使い、リアルタイムの受信は彼らの隊長格が一纏めに受けているらしい。

 この隊長格は、みずきが探れる施設の監視網から外れた海辺にいるらしい。ガルドが最適化して乗っ取った兵の男が知っている。ガルドが記憶野から呼び出したイメージがそのままみずきまで届く。

 いけすかない、エリート然とした、肉の薄い事務上がりの女。元秘書官。イーラーイの信頼が厚いらしく、汚い仕事を俺らに命じておいて自分は安楽椅子に座っているド素人。下士官クラスが抱く、元社長秘書の士官待遇への不満。ネガティブイメージがネットでよく見る愚痴となって、みずきのこめかみを燻った。

「へぇ……奇遇。こっちも素人だ」

 みずきは地下から上を見上げ、舌なめずりする。

 エレベーター前のホールまで出てきたが、案の定筒抜けに貫通したドアはひしゃげ、暗いシャフトが露出していた。ただの女子高生には危なくて近寄れない。街中であれば侵入禁止のコーンが置かれているだろう。みずきは自分の意志で、ここまでなら大丈夫だとセーフティに線引きをした。

 一歩足を踏み出すと、床がみしりと音を立てる。

「ひ」

 人間の重さでヒビが入るほど脆くなっている。背後数m後方にロボットアームたちを待機させているが、これ以上エレベーターの残骸に近付けば崩落が始まる。

 だが、指揮を担う隊長に諦めさせるには生身の自分が必要だ。みずきは意を決してドアの残骸に手を伸ばす。

「はぁっ、ふー……」

 呼吸を整えてから、掴まっていられそうな場所を目で探し、両手で握る。大きな棒状の突起を見つけ、そっと握り込んで体重をかけた。びくともしない。そのまま足元を見ずにつま先で探る。ちょうど良い場所に、踏んでもびくともしない板を見つけた。少しずつジリジリと身体をエレベーターシャフトの中に上半身を滑り込ませる。

 一気に暗くなった視界に、みずきはぞくりと背中を震わせた。

 ガルドとしての意識がポツンと独り言を呟く。

<これ以上移動できない>

「……ん」

 地上で「行き先がわからない」という感覚に襲われ、みずきは動きを一瞬止めた。こめかみから繋がる電子のガルドと意識を共有しつつ、みずきの身体を動かさなければならない。忙しい頭に集中が鈍る。

「そっちも、もうカメラがなくて『見えない』」

<だから動けない>

 みずきとガルドが同時に思った瞬間、集中を欠いたみずきの身体が右足に体重をかけすぎた。

「あっ」

 メキリという嫌な音がした。

 みずきは咄嗟に二の腕と指へ力をグッと込める。足元が軋み、地面がなくなる。ひび割れた床が崩れていく。

「ああっ」

 必死に、必要以上の力で突起を掴んでエレベーターを通す暗いシャフト内に全身を移した。既にエレベーターホールは崩れ始めている。足場にしていた板もグラグラとしていて、みずきは足をバタバタさせて他に踏ん張れるものを探した。だが見つからない。ホール側の床は轟音を立ててどんどん崩落している。エレベーター内部は最初から地下八階まで空洞だ。

「ぐ、うぐぐ」

 長い間寝たきりのフルダイブ生活で衰えたみずきの二の腕は、軽いはずの自重を支えるので精一杯だった。プルプル震え出す。関節が痛む。落ちたら一巻の終わり。怖い。ここは現実で、リスポーンもリトライもログアウトもない。

 歯を食いしばりながら、みずきは全神経を自分自身の身体に向け、一瞬ガルドを忘れた。

 許容量の大部分を占めていたガルドとしての自分を手放した瞬間、ロボットアームに使える計算とイメージの余裕が生まれる。

「来い!」

 有線で繋ぎっぱなしだった五体の人工筋肉製アームが、スポーツカーのような加速で急発進した。崩壊した床を、ガルドのようにジャンプは出来ない。ガルドのように踏み切って飛ぶことも出来ない。みずきはガルドらしさを忘れ、タイヤを本気で自分の一部だと思い込む。

 もし自分の足がタイヤで出来ていて、自転車のようにしか走れず、床が無い場所を走るとすれば。みずきは感覚で操作した。

 後輪タイヤにブレーキをかけ、前輪を回すモーターを強くする。みずきはただ「かかとを踏ん張ってつま先に力を込めるイメージ」をしているだけだったが、Aが組み込んだ機械信号化の補助システムがカチリと上手く噛み合った。

 みずきの、氷の上を滑って飛ぶフィギュアスケートを模したイメージがアームたちのブレーキを操作する。ジャンプする瞬間のスケート選手が身体を縦に細めるように、アーム全体を垂直へピンと立てた。ブレーキを片方ずつ順番に解除し、解かれたロックをキッカケにしてモーターをギュルギュルと加速させる。

 一瞬、前輪に荷重が寄った。

 加速した後輪に押されるようにつんのめる本体を、アームの軸が回るように姿勢を崩して回転軸になる。みずきのフィギュアスケーターをイメージした動作が、そのままアームたち五台をアクセルジャンプさせた。

 回転はブレーキを使ったドリフトで。踏み切る瞬間アームが姿勢を上向きにし、自由落下するより前に肘から先を突然大きく曲げて遠心力の回転を強めた。キャメル系のスピンがかかり、気持ち滞空時間が伸びる。

「すぐ掴め!」

 みずきは速攻を指示した。抜けた床を飛び、そのままエレベーターシャフトへ突っ込んでいく五台のアームをそれぞれ適したタイミングで動かしていく。

 一台はみずきより3mほど下まで落ちた時点で斜めに落下し、隣のシャフトでは無事だったワイヤーロープに、人の手の形にかなり近いマニピュレーターでしっかりと掴まった。そのまま一拍も休むことなく、みずきはタイヤをワイヤーに噛ませて回転させ、なんとか登れないかと動作させる。

 同時にもう一台、落下しながら破損したガイドレールの一部に掴まらせた。みずきが掴まっている壁からは遠い。ワイヤーロープの方へ移動させ、二台で協力して登り切るよう指示を出して放置。

 もう一台はドア近くでシャフトに入る直前の瓦礫に捕まり停止し、一番みずきに近い位置で安定していた。腕を伸ばさせ、みずきはやっと安定した足場を手に入れる。

「ギュルぎゅるー……」

 残り二台はシャフト奥の壁に勢いよくぶつかり、どこかに引っかかることも出来ず、地下八階の最下層まで落下していった。

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