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420 みずきと「ガルド」

 みずきはまず、敵の様子を観察することから始めた。追加で十機のキャタピラタイプを送り込み、標準で付いているセンサ部から届く「熱源」を追うように複眼視界を脳波コンとPCで取捨選択していく。出てきた人間の痕跡を館内地図と照らし合わせて、戦況を分析した。

 その間、Aと次の動きを話し合う。

<作戦はあるのかね? ボクに手伝えることがあれば……>

「榎本たちの回線を維持しつつ、この建物から出る。ルートの確保」

<それはマニュアル通りにかね? ならばすぐにでも出来るがね>

「オーナーとやらにはそのマニュアル通りに動くとだけ言え……ちょっと見せて」

<ううむ、それは>

「命令」

<りょ、了解した>

 縮こまってデータを差し出すAが、以前よりずっと小さく思える。みずきは素早く視線を走らせ、冷たい目でマニュアルデータを流し見た。現実の視界と脳波コンでのデータの視界が混ざり合うが、文字の意味だけがみずきの瞳孔の奥に届く。自然と図や絵が描かれているものに視線がいき、みずきは言葉を失うほど驚いた。

 マニュアルには決定的な現在地付近の地図が描かれてあった。

「この、四つの島……」

<うん>

「ハワイ?」

<うん>

「ここ、ハワイなのか!?」

<うん>

 信じがたいが理屈は分かる。

 田岡が日本。

 ハイバネーション(冷凍睡眠)ラインのソロプレイヤー達がカナダ。

 そして、自分たちがハワイ。みずきら六人がハワイへ向かう直前に行われた成田空港での拉致が、変人プレイヤーによる乱入騒ぎの結果イレギュラー的なものになったのだとは聞いていた。自ずとハワイ現地で拉致する「予定」だったのかとすぐに分かる。

 異国なら阿国の素早い対応も難しかっただろう。手がかりをディンクロンや三橋たちが集めるのだって難しかったはずだ。日本政府が関わっているとはいえ、みずきの父が勤める一般企業がアメリカで好き勝手に動けるとは思えない。

「そ……そうか……」

 街の防犯カメラ一つ回収するのにも手間がかかる。日本で展開されている公共道でのパブリックシギントシステム、いわゆるドローンによる警察の監視網も、みずきが知る限りアメリカのものは州ごとに閲覧の権限が変わるはずだった。

 成田空港で良かったのだ。ハワイに辿り着いたとして、Aたちが本気で拉致すればおそらく証拠一つ残らない。

「そうだったのか……」

<みずき、すまないが指示を。いいかね?>

 言いにくそうなAにみずきは畳みかけた。

「いや、マニュアル通りに、って……ハワイ島から潜水艇で別の島へ? は?」

 話しながら読み込むマニュアルの脱出法には、潜水艇に関する別マニュアルへのリンクが貼られていた。

 リンク先をちらりと見ると、専門的な英語による潜水艇の操作に関するマニュアルになっている。みずきは即座にこうしたものは全て自動運転にしてしまえと内心文句を付けながら画面を閉じ、元の脱出マニュア

ルに視線を戻した。

「本気か?」

<もちろん。古いが、ちゃんと使えるのでね。もっと古いものは被験体グループ・Gごと破棄したのでね>

「二つあったのか。G? 他に……あ」

 ここまで聞き、やっとみずきは三橋の話を思い出した。

 捨てられるように海に漂っていた「船」から助け出された、一日監禁被害者たちのことだ。見送りに来ていた一般プレイヤーの一部メンバーであり、今回ガルドらが地下の浮遊島から救出したソロプレイヤーと同じような日本人だ。

「ソロを2グループに分けたのか。カナダの施設に入らない分を……潜水艇ごと捨てたのか?」

<あ、その辺はちょっと詳しくないのでね。勝手に別組織が立てて、勝手に自滅した計画なのでね>

「そうだった。冷凍睡眠は……」

 Aには関係ない別組織。恐らくイーラーイはその会社か、その技術が欲しいライバル会社だろう。そこまで想像するが、確かめている暇はない。

「まぁいい。潜水艇があるなら五人を逃がせる……避難先、候補地は?」

 みずきはもちろん日本が良いと言いたかったが、Aはばっさりと希望を切り捨てた。

<そこはハワイ諸島内に限定させてくれたまね。BJグループはハワイから離れられないと思ってくれたまえね>

「理由は?」

<計画の『目的そのもの』が達成できない状況になるのでね。これが全てだと言っても過言ではないのでね!>

 Aが鼻息荒く言うが、みずきは冷めた頭で現実的なことを指摘する。

「それ、敵……イーラーイも知ってること? 四つの島のどこかに居る、居ない訳が無い、って」

<お……>

「お?」

<おお、その通りでね!>

「おおじゃないよ、もう……」

 能天気なAに、みずきは頭を抱えてうなだれながらロボットアーム製の椅子に寄り掛かった。



 ガチャン、と重たいパーツが地面の上を跳ねる音がした。

 もう一度、みずきはロボットアームの太い腕に掴まり直す。顔に当たる風は痛いほど強い。腕から落ちれば後方に流れる床へ叩きつけられ骨の一本二本程度簡単に折れるだろう。坂道を転げる自転車と同程度の速さで進む。身体がガクンと上下左右に揺さぶられる。

 自動ドアを脳波コンの遠隔操作で先んじて開き、細い通路から広い部屋へ飛び出した。天井が一気に高くなり、オレンジ色の室内灯が一層強くなった。眩しさで目を閉じながら通路の地図データをなぞるように脳波コンでアームを運転する。

 広くなった空間を直進し、地図にマーカーした目的地へ向け、直角に片輪だけブレーキを掛けて曲がった。耳に残る音と共に、タイヤ痕が今までにないほど濃い黒で残る。

<本当にいいのかね!? この作戦で!>

「何を今さら」

 部屋を二つ抜け、壁や天井が崩落している区画に入る。

<キミ、しかし、乗り遅れでもしたら!>

「その時はその時」

<ボクとしてはキミこそ最優先なのでね>

「自分は、自分よりみんなを先に離島させたい」

<命令かね>

「ん、命令」

<む……承知した。私兵の人数は不明確だが、確かに全滅させる必要性はないのでね。キミの指示通りにしようかね>

「頼む」

 みずきは普段の姿を脳裏に思い起こしていた。肩幅の大きい、筋肉質な大男が電子上で仁王立ちする。アバターのガルドだ。はちみつ色の短髪が高速に移動するみずきに合わせて風に揺れ、空色の瞳が虚空を睨んだ。

 ガルドの自分をイメージするようみずきに勧めたのはAだった。みずきが無意識にしている電子操作の精度を上げるためにオススメなのだと教えられた。

 視線の先には、みずきには見えない壁の向こうで銃を構えるイーラーイ私兵が数名いる。何部屋か向こうの、荷物が多く人が隠れやすそうな倉庫を探し回っているらしい。清潔だった無機質なBJのダイブルームと違い、一層上の出口に近いエリアは生活感に溢れていた。

<気を付けたまえね、みずき。キミは今、肉体を伴う存在でね。痛いことは避けるべきでね>

「分かってる」

 段ボールと書類が詰まれた足の踏み場もない部屋を、現代兵装でカーキとブラックに染まっている兵士たちが大股で歩き回っている。時折ロッカーや机の下を覗きこんで、子猫か何かを探すようにきょろきょろと顔を動かす。みずきには人間たちの動きがサーモグラフィのように様子が透けて見えた。

「やるぞ……細かい力調整が要る。やるならこっちの腕。銃の対処はこっち」

 フルメタルボディのアームと人工筋肉製のアームを交互に見ながら、みずきは最後に自分の腕を見た。非力な細腕だ。筋肉の隆起が薄すぎる象牙色の肌が、風を受けて体温が下がり鳥肌を立てている。

 みずきはもちろん、リアルの腕で敵の武器を潰せるとは思っていない。自分の腕への意識を薄くし、今は三十本近いロボットアームを感覚で操れるよう気持ちを高めていく。

<慎重を期すべきでね、みずき。キミが近寄る必要はないのでね、危なそうなら諦めて撤退したまえね>

「分かってる……行くぞ」

 音が響かないよう、キャタピラ式のアームを部屋の出口へ向けて横へずらりと並べる。背後に続く仲間へ続く道へは絶対に行かせないという、みずきの強い決意の現れだった。文字通り壁のように部屋を塞ぐ鉄製キャタピラ式アームは、音を立てないようピタリと制止したままマニピュレーターをドアへと向けている。見慣れた人工筋肉による人間的な手の形のもの、ドリル、三爪のグリッパ、金属を磁力で吸着するエンドエフェクタまで様々だ。

 ただの鉄製の板が張り付けられたものは、Aが心配して急ごしらえした「盾職(タンク)」だ。残念だが遠距離装備がいない。全てがミドルレンジ以下の近接戦闘専門装備で整えられている。

 みずきがまっすぐ前を向くと、次の部屋への扉が正面に見えた。開けばすぐに敵であるイーラーイ兵がいる。

 壁の向こうだが「ガルド」の目には見えていた。耳に聞こえる布とプラスチックのぶつかる音も、天井に空いた崩落の穴から覗く無傷の監視カメラから届く音声データだった。生身のみずきには、緊迫し張り裂けそうな自分の心臓の音しか聞こえない。緊張している。

「『敵母艦』にダミーの情報を送る。失敗しても成功しても時間稼ぎはできる。榎本達はその間に他のコンタクターが逃がせる」

 Aは承知のことだろう。だからこそ、最後にすぐ撤退するよう釘を刺してきた。

「成功すれば無傷。失敗すれば……」

 鳥肌が首から背中へぞくりと波打った。

<みずき>

「お前たちには出来ないことだから。これは、奴らが目標にしてる『日本人被験者』にしか出来ない。止めるな」

 脳裏に流れ込むAの声を強引にボリュームダウンし、みずきは正面へ集中した。脳内で何度かシュミレーションする。中に入り、下がり、キャタピラ郡を盾にしてもっと下がる。これなら怪我はしない。

「ふぅ……ッ!」

 素足で床に降り、みずきはぺたぺたと足音を立てながらドアへと一人走り始めた。


 部屋の向こう側、扉の前には兵士が一人立っている。「ガルド」の目で見ながら、みずきは扉を勢いよく蹴った。

「だあっ!」

 前を向いていた兵士の背中を蹴とばすようにドアが当たる。突然の乱入に兵士たちは目を丸くしているが、流石にプロらしく、すぐさまみずきへ銃を向けた。だがみずきの「ガルド」が一寸早い。大剣で串刺しするモーションをイメージするみずきの敵意が数値になり、Aが仕込んだ補助ツールでブーストされ、無意味だが大きすぎるデータの塊になって兵士のこめかみに殺到した。

 兵士の一人が痙攣し始める。

「グウウウッ!?」

 送り込んだデータを「意味が無いから破棄する」と判断するだけで数分かかるほどの、膨大な量のデータ塊だ。強制的に受信させられている男の苦悶の声が、他の兵士三人を戸惑わせた。

「シィッ!」

 歯を食いしばりながら、みずきは生身の細身を床スレスレまで伏せた。ドアの向こうからタイヤ式の人工筋肉ロボットアームを一台、他のアームに持ち上げさせ、みずきの上を飛ばして運び入れる。

「いけ!」

 鋭くみずきは指令を飛ばした。持ち上げ飛ばした力の強いアームは、肘から先が強力なフォークリフト型のツメになっている。苦しそうな初撃の兵士を捕まえ、下から掬い上げ、バックしそのまま部屋の外へ運び出させた。あとは部屋の先で待機させている大量のアーム達で拘束するだけだ。

 同時にもう一台をダイレクト操作。みずきの上を飛んでいった人工筋肉タイプを動かし、別の敵兵を突き飛ばすような勢いで突っ込ませた。兵士たちの視線から一瞬みずきが隠れる。その隙に地面を這うように走り抜け、部屋の奥の通路に繋がるドアへ進んだ。

「っ、トマレ!」

 日本語で鋭く制止されるが、みずきは全く躊躇せず戸のノブを回した。ガチャガチャと音がするだけで開かない。すぐに諦め、向けられた銃から隠れるように側の机に乗っていたA4用紙を紙吹雪のようにばら撒く。弾丸が一つ発射されるが、たまたまそれた。

 次弾の前に動く。

「ぐわあっ!」

「く」

 扉より大きくなった「ガルド」が、敵の一人を大剣で殴りつけた。瞬間、腰についている兵士の装備品のどこからか激しい放電の音が鳴った。

「グアアアッ!」

 男が腰につけていた銃の形をしたスタンガン(テーザーガン)には、無線通信経由での誤射防止機能が付いていた。「ガルド」の大剣に見立てた違法操作が誤射防止機能を逆に動かしたため、尻に銃口のニードルが刺さり、そのまま気絶させられる程度の電流が放たれる。

 みずきはその間に、既に次の兵士へ目を向けていた。

 あと二人。一人は細身で身長が低いが脳波コンで繋がっているデバイスのクオリティが高い。電子戦装備だ。「ガルド」の目にはフロキリの防御力向上バフがかかっているように見える。

 もう一人の、体格的には大きいがブロックの機能が低い兵士を狙うことにした。

「っ」

 こめかみから送る敵意のイメージが、みずき専用にAが組んだロジックを通して電子兵装として振るわれる。撃たれる弾丸をみずきは避けきれない。ならもっと早く、撃つより先に撃つ。みずきは歯をギリギリと食いしばって牙をむいた。

 半透明の「ガルド」が兵士を横殴りに殴った。重い大剣はデータの量になり、ヒットした部位は標的になる。

 先ほどスタンガンで倒した兵士より硬い。

「Freeze!」

「ぐはっ」

 女の声がした。同時にみずきが使っている仮想アバターの頭を横から殴られたような感覚があった。反撃された。殺す気は無いのか、拘束・気絶させようとする手加減の意図が感じられるハッキングだ。右のこめかみからガツンと左へ衝撃が抜けていく。

「……あまい」

 背の高い兵士を三回「ガルド」の拳で殴り、銃のセーフティロックに使われている認証枠に腕を突っ込み鍵を強引に閉める。その間に女は「ガルド」の脳天を何度も何度も撃ってきていた。しかし手加減されていて、みずきの動きを止めるまでには至らない。

 後を追ってきそうな女と「ガルド」を部屋に残し、みずきは踵を返して元来た扉へ駆け寄った。「ガルド」は倒れている男の兵士たちを——正確には彼らの脳波コンとデバイスを、何度も何度も叩いて壊し再起不能に追い込んでいる。既に「ガルド」はオートマチックだ。みずき自身のリアルタイム操作から外れ、AIに近いガルド的行動BOTが動いている。

「マテ!」

 日本語で女兵士が叫び、みずきに銃を向けた。

 すかさずみずきはドアを閉め、整列している腕に隠れた。


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