419 牢獄を望み、腕を振るう
みずきはまだ一人で奮戦していた。
孤軍奮闘ではない。みずきと有線で繋がったロボットアームは二十機。無線で指示を飛ばすだけの一方通行で操作するラジコンロボットアームは四十機。攻め込んできているイーラーイのロボット犬は全滅したものの、私兵が残っている。
アサルトライフルの銃撃音と、薬莢が床に散らばる軽い金属音が鳴り響いている。
「くうっ」
捨て駒のように、配下の無線接続タイプを三台走らせる。だが相手方の兵士たちは対処法を編み出していた。
通路の至るところに爆発物を仕掛け、後退し、床や壁ごとみずきのアームを破壊しているのだ。至る所が壊され、崩落しかねないほど穴だらけになっている。Aが出した地図によれば建物は地下に続いていて、守りたい仲間たちがもっと下の階に居るのだと思うと、みずきは気が気でなかった。
足回りへの集中射撃に、一台が転倒し完全に動かなくなる。
「またやられた……」
無線で別の行動パターンを送信し、フルオートで時間を稼がせるその間になんとか敵兵を行動不能に出来ないか苦心するが、みずきには度量も準備も実力もない。
「……クッ!」
後退したら今までの苦労が水の泡だ。一本道の細い通路を、腕の壁を三枚重ねた後の四番目に陣取りながらみずきは走り出した。向かう先には敵兵が三人、アサルトライフルを腰だめに構えてみずきたちを狙う。みずきは真っ向から向かっていく形になった。
二秒掛けて敵に追いつこうと急ぐ合間に、イーラーイ兵の銃弾が鉄製ロボットアーム二台をハチの巣にする。加えて隙間から飛んできた弾丸が一つ、みずきの右腕をかすめた。
「っう!」
先ほどから何発かかすり、みずきの腕と足には数本の赤い線が白い肌に浮き出ていた。直撃はしていない。
盾役のアームを前にぴったりと走らせている。だがどうしても、アームに掴まっているみずき自身の手足が盾より外にはみ出てしまっていた。素肌へ当たる。もう、いつ弾丸が貫通してもおかしくない。
痛いのは怖い。腕の一本二本どころか、注射より痛い思いをするのは嫌だ。みずきは勇ましさをどんどんしおらせていく。
「うう、ぐすっ」
生身の目から入ってくる視界が滲んで使い物にならなくなるが、みずきの脳波コンは無意識にカメラの映像をメインの視覚野へ割り込ませた。くっきりとした広角レンズ越しの映像で、眼前まで迫った敵兵を見据えた。
頭を切り替える。みずきは「ガルド」として、普段通りの自分を想像した。
「ッ!」
腕で打つ。
何本もある鉄製アームは大剣の代わりだ。攻撃と攻撃の合間、動けなくなる合間、敵の間合いに全神経を払う。一撃も喰らわないようパリィに入る。レフトの四番で背の高いターゲットの銃撃を弾き、マガジン切れの合間を縫って、脳天から三本爪のロボットハンドでチョップした。
安っぽいバネの反動でぶるんと震える。アーム自体のパワーが強く、軍用ヘルメットをした人間がボールのように地面へ叩きつけられた。
「うああッ!」
人造腕で何度も打つ。
ライトの一番と二番で通路を塞ぐように並び、ハンド部分を換装させた鋭利なドリルで貫いていく。金属を穿つ甲高い音がしたかと思えば、石を削るような重苦しい掘削音に変わり、続けてゲームでよく聞く音に変わった。びちゃびちゃという、湿り気と脂の音だ。ゲーム内のものとそう変わりないSEに聞こえる。
「ひ、ひいいいっ!」
やっと人間の声がした。みずきはハッと顔を上げるが、タンクとして配置したレフトの一番で隠れていて何も見えない。
無意識のうちに「佐野みずき」の目に切り替わっていた視界を脳波コンでカメラモニター切り替えるが、声の主は既にみずきへ背を向けて走り去っていた。元来た道を戻っていく。
そちらには既に、先鋒として送り出したアームギロチン三兄弟が道を塞いでいるはずだ。一番最初のみずきが放った暴力装置が、まだウロウロと侵入者を探している。
「あ……」
意識するとすぐに画像が切り替わる。見たいと思ったわけではないが、位置がどの辺りか気になり検索を掛けてしまった。防犯カメラのようなアングルで、走って来た人間に画面外から勢いよく赤いロボットアームが襲い掛かっている。
<ぎゃああっ!>
「う……」
止められない。
赤いのは返り血だ。殴り殺した。何人殺したのか知ろうとするが、出てくるデータは殴った物体の固さに関するデータばかりだった。人の人数を出すため、わざわざ割り算をする必要がある。
死体の数を数えるべきか、みずきは長く迷った。
今は自分と仲間以外の人間を思いやっている余裕が無い。何度かその場で深呼吸をし、ロボットアームから降りて通路の壁にもたれかかる。首を下げてうなだれていると、薄暗いオレンジの照明が頭で遮られ視界が真っ暗になった。
「……分かってる。罪は償う、から」
日本でも他の国でも、罪の重さの分刑務所に入るのが決まりだ。ここがどの国かも分からないみずきは、とにかく「自分のために用意された牢獄」へ戻ることが償いになると思い至った。
ロボットアームを三台一組にして、歩兵を探させるため通路の先から上層階へと送り出す。みずきより下の階には居ないが、上にはまだ、規模こそ分からないもののイーラーイ兵がいるはずだった。
オートメーションで動かしている間、自分用のアーム三台に隠れながら、みずきは膝を抱えて壁際に座り込む。
洋服代わりに貼っているテープをさらに増やすため、真新しいテープロールの封を切って身体へ貼っていく。
「……A」
腕へ包帯のようにテープを巻きながら、自分から切り離していた仲間への通信を呼び出した。
みずきは早い段階でAとの通信を切っていた。こめかみに付けている簡易デバイスとサーバー室のコマンド入力用PCに与えられている権限レベルは、そもそも通信の拒絶などは無理だった。
しかしみずきには、様々な権限のスイッチが「背伸びでも届かないがジャンプすれば届くすれすれの高さ」に見えている。少々強引かつ非論理的に切った通信を、一言声をかけることで呼び戻した。
「A」
<……みずきっ! ああ、みずき! や、やっと繋がった!>
大声かつ誇張しすぎな言い方で、爽やかな青年が声を上げた。
<キミ、無事かね!?>
一度繋がるとAが勝手に音声通信の権限を奪っていく。音量とマイク集音ボリュームを大きくされ、ボイスと共にみずきの周囲の音まで拾おうとしているのが分かる。
「平気」
<現在地は……ああ、フロアを上がったのだね! そこから上はボクの管轄外でね、入ることもナビすることも出来ないのでね……>
「そうか」
<バイタルの数値もずっと見ていない上に、キミの様子も分からないのだがね。怪我はないかね? 疲れてないかね?>
みずきは腕を見た。八か所の切り傷と二か所の擦り傷、血の止まった小さな銃創が一つ——刃物で切ったにしては少々えぐれが大きいが、数ミリで、身体に貼っているテープを同じように貼って止血した。元々医療用だったらしく、じんとした痛み以外に不調はない。
「……少し転んだ」
<それは良くない! 急いでフロアをもっと下がるべきでね!>
転んだだけで騒ぐAの声を聞きながら、みずきは説教されるかもしれないと自分の腕をさする。
「イーラーイが……」
<ああ、こちらはあまり情報が取れてなくてね……どうかね? 危ないかね?>
「壁と床を壊しまくってる」
<む>
「このままのペースなら、柱が耐えられなくなる。もう地下三階は地下二階の瓦礫で埋まってる」
<映像が届かないのはそのせいかね……フム>
「このままじゃ全員生き埋め」
<それはちょっと……いや、結構マズいがね>
みずきはため息をつく。
「で、どうするつもり?」
<オーナー不在時はマニュアル通りに『放棄し自……』コホン、それより映像だ。こっちには来ていないが、キミは見れているのかね?>
「ん。ほら」
言われた通りに上の階の画像をAへ送る。監視カメラも壊れてしまっているが、ロボットアームを送り込み映像だけは手に入れていた。
<おおっと、これは予想以上でね>
「はぁ」
<どれだけコンポジションを持ち込んだのやら。航空爆撃機への対処は陸の上で準備していたのだがね、対地潜入後での爆破なんて想像もしてなかったのでね。うん、仕方ない>
「な訳あるか。拉致するなら最後までちゃんと守れ」
<そういうことはオーナーが一人で決めるのでね。今さら言っても『覆水盆に返らず』というやつでね。うん、ボクからは許諾を後で取ることにするとして、マニュアルに従い脱出に切り替えるべきかと思うのだが。どうかね?>
Aの言葉に続けて、みずきには聞こえない囁き声が遠くでぱちぱちと鳴った。恐らく他のコンタクター達だ。みずきは耳を澄ませて聞き耳を立てるが、内容は隠されていてわからない。
コンタクターには人間もいればAIもいると聞いているが、話し合いを行う様子から見て人間なのだろう。みずきはぼんやりとブラジル人を思い浮かべた。二極と呼ばれている榎本の担当はブラジル人で間違いないことだけ知っている。
陽気なのだろうか。拉致誘拐を自覚している人間となると、治安の関係もあり少し怖い容姿をしているイメージがわいた。
「……で?」
<ああ、その辺りは追々……とにかくみずき、キミはケアギビング・ポッドを探すべきでね>
「ケア、ギビングポッド? 元居たアレなら潰れたけど」
<新しいものを用意していてね、それを使うといい。あの時は外していたが、フラーレン合金の外構部分がとても頑丈でね。間近で対戦車ミサイルが当たらない限り、へこむ程度で済むだろうがね>
「……それはすごい」
逆に「ならば自分の努力と罪は無駄だったのかもしれない」と一瞬思う。すぐにAが明るい声色で続けた。
<間が悪かったのだがね。実際、キミのお陰でポッドの拿捕というアチラ方の目的を阻止出来て、こちらとしては『BJグループの研究資材放棄と殺処分』を免れたのでね>
「おい」
<いやいや、ボクではなく他の者の意見としてだね……そうなったときはキミだけでも逃がすつもりだったがね>
Aの最後の言い逃れが本心かどうかはともかくとして、みずきは一種諦めに近い感情を燃やす。
結局のところ、全て爆破してなかったことにするという乱暴な手段があるから問題ない、とでも思っているのだろう。彼らコンタクターとオーナーの根底には隠蔽気質が根深くついているのだ。長年AJ01——田岡という被験者を利用し続けていたことが立派な証拠だ。
田岡に至っては身体の管理をディンクロンやぷっとんが行っていて、接続先が分からず、暗中模索の中でフロキリという小さな手掛かりを元に潜入捜査していたという。拉致犯側は「自分たちさえ気付かれなければいいだろう」という犯罪者的な発想で五年も計画を続けていたのだ。
「バレなきゃなんでもいいのか、お前たち」
みずきは蔑みを混ぜて吐き捨てる。
<正直、計画自体はそうした発想だがね。念のため言っておくと、ボクと我々のオーナーは別意見でね>
「それは分かってる」
<ボクが優先すべきキミの意見を尊重するようになったのはオーナーの影響でね。今やキミのためならオーナーさえも否定できるようになった……だからこそ、今のボクの事実上のオーナーはキミでね>
Aの言葉にみずきは薄暗く笑った。
「なら、このまま被害者全員を死なせない方法、考えろ。マニュアルの撤退ルートもバレてるはずだ」
<ああ、その通りでね。イーラーイの裏を掻こうと思うのだが……>
「他のコンタクターは頼りにならない。だろう?」
語彙を強めてAに聞くと、小さく煮え切らない躊躇の返事が返って来た。みずきは彼らには全く期待していなかったが、現状を強く警戒する。
「マズい状況。助けは来ない。榎本たちをこのままここには置いておけない。逃げ方を失敗すれば全員殺される……ログアウトは?」
<手段の一つだが……BJ全員一斉に、となると厳しいと思われるがね。回線の長期切断は他のクルーを巻き込んでの計画全体の失敗に相当するのでね。その場合、キミが救ったHラインや他の被験体の安全まで含めて……ちょっと保障しかねるのでね>
みずきは無言のまま眉をしかめた。ソロや鈴音、ヴァーツの面々は何も知らないまま中にいる。今頃はHライン・ソロプレイヤーの集団を氷結晶城へ移動させるために頑張っているはずだ。まるで人質のような扱いに、ふと現状と照らし合わせてあることに気が付く。
「それは、日本人を使った計画の失敗だから、か?」
<そうだがね>
「……アメリカのイーラーイはBJを敵視してる。邪魔だからだ。逆に……イーラーイが守りたいモノはないのか? 邪魔なのは『優先したい被験者』がいるからだろう?」
<その通りでね。計画を何本か用意している中でも、アメリカのイーラーイがカンパニーとして出資しているものがあってだね。既にマイナス益が出ている。計画の方針転換で黒字に転換する腹積もりのようでね>
「なるほど」
ただ反撃するだけでも、攻め込んできた私兵を殺すだけでも足りない。兵を出すにも金がかかるものだ。みずきの幼い金銭感覚でも、高校生のアルバイト代を人数と時間で掛け算すると大きな出費になることが分かる。危険な仕事には手当てが付くらしいことを踏まえても、イーラーイ側は大赤字間違いなしだ。
「……それでも、どうしてもロンベルが邪魔だった……」
<ん? イーラーイの目的については、我らがオーナーが今探しているのでね。結果待ちでね>
「オーナー? 連絡がついたのか」
<それなんだがね……>
Aは言いよどむ。
<オーナーの方にもイーラーイは手を回していてね…カナダのHラインを守るのに全力を投じている。そう、うん、やはり罠だったのでね! 全面戦争まっしぐら、でね!>
「へえ。ふふふ、っふははは」
ややこしかった構図が整理されてきた。みずきは笑うしかない。
「孤立してるのか! っはは!」
<笑い事ではないがね>
「BJのオーナーとかいう奴、イーラーイにナメられたな。だから『潰せる相手』だと思われて、案の定リン
チされてる」
みずきは笑う。敵でも味方でもないプレイヤーが一転して牙をむく瞬間を、ガルドとして何度も見てきた。
だがガルドの周りにだまし討ちはない。ナメてくるプレイヤーが居なかったからだ。
「ふふっ、もっと怖い顔してないと」
<イーラーイは顔で尻込みするような人間ではないがね。第一向こうは企業なのでね>
「金か」
<財力と組織規模が段違いでね>
みずきは分かりやすいよう装備品のランクとギルドのサイズ感で考え直した。
自分たちBJは弱小ギルドで、なおかつ腹の中が知れない危ないプレイヤーが背中から襲ってくる可能性もあ
り、敵モンスターの正体は分からず、勝利条件は刻一刻と変化している。
今はやれることをするしかない。
「ん。イーラーイの裏を掻いて、この施設を脱出する。ログインを維持したまま……出来るか?」
<脱出はともかく、ログインの維持はボクらの専門分野でね>
ならば、とみずきは自分の腕を触る。怪我を隠すためテープの数を増やしながら、立ち上がってこめかみを触る。肩を抱く。
「分かった、任せた。コッチは任せろ。撹乱する……!」
みずきは目を見開き、歯を食いしばった。




