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416 攻城戦の下準備

 道の分からないみずきは、Aに足の動作を任せ、アームを椅子代わりにしたまま通路を疾走していた。裸のままだ。着るものは上の階とBJ用のフルダイブ部屋にあったらしいが、攻め込まれた今、布切れ一つ回収できずにいる。みずきは裸のまま下階に下がろうとしていた。

<そろそろバッテリー切れなのでね。エレベーターでパネルを付け替えるのでね>

「ああ」

<無限軌道は速度が遅いのでね。六輪タイヤのものへ変更しようかね>

 通路は真新しく、敷かれたばかりのコンクリート打ちっぱなしだ。Aのキャタピラ付きパネルがカーブのために減速するたび、綺麗なグレイに黒いブレーキ痕が尾を引く。みずきが想像したよりも道はうねっていて、建物が込み入った構造だと分かる。

「ここは?」

<普段は荷の搬入用でね。側面下部に磁石が見えるかね?>

 みずきは視界の端から端へ流れて行く景色をよく見ようとするが、磁石は分からなかった。

「みえない」

<それは残念だが、磁石はあるのでね>

「リニアみたいな?」

 電磁石を使って浮かせて走る乗り物を言えば、Aは<その通り!>と嬉しそうに返事をした。表情を出力するパーツが無いため、声色の上機嫌さで伺うことしか出来ない。

「応用できるかも」

<ん? 何にだね?>

「撃退」

 みずきは久しぶりのネットに繋がろうと意識する。PC本体やWEBブラウザが無くても今の自分ならばネットサーフィンぐらい出来るだろうと高をくくっていた。

 が、海の気配が無い。

「……A、ネット」

ネット()で捕まえるのかね?>

「違う、ネットワークのほう」

「ああ、オンラインのことかね? あいにく、この島は外部と繋がるネットがかなり限定されていてね」

 通信はローカルネットワークがほとんどで、ここでのみ生きる労務作業用アームと移動用パネルは万単位ある、とAが言った。今みずきが寄りかかって移動手段にしているAの腕と、その下に生えているキャタピラ付きパネルのことだろう。これが万単位あるだけで、銃などの武装は一切無いらしい。

「大破するまでつづける」

<大破?>

 みずきが概念的に想像した「ゾンビアタック」のイメージ情報に、Aは<ほう、なるほど>と反論なく頷いた。

<殺到させて行動不能になった躯体が道を塞ぐという、それなりに理にかなった対処法だ。方法は多くない。ボクらには他に武装がないため、それしかないのだがね>

「オーナーは?」

<簡単に通信の送受信が出来ていれば、ココが見つかりかねないのでね。基本、専用のアルゴリズムを持った暗号通信で『通信時間帯』にのみ短時間接続するルールでね。まだ数時間、連絡は取れないのでね>

「ふうん」

 みずきは生返事をしながら、拳を握ってはひらいて力の感触を確かめていた。牢獄フロキリとは違い、現実では落ちれば死に頭を打てば死に、転んだ時に手をつかなければ最悪死ぬ。まだ生ぬるい身体の節々を熱くしようと、関節の一つ一つを確かめていく。

「こっちのしょーり条件は?」

<安全性の確保。もしくは『イーラーイ』を拘束・排除するのでね。ああ、そちらは既に手を打っているのでね>

「え?」

<うん、こちらの話なのでね。今はとにかく、新手が途絶えるまでの持久戦でね。攻城戦をイメージするといいがね>

「ああ、それなら……」

 慣れている。みずきはぐっとこめかみに力を入れた。


 リアル攻城戦は既に始まっているが、どうやらみずき達が居たBJグループのフロアをしらみつぶしに探しているらしい『イーラーイ』は、しばらく上の階に留まるだろうと予測できた。その間にまずは裸を隠して保護するための服と、脳波コン接続用の持ち運び可能な高性能パソコンを探すことになった。

 建物内に一万基はあるというアームと自走パネルは全てローカルネットで繋がっている。だが通常の通信からは完全に独立しているため、みずきが操るには有線接続か「受け手側である向こうから無線操作を要請させる」しかない。Aの腕と足は無条件でみずきを受け入れたが、他の手足は正規のオーナー以外を拒む。伸びていない手は掴めない。

 そして、伸びた手を掴む側の命令をするみずきには、脳波コンで操作できるパソコンが必要だった。

「どこにある? もってこい」

<確かに、探し回るより早そうだがね。労務作業用部品……アームとパネルだがね、ボクには使用に距離制限があって遠くのものを持ってこられない。そういう時は台車を使うのでね>

「台車?」

<自走式の、文字通り荷を運ぶだけの車でね。欲しいものを載せたりするのは、積み込みを行なう地点のスタッフへ連絡を取ってやらせるのが常でね。台車自体にはA地点とB地点を移動する機能しか持たないのでね>

「スタッフは?」

<それがだね……先ほどの崩落で潰されたフロアの上……荒らされてしまったところにサーバー室があってだね……>

「はあ」

 思わずため息をつく。

<だがね、みずき>

「ん?」

<サーバー室の室内カメラは生きているのでね>

 言葉の直後に歪んだ視点へ、みずきは意識を素早く切り替えた。こめかみに付けられた簡易デバイス経由の、安っぽく小さな動画再生用の枠を感覚する。まるでニュースサイトの古い動画広告のような質だが、辛うじてそこが人間用に整備されたサーバー室たと分かる程度の解像度だった。

 そこそこ広く天井の低い部屋に、古っぽい肌色のサーバーラックがずらりと並んでいる。中身はケーブルで隠れてほとんど見えない。常人が一生で買う量を何十倍にもしたような大量のケーブルが、鬱蒼と茂る蔦のように広がっている。色はカラフルらしいが映像が荒く、みずきの視覚野には原色のモザイクだと伝わってきた。

「中は無事……ってことか」

<入口の通路、3-025-0044>

 上から映像がもう一枚被せられる。番号は通路の区画に振られた通し番号だ。詳細を見ようと顔を近づけるイメージをすると、みずきにも動画のデータが置かれている空間のラベルが見えた。

 通路側からサーバー室を見る構図の映像に、みずきはハッと息をのむ。

「……行けるかも?」

 確かに天井には穴が開き、大きながれきで廊下は埋まっている。だが目が粗い。タイヤ走行は無理だが、キャタピラや四足歩行ならある程度まで侵入できそうだ。そしてドアのある前は無傷だった。がれきも亀裂も障害物もない。

<室内を破損させる可能性があるため掘削は不可なのでね。ロボットでの侵入だが、3-024区画からは侵入が出来ない。023区画からになるが……>

 カメラが切り替わる。

<ここは小型ロボットか細身の人間でなければ通過が不可能だと判断できるのでね>

「了解」

 みずきは腕をまくろうとし、袖が無いことに気付く。

「その前に服」

<服の方が難易度高い場所にあるのだがね>

「は?」

 次に現れた静止画は、電気が落ち非常灯だけ灯った崩落事故現場のような通路だった。



 エレベーターを使い、03-010-0001と書かれた地下三階の末端まで降りてくる。既に廊下には天井から崩落したがれきが散乱し、地下二階の様子が見える穴まであった。エレベーターの向こう側、03-009までの風景とは全く違う。静止画で見たBJグループ用のフロアとも全く違う。

 途中の、人間が侵入できそうな部屋には片っ端から入った。必要な物資を裸のまま探る。何か腰に巻くタオルはないかと探すが、それより先に点滴用の冷蔵室を見つけた。中はまだ冷たく、A曰く「それは良い、そっちはダメ」といったように手に取ってよいものが限定されるらしい。

 TPNは緊急用。メインはエンテラルニュートリション。必要ならHPN。水分、血糖値に注意。とにかくこの数値では早急な補給が必要でね——などと小難しい説明を一蹴し、みずきは自分に使えるパックだけ手に取り部屋を後にする。

 途中に床へ転がっていた白いガムテープのようなものを拾い上げると、頭がグラリと揺れた。

「うっ……はぁ。せめて布だけでも……」

<ここは不織布以外持ち込み不可のエリアでね。想像するような布はないのでね>

 無言でドアを押さえる人造腕を軽く睨み、()()のロボットアームへ点滴用のパックを渡す。背中を向いて力を抜けば、()()()()()()がみずきを支えた。

 全て有線で直列に結び、みずきが操作している。背中の後ろに腕が数本並んで付いてくる感覚。もちろん違和感はあるが、不思議とすぐ慣れた。

 テキパキと動くロボットアームの一本がみずきの左手をガッチリ握り、素早くルートを確保される。背後で点滴のソフトパックを持つ専門の腕が、点滴の投与スピードを調整していた。

 アームたちへ既に搭載されていた「点滴交換」モジュールのスタートボタンを押しただけなのだが、腕たちは慣れた手つきでみずきの左腕に栄養剤の点滴を装着した。普段からこうされているかのようなスムーズさだ。その間に空いた右手と口を使って、みずきは医療用の白いテープを数枚千切った。

 乳房の頂点を重点的に隠すよう、一枚ずつテープを張る。

「よし」

 満足げに頷いてから、みずきは続けて下半身の局部を隠すように、しかし股関節の動きを邪魔しない様に気をつけつつテープを貼った。右手だけでは貼りにくいが、この部分だけは人造の腕に任せたくない。

「ぐぐぐ」

 軋む肩を必死に下へ回し、頑丈に何重にも重ねて貼った。安心感が急に上がる。まだ余ってるテープはロボットアームを二本使って隠したい胸元をぐるぐる巻く。さらに残った部分を使って下半身をホットパンツのように覆ったところでテープが切れた。

「ふう」

<さぁ、急ごうかね。サーバー室まであと少しなのでね>

 焦れた様子のアームの操作権にAが割り込んできた。勝手に背もたれの腕がみずきの下半身を抱え、タイヤ式の自走パネルに乗り換えた新参のアームを二つ、両腕のように向かい合わせてみずきを挟む。自動でジョイントした三枚のパネルの上で、まるで魔王の玉座のような悪趣味さの椅子が完成した。みずきは気恥ずかしさに頭を掻きつつ、仕方なく腕三本の椅子に腰かけた。

 小綺麗なコンクリートの廊下をキュルキュルと言いながら、小さなタイヤがたくさんついたパネルが走り出す。

「敵の動きは?」

<不気味なほど動きが無いのでね。いや、リアルでは色々探し回ってるようだがね。こちらのネットワークに入れないのだろう。物理的に無理なのでね>

「だからリアルで探してるんじゃ……」

<フム、なるほど。ポートを手探りで。ん? あの巨体でかね?>

「巨体?」

<ああ、報告によれば『ラブをエルキャック(LCAC)で運び、建物内にそのまま侵攻した』とかでね>

 単語が分かりにくいが、みずきは一つピンときたものを口にする。

「ラブ……LAV?」

<む。ボクはその手のことには詳しくないのでね。知識を得る暇もなくてだね……>

「LAV、ああ、ストライカーか」

 古い記憶をみずきは必死に掘り返す。

 脳波コンを入れる前の、小学校高学年のことだ。良くないこととは知りつつも、みずきは十八歳以下を禁止した類の、いわゆる「戦争をモチーフにしたリアリティ追求型ファーストパーソンシューティング」をプレイしていた。その頃から無口で会話無精だったため、コミュニケーション不要なシングル向けのものばかり選んでいた。

 その中でも一際ハードな、冷戦がキューバ危機から枝分かれし核戦争が開戦した場合、などという架空の戦争真っ只中をモチーフにしたゲームの、とある大型輸送装備にあった名前だったと思い出す。LAVやストライカーという名前で、アメリカの国旗とセットになっていた記憶があった。

 じんわり懐かしむ。プレイヤーの所属によって、奪取する時間が変化する設定になっていた。みずきはもちろん日本軍設定でプレイしたが、アメリカとは同盟国だったため鹵獲時間は中程度だった。

「LCACは多分海のやつ。ストライカーを載せて上陸できるだけの。空はもっと名前が……Cなんとかとか付くから」

<海? ああ、ホバークラフトの可能性が高いかもしれないがね>

「ホバー、クラフト……エアクッションか」

<うーん、多分そうだと思うがね>

 頼りにならないAに代わり、みずきは椅子へ深く腰掛けぐるぐると頭の中でイメージした。

「LAVにしろストライカーにしろ名前の違いだけ。タイヤがいくつか付いてるゴツい車。確か歩兵が三人は要る。で、何台?」

<一台>

「なら最低三人、多くて……十人くらい。それ以上は乗れないはず」

 そしてその全員が武装しているとし、火力も室内を占拠するのが目的だとすると小回りの利くものを持参しているとして、するとこちらの一万の腕とタイヤ・無限軌道式の足だけでも十分勝機はある。地雷や大きな重機関銃に警戒すれば、こちらが競り負けて全滅する可能性は低いだろう。

<みずき、あまり無茶はいけないのでね。他の五名は二桁超えの多重フロア装甲で安全が確保されているのでね。エレベーターはもう電源を遮断してきた。壁を砕くしか侵攻方法はない。よって、キミとボクとで時間を稼げれば……>

「いいや。数フロアだとしても、下まで入り込まれたら厄介」

<うぐ……でも、だが、オーナーが来れば対処可能なのでね>

「オーナーの足とイーラーイ兵の足、どっちが早い?」

 みずきが聞き返すと、Aはしばらく無言の後、<測定しなければ不明ではないのかね?>と真面目に答えた。


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