410 ダンス・ウィズ・ボマー
<エンタメ? コミュニティ? 上位オーナーがAのオーナーなのか? コミュニティは下位オーナーのグループなのか?>
Aから届いた報告文のような文字チャットを読みながら、感想にしてはキツイ物言いでガルドは用件だけ返事をした。だがAからの口語の返事はない。
忙しいのだろう。ガルドも正直、今はそれどころではない。オートマタ・ベビー飛行種は人形のような赤ん坊の顔をカタカタと揺らし、口元を箱のように出し入れしながら笑っている。空に浮かぶ小島は小さく位置取りには不便で、しかしプレイヤーが三人いる状態は幸か不幸か丁度良い密集具合だった。
「スタン効いてるねぇ。十……二?」
「十二秒だな。把握。いくぞ相棒! 消耗品は惜しまず使う!」
「オレもアイテム上限マックスまでボム入れてきたから。後ろから応援しつつ、ってね」
「あれ、どうしたタンク。盾は?」
「アハ、なんか装備外れてた。アイテムは補充出来たから助かったよ。今? 爆弾で凌いでる」
「なんだって!?」
榎本が叫んでいる。
「うるさい」
「冷静だなぁガルドさんってば。見習ったら? 榎本さん」
「うっせぇ! やっぱ地雷じゃねーか! 戦力にカウント出来るか!? ただの爆弾魔だぞ!」
「自分でも思うけどねぇ、外れてたもんは外れてたんだからしょうがないよねえ。あっはっは」
「笑ってないで防御上げとけよ……せめて防石ないのか?」
「あるけど今じゃない。大丈夫だ問題ない」
「自分の身は自分で守れよ。足りなくなったら渡してやるから八割切ったら使え」
「ういすー」
榎本とジョーが話している間に、ガルドは何撃かベビー飛行種と真っ向ぶつかりあっている。羽で巻き起こす風スキルを、180度回転しながら剣を回し斬りするスキル・ワンエイティで弾く。反動で動けないベビーへ上から袈裟斬りに通常攻撃。続けて小さく軽い通常攻撃を連続で横方向に数回往復。
「ダメスタン、飛ばないやつの時は四秒だったよ」
「四? わかった」
「投げるよー、せーのっ!」
ジョーの渋く心地よい声が、敵を挟んだ対角線上から響く。榎本も向こう側でスキル動作に入った。ガルドも同じく四秒で出来ることを考え、万全を期して四秒未満三秒以上のスキル・タックルからのコンボを選んだ。右肩をせり出し敵へ突っ込み、連続ヒットが上手くいけばそのまま大振り横薙ぎ払いが続けられる。
掛け声で予想したタイミングに合わせ、ジョーが投げたダメージ加算型のスタングレネードが飛んできた。電撃が地面を走るがガルドと榎本には効果が無い。爆発するだけのハンドグレネード系とは違い、値の張るスタングレネードは「モンスターにしか効果が無い」というルール付けがされている。巻き込まれを心配しなくて良いのは安心だ。
「っし」
「よし」
榎本がハンマーで上から殴りかかっている。兜割りだ。のけぞりでベビーが行動を止めるが、タイミング的にもそろそろ大技がくるだろうとガルドはコンボを途中で止めた。榎本もほぼ同時にハンマーの柄先を握って後ろへ振りかぶりバックステップしている。
「ギギギ」
「お、鳴いた」
「えーっと、この鳴き声確か、上から来るガード不可のやつだったかなぁ」
「っしゃ! 上だな!」
榎本が気合を入れる。ガルドは無言でベビーの上半身を見た。顔全体がぼんやりと光り、勢いをつけて上から地面へビームを発射しようとしている。タイミングを見てガルドは素早く見切りの信号を叩きこんだ。
「よっ」
青白い残光を残して身体が加速し、攻撃をすり抜け左側へ移動する。初見で見切りが成功したのはジョーの「上から」という助言のお陰だ。奥で榎本が「ナイスジョー!」と称賛を送っている。
「へへへ。あとは確か、この後しばらく通常攻撃続くはず。回復は要らなそうだね。ヘイトは?」
ガルドに顔を向けているジョーへ、ガルドは手でジェスチャーしつつ指示をs出した。
「ジョーはそのまま慎重に位置取って下がってて」
「はいよー」
「状態異常効くと思うか? なら毒重ねるぞ」
「無理しなくてもいい、が、行けるなら」
「それより榎本さんはチャージで大のを入れればいいんじゃない?」
「もう一人前衛いればチャージする余裕もあるんだけどよ……」
「愚痴ってる余裕あるー? ピンチでも良いとこ見せてよ、GEコンビ。ほら、そろそろ広範囲来る」
「おっと。ガルド、寄るぞ」
パリィガードするガルドに漁夫の利しようと、対角線側に居た榎本がガルドのそばまで回り込んでくる。一歩前に出てベビーの広範囲攻撃をパリィしようと、ガルドは大剣を鋭く構えた。
「すぐにか?」
「だな」
言葉少なに尋ねると、榎本は真後ろに近い場所から返事をした。ハンマーを構えて軽いチャージをする収束音が聞こえ、ガルドはタイミングを合わせてパリィに入った。ベビー飛行種の攻撃を強引に弾いて時間調整し、榎本のチャージがキリ良く三段階目まで伸びるよう時間を稼ぐ。
「行くぜ」
「ああ」
大剣でベビーの攻撃を正面から受け、横へ弾いてひっくり返した。
まだ榎本のハンマーは二回しか音を立てていない。ベビーが起き上がる。反撃のモーションは何度か見た大振りかぶりからの下方向叩きつけで、榎本は静かに手首をひねって三回目の音と同時にスキルを放った。
敵の反撃は通常攻撃で、榎本の攻撃はスキルだ。真っ向からぶつかるとスキルの方が強く、ベビーの叩きつけを飲み込み圧倒する。
「ぐ、長期戦だなこりゃあ」
榎本が笑みを強めながら言った。殴った感覚でどれほど削れたか分かる榎本が「長期戦」と言うのであれば、先ほどのスキルで一割も削れなかったということだろう。ガルドは頷いて向かい側に居るジョーに目配せし、コンボを繋げるため通常攻撃を三回連続で繰り出すイメージを放った。
斬る。叩く。子どもが鳴く。
「この声ヤダなぁ」
ジョーの嫌そうな声にガルドは頷いた。ダークファンタジーにも方向性があるものだが、ベビーシリーズは恐らくホラーに近いジャンルのゲームタイトルから持ってきたのだろう。シビアでリアルだが明るい雰囲気のフロキリにはあまり馴染んでいない。今までのイレギュラーエネミーは全体的にZ指定のホラー要素が強く、未成年のガルドにはほとんど初体験の目新しさがあった。
泣き叫ぶベビーフェイスの巨大人形を尻目に、榎本はのんびりとした口調でジョーに話しかける。
「ジョーは子どもいんのか」
「建前上は。養育費の援助さ」
「あしながおじさんか。いいな、減税にもなるし」
ベビーの骨盤目掛けてガルドは横凪ぎからの回転切りを放つ。ベビーが羽をばたつかせた。
「来る。バック」
気がそぞろになっている榎本とジョーへバックステップを指示し、加えてガルドは素朴な疑問を投げた。
「……芦名がどうした?」
「いや脚長……お、またジェネギャ案件か?」
「じぇねがー?」
「おーっと、落ちてくるぞ。もーちょい下がれ下がれ」
榎本が失言に気付き、咄嗟にベビー飛行種の高度急上昇急降下攻撃へ意識を向けて話を逸らした。
<榎本>
<わあってるって。いやな、ちょっと気い抜いてた。ジョーは良いバイプレイヤーだぜ>
<……確かにジョーは上手い。助かってる>
<それな。二人の時のあの苦労はなんだったんだってなる。遠距離は最悪居なくてもいいから、とにかく補助だ。補助一人入るだけで俺らはこんなに上手く動けるんだぜ?>
<学びを得た>
一瞬の間で榎本とそうやりとりし、下がってやり過ごした急降下攻撃の隙を見計らって攻撃を仕掛ける。そろそろベビーの反動・のけぞりが解除されるだろうという絶妙なタイミングに、ジョーがすぽんと気持ちの良いスローインをして見せた。一瞬の後、激しいスパークがベビーの動きを止める。
「ナイス」
「ラッシュ!」
どんどん斬る。どんどん叩く。動きの止まった的をタコ殴りにし、ゲージが減っていく感覚に酔いしれる。
「っは、いいねいいねぇ! すごい迫力ー!」
「観戦客かよ」
「ワールドカップの時でさえオンラインで見てたオレだけど、やっぱり生は違うねぇ」
「ココだって仮想空間だぞ」
「こうやって会話できる。試合会場で見てもサッカー選手としゃべれるわけじゃないよ」
ガルドは榎本が通常攻撃の長いコンボに入ろうとする気配を感じ取り、入れ替わるようにしてスキルの動作に入った。あらかじめセットしてきたツリーのスタート動作をイメージすると、脳波コンの補助が働きアバターボディがある程度スキルらしい動きに自動で誘導されていく。
「きっと、一歩後ろからでも戦線に立ってるからだと思う」
大剣を溜め気味に右へ左へと十字に斬るスキルを使い、派手な炎のエフェクトを流しながらガルドは続けた。
「ジョーのお陰でコンボがよく伸びる。助かってる」
「そうだぞ。客より選手の方が楽しいに決まってるだろ? 通常ボムも混ぜていいぞ」
「えっ」
スタングレネードばかり扱っていたジョーが驚いている。すぐ隣にいた榎本が少しずつ位置を変え、ガルドから離れながら続けた。
「なめんなよ? そういうのは慣れてるんでな」
「いやいや絶対巻き込むよ。爆破からのフルガードばっかりだったし……」
「盾無くてもタイミングが分かればいけるだろ? 分かった、アドバイスな。おおよそコイツの仕草は分かって来たところだ」
胸を張る榎本にガルドは笑みとアイコンタクトで返事をした。オートマタ・ベビー飛行種の攻撃パターンは単純で浅かった。ただHPだけがべらぼうに多く、コンボでダメージ量を底上げして初めて難易度が中程度まで下がってくる。
ガルドと榎本はパターンを読む経験が多く、対人戦闘よりも大型の敵でシンプルなパターンが得意分野であった。
「次に『カツカツカタカタ』って鳴いたら、その後に横に膨らむのが八割。二割の確率で何もしない。そん時はスルーな。横に膨れたら投げろ。ちょい上っぽく」
「え? ちょっと待ってもう一回」
「膨れたら弧を描くようにスローイン」
「最初の! カツ? カツカツってずっといってるし、変わりないじゃないか」
「カツカツカタカタ。他のはカツカツ」
「まさかボイスの違い聞き分けてるの!?」
「当たり前だろ」
ガルドも榎本同様、ベビー飛行種特有の動作で一番分かりやすい声色だと思っていた。鳴き声と呼ぶには無機質な音だが音色が違う。プラスチックの箱をうるさく振り回したようなカタカタという音が、歯を立てて威嚇する音の直後に鳴る。その後の動作に関しては、榎本と違う意見を持っている。ガルドは剣を構え直してから意見を述べた。
「二割はなにもしなくはない。ヘイトの量をランダムで下方修正してる」
「だ、マジか!?」
「ヘイトの下方修正? よく気付いたね、ガルドさん」
「ん、さっき反転した」
「あ~、だからさっきお前の方行ったのか~くそ~」
「フ」
榎本の悔しそうな声がする。胸がすく気分だ。ガルドは誇らしさと喜びに包まれながら、溜め斬りでベビーの横っ腹を叩き斬った。
カタカタとベビーが鳴いた。続けて肩をわずかに上へ上げる。わずかにだが、光のグラフィックが角度で計算されるゲーム内では色味まで変化するため分かりやすい。
ガルドはすかさずジョーへモーションアイコンのメッセージを送った。耳に手を当てるキャラクターが描かれている。外国語圏では「なんて言った?」という煽りに使われるが、日本では「よく聞け」「音を聞け」という意味でも通じるアイコンだ。
ジョーが真面目な顔で静止した。耳を澄ませている。
「……わっかんないよ!」
そう嫌そうに叫びつつも、既にジョーは動いていた。携帯アイテム袋を引いて呼び出したドラムロールアイコンからハンドグレネード(特大)を取り出し、点灯するランプを確認して爆破のタイミングを図っている。
そして下から上へむけてひょいと投げた。
安全さを取るならば、このタイミングで距離を空けて爆破のフレンドリファイアを避けなければならない。だがガルドと榎本はそのまま通常攻撃のコンボを続けた。
爆発が起こる。
「行くぜガルド! 俺が先な!」
気分が良かったガルドは、すんなりと榎本へ先を譲った。無言のまま爆風を見切りで避け、わざと再動作を遅らせ回避時間を長くする。榎本はその間にハンマーを振り上げスキルの動作に入っていた。黒と紫がまじりあう宇宙色のエフェクトが、ブンと爽快な音を立てて光り出す。
ベビーはまだ炎に飲まれていて動けない。
「うらあっ!」
野球のバットより重そうにフルスイングし、そのまま榎本はぐるぐると回転を始めた。榎本が愛用している360度ヒットが特徴のスキル「プルートウ」だ。その後は、範囲が狭いが高威力で多コンボが特徴のスキル「破砕連打」からの軽スキル「兜割り」で姿勢を戻し、通常攻撃を挟んだ後にもう一つ別のスキルを使って終わり、といったところだろう。
ガルドは相棒の動作を三つ先まで予測しながら、青白く発光したままの身体で剣を袈裟斬りに振るった。
ジョーが叫ぶ。
「ベビーの動作、復活したら一発投げるぞー!」
「分かった」
「ボムでいい? 避けれる!?」
「見切りはあと二十秒使えない。ベビーの怯みは十五秒」
「え、じゃあスタグレ……」
「でもいい、気にするな。自力で避ける」
「そう? じゃあ遠慮なく」
ジョーはハンドグレネードを装備したまま位置を移動した。回り込むようにベビーの背後を取る。
「榎本、次の次、来い」
「任せた! 切るなよ?」
「ああ」
次の次はスキルの切れ目を意味している。次の次、つまり兜割りの後のことだ。ガルドがしようと思っているパリィでのガードも通じているだろう。
切るなと言い含められたのはコンボのことだ。余白の時間を短くしてダメージを稼げと榎本はガルドに釘を刺している。端的だが通じる。ガルドが思う友情だ。毎日コツコツコミュニケーションを取って三年分の厚みを持つ友情が、そのまま非言語の対話になっている。
「ガルドさん。コンボ、次の次がピーク? そん時投げるよ」
「頼む、ジョー」
「いいねぇ、ナイスフォロ!」
榎本が笑っている。つられてガルドも、武者震いにぶるりと震えて笑った。
ジョーはよく分かっている。
「……野良時代を思い出す」
「良い感じの野良専でしょ? オレ」
「ああ」
「やった、ガルドさんに優良認定もらっちゃった」
気合の入ったジョーがこなれた様子でスライディングし、ガルドの背後に回って隠れる。タイミングも絶妙だ。守るように前へ出て大雑把なパリィガードで一撃防ぎ、その間に反対側で攻撃し続けている榎本がダウンを狙って兜割りを決めている。
「最高潮!」
ジョーがガルドの影から飛び出て走り出した。
追い越し車線から飛び出たスポーツカーのような加速でベビーを追い越し、榎本の側に駆け寄っていく。
榎本がハンマーを降ろした状態から体制を直す数秒に、コンボは途切れてしまうだろう。普段の二人プレイであれば、多少無理して剣を握り直しガルドがフォローアップする場面だ。
しかし今日はジョーがいる。
「……ボマー、いいな」
ふと、耳の奥で「ひどいッスー!」と幻聴が聞こえた。ガルドは別のサポート系プレイヤー・ボートウィグにも世話になっている。遠距離の魔法職で、パリィで助太刀ガードしなくとも遠くの安全圏から攻撃できる優秀な鈴音の構成員だ。だが瞬間火力が弱く、チャージの時間を考えるとコスパが悪い。
そして何より、この助太刀パリィが必要な楯無しボマーは、ガルドの「誰かを庇って手助けしたい欲求」を満たしてくれた。
「GEコンビの背中、おっきいなぁ」
ジョーが榎本の背中に隠れながら機を狙っている。ガルドは目を細めて笑みを強くした。




