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407 ファースト・パーソン

 FPSが軍人の育成に使用されている、という噂を久仁子はしみじみと思い返していた。

「ファーストパーソンシューティングとはよく言ったものですの」

「狙うことに関しては神がかってるわよぉ、この子たち」

「完成された反射神経と判断力に筋肉を装着させればすぐ軍事転用出来る、と? あくどさマックスですの」

「大変だったのよ? インドアボーイに筋肉の素晴らしさを吹き込むの」

「ヒドイ……ゲーマーになんてことを……」

「自分でもそう思うワァ! はっは!」

「悪魔の引き笑いですの」

 久仁子はとうとう防護スーツ無しで建物に侵入してしまった。婆やには怒られたが、列の一番最後尾を大勢の明平に囲まれて進む様子にやっと許可がおりた。久仁子は隣を歩くベルベットを無視し、右と左と背後と前を固める四人をちらりと見る。全身カラフルでド派手だ。

 手に持っている武器は銃に見える形をしているが、グリーンランドでも見た非殺傷兵器だ。中型のバッテリーからコード経由で電源を取っているため、セットで全員バックパックを背負っている。マイクロ波を照射するタイプと、電気そのものをワイヤーと針で発射するテーザーガンとで半々だ。こめかみからケーブルが出ている若者は半数ほどいる。彼らは全員有線で四足歩行ロボットを操作し、その上で視線を忙しく周囲の警戒に動かしていた。機械仕掛けの金属とモーターが駆動するけたたましい音が響いている。

「犯罪の片棒担ぐようなことを……」

「逆よ~。え、ていうか~、阿国ちゃんコッチのこともしかしてまだ犯罪者だと思ってるの~?」

「思ってますの。蓋を開けてみて今こうして協力的でも、その前に大声で犯罪の存在を公にすることが出来たはずですの。そういうの、殺人ほう助って言いますの」

「い、言いませんの……」

「いいえ、言いますの。少なくともガルド様のお耳に入らないまま現状こうなら、それは悪ですの。ワタクシにとって世間の犯罪の線など他人事ですの。ワタクシが良いと思う結果にならない思考は悪ありき!」

「法律無視? 阿国ちゃんってば自尊心パワー全開じゃないのよ」

「貴女は悪くないかもしれませんが、ガルド様の苦痛と困惑を解消できなかった時点で罪ありき!」

「今助けようとしてるのに?」

「ええ。無論ワタクシも罪人ですの。ガルド様が『許す』とおっしゃる日まで、外に居るニンゲン全員罰を受けるべきですの」

「……ガルドちゃんが居ない世界に居続ける、という『罰』かしらん?」

「ええ」

 久仁子は胸を張った。コートをはねのけるように足を延ばし、ヒールをかつんと音立て歩く。湖にほど近い放棄された研究施設は湿気が酷く、コンクリートの床は苔色に汚れていた。たまに現れる汚い水たまりも躊躇せず進む。

 ガルドがあちらに留まるというのならば、久仁子にとってこちら側の汚れは全く無視できた。どれだけ汚れてもこちらの久仁子に価値はない。阿国に戻る日が待ち遠しい。だがガルドがガルドを続けるのかどうか聞く日まで、まだ踏ん張っている。

「状況は切羽詰まってるけど、阿国ちゃん一人がそんなに思いつめなくてもいいのよ?一緒に頑張りましょ?」

「……一緒に?」

 足を止める。ベルベット配下の青年たちは、FPSプレイヤーらしく四足歩行ロボットに意味のない足踏みや方向転換をさせながら止まった。

「確かに今一番奴らのことに詳しいのはベルベットですの。善悪別にして情報は大事。でも全てを明かすつもりはありませんのね?」

「教授にはそうだけどぉ、阿国ちゃんは要検討ってトコかしら。こちら側ですものねぇ」

 腰だめに構えたテーザーガンで周囲を指し示しながら、ベルベットがヘルメットの中でにっこりと笑った。語尾が激しくくねる。こちら側とは「ゲーマー側」を意味していると理解し、久仁子は目を細めた。

「プレイヤーかそうでないかに差を作るなんて、フラットなギルドを掲げたベルベットらしからぬ段差ですの」

「たー! 痛、いたた」

 ベルベットはサバゲー装備のような男らしい黒のグローブをはめた手で脇腹をおさえ、わざとらしく身をよじった。周囲はシンと静まり返っており、青年たちは船の上とは一転して大真面目に無言のまま無視している。

 久仁子はハンと鼻で笑った。

「で? それも契約ですの?」

「ははぁー。頭がいいわね、阿国ちゃん」

 それでは答えを言っているようなものだ。久仁子はコートを翻して再度進み始める。

<教授、コイツを信頼しすぎない方が良いですの。そもそも教授も怪しいですものね>

<今忙しい。小言は後にしたまえ>

<は? 全く、親切な忠告も糠に釘ですの!? 確かにワタクシ達ってば信頼とかカラッキシの寄せ集めですものね! あーやだやだ!>

 通信先の男も隣を歩く元男も、久仁子の見てきた「財力目当てのカボチャ」と同じなのだ。利用されている。ならば、と久仁子は眉を吊り上げた。

「なら、こっちも利用し尽くすだけですの。貴女がガルドに何らかの利益をもたらすとは確信しておりますの。ならば罪を償う機運がある……自覚ある罪人ですの。ならワタクシ、貴女との共生関係を許可します」

「有難きお言葉~! ね、みんな! これで日本政界へのパイプが太くなったわよォ!」

「ちょっと! お父様の威光を利用しようとは良い度胸ですの!」

「お、おおお! あの巨大商社の! うおお!」

 偏光ゴーグルをつけた一人の青年がぶんぶん激しく頭を振って頷く。他の青年たちは興味のない様子で声ーつ上げず、飛んできたドローンをガンスコープ越しに観察していた。



 久仁子がベルベットに言われるがまま突入した建物は、土地所有権がゴタゴタしている先住民地区を利用した空白地にある。湖からしか入れない、完全に孤立した島のような半島だ。岩だらけで人も車も通れない接続地点があるらしいが、ベルベットは「そっちが正式な入り口。もちろん地下よ」と笑っていた。

<どうだ>

 久仁子もベルベットも口をあんぐりと開けたまま、自分たちの真上を飛ぶドローンを見送っている。

<どうだ、と聞いている>

 何が起こったのか分からないまま、周囲の青年たちが一人また一人と警戒を解いた。構えるガンがゆっくり降ろされていく。二機通り過ぎ、奥からまた四機飛んできたが、全機人間を完全に無視している。

「どういう仕組み?」

<結果はどうだと聞いているっ!>

「<わ、教授!?>」

 やっと話しかけてくる教授の声を意識し、久仁子は飛び上がって驚いた。

<カメラで人間を認識するなどオフラインで即座に内部処理するものだ。こちらからどうこう出来るものではない。だから起点となる座標の基礎データを改ざんした>

<それだけ?>

<それだけとはなんだ。この短時間にしては良い仕事をしたぞ。現地はどうなっている? 終始オンラインで動いているわけではないからな。一度メンテナンスにピットへ戻るよう指示をかけ、一斉にソフトウェアアップデートを掛けたらすぐ気付かれるだろうから一体ずつ微妙にデータを変えた。そこは自動生成だが。カメラの画像を見て動いているが、現在地を『湖の中』だと受け取っている。奴らはアレだな。リアルタイムで動作する飛行ルートの生成と対侵入者用プログラムのトリガーの順番が間違っていたな。水中は魚やら船やらゴミやらが動く。確かに人間かそれ以外かを判断させるにはそれなりに処理が必要だが……いくらなんでも子供でも組めるだろう、それくらい。遅れている。計画の端とはいえ運動活動家にしてはふがいないの一言だ。期待外れ甚だしい>

<教授ぅ?>

 人のことを考えず言いたいことを言う白亜教授を制するように、久仁子は名前を低い声で叩きつけた。脳波コンで意図的に増幅処理され、教授の耳たぶを引っ張るようなイメージとともに送信される。

<……それで、どう見える?>

 久仁子は飛んでいくドローンが壁にぶつかる寸前方向転換するのを見た。他の機体を見ていると、必ず右回りに壁を滑り、おのずと左側通行のように進路が定まっていく。

<基本的な『直進』と『障害物があったら右回り』ですの>

<よし、いや、時間制限はある。いいか、ランダム生成だが分かりやすすぎる巡回ルートになった。分かる者が見れば一発だ。龍田>

<有人での巡回監視は週一より少ないわよぉ>

<ほう、流石に詳しいな。だとしても三時間を目途にしろ。時間がなかったのでな。ドローンが充電目的でピットに戻ることを考慮していない。充電装置に座標のリフレッシュがルーティーンとして組まれているかどうか、こちらでは確認できない。されたら計画は御破算だな>

<二時間で戻りますの>

 久仁子は笑う。案内役もいてドローンも無効化され、状況はグリーンランド突入時と比べ物にならない程楽だ。鼻歌も歌える程度に気楽になってきた。

「行きましょ。彼らのログアウトをガルドちゃんも望んでるわ」

 ベルベットがレールガンを構え直し、建物を奥へと進んでいく。

「……ガルド様」

 久仁子はこっそりと、脳波コンに繋いだ線をコートの内ポケットに仕舞った機械へ接続した。

 大きな鉄の扉を過ぎ、階段を一つ下がり、突然切り替わった構造に足を止めたところで斥候から「この先だ」と報告があった。

「なんですの、ここ。まるでホラーものの病院ですの」

「病院よ。昔使われていた、ね。今までの建物は単なる覆いだったのよ」

「なるほど、隠してましたの」

 通路はざらざらとして埃っぽいが、コンクリートから一転してリノリウム仕立てになった。つま先でこすると汚れがすぐに取れる。本来は白かったらしい。

 地下に入ってからさらに暗くなった室内を照らすランタンの明かりが影をくっきりと浮かばせている。ざりざりと粉っぽい足音に変わった行軍を照らしている。時折教授の工作で人間を無視するようになったドローンが頭上を通り過ぎるが、そのたびに久仁子は肩をびくりと震わせた。

「怖いの?」

「うっさい! ワタクシ狩りゲー以外やりませんの!」

「ホラゲも面白いわよ~? ガンナーなんだから操作性に違和感もないし」

「撃って良いのは撃たれる覚悟のあるものだけですの! 幽霊に攻撃されたくなんてありませんの! ひっ、今なにか動きませんでした!?」

「大丈夫だよオクニン」

「あの角までは確認済みだから」

 右脇をガードする青年が笑い、左脇をガードする青年が真面目に道の先を指さした。いつの間にかヘルメットに大きなカメラを付けていて、脳波コンでカメラの映像を見て歩いているらしい。

「真っ暗で道の奥の角なんて見えませんの」

「誰か、ポキッっとして投げて~」

りょ(了解)

 先を歩いていた四本足ロボット連れの青年が、懐から使い捨てサイリウムを取り出して折り曲げ投げた。暗視の青年が言う通り、確かに通路の突き当りは角になっている。シュウ酸ジフェニル特有の蛍光が青白く通路を照らした。

「ケミカルライトってちゃんと呼んでよ、たっちゃん」

「いいじゃない。ポキッとで伝わるんだから」

「え、これってサイリウムではありませんの?」

「サイリウム? アレってライブで振るやつでしょ? スイッチで色変わる、太くて持ち手の付いてるやつ」

 久仁子は無言で俯く。

「あっは! 大丈夫よ阿国ちゃあん! 同じ同じ!」

「ちょっと。ワタクシをババアとか呼んだらブン殴りますの」

「えへへ」

 ベルベットが嬉しそうに笑う。若者たちは警戒を解いていないが、グリーンランドで見た現役軍人とは違う緊迫感だ。慣れ親しんだクエスト前のガルドに似た、興奮のにじみ出る闘牛士のような気配がする。

 久仁子は知っていた。ガルドは若者達より少し若く、そしてFPSゲームの経験者だ。共通点が多い。

「若いって凄いですの」

「おばさんみたいなこと言わないの」

「あー! ババア呼びは大罪ですのー!」

「アン、みたいなってつけたじゃなーい」

 ベルベットが久仁子をからかう。久仁子は全身で憤慨を表現しながら歩いた。

 周りが警戒してくれているから、というのもあった。久仁子は危険のない廊下をウインドウショッピングのような手軽さで歩く。気心が知れているわけではないが、長い間お互い観察対象だった人間だ。どの程度本来の我を出していいか分かる。

 なんだかんだと文句を言いつつ、久仁子は楽しかったのだ。浮かれていた。油断が久仁子の判断力を鈍らせる。

 瞬間、突然曲がり角の左側から突然鋭いモーター音が響いた。ベルベットが突然久仁子の前へ飛び出し、ガタイの良い背中と肩で突き飛ばされた。

「へ?」

 尻もちをついて何が起こったのか分からないまま、久仁子は周囲の怒号と轟音、電磁の鋭い駆動音が嵐のように響くの聞いた。


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