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406 クルーザー珍道中

 ベルベットが手配した中型の高速艇は、意外にも白を基調とした一般的な高速艇であった。ハードトップと呼ばれる天井が日陰を生むが、全体的にはスポーティな流線形を描いている。ラグジュアリーとは正反対のデザインコンセプトだ。素早く海を駆け抜け、居住区画もシンプルに寝るだけのもの。久仁子が所有するクルーザーに比べると質素が過ぎる。

 本人の装いが頭の先からつま先まで絢爛豪華だが、装備品に関してはそういえば実用性重視だったと内心納得する。久仁子の知る「ベルベット」は装備の色合いやトータルコーディネートより機能を重視する人物だった。

 久仁子は接岸したクルーザーに湖畔の船着き場から階段伝いに乗船する。

「お手をどうぞ」

「けっっっこうですのっ!」

「おや」

 久仁子は手を伸ばした男の顔と身体を見た瞬間、反射的に強く手をはたいた。胸を張って一人でずんずん船に乗る。

「自立していて素敵なお姫様を連れて来たね、お龍」

「でしょう? 阿国ちゃんっていうの。ゲストだけど、頼りになる子よ」

「久・仁・子! 久仁子ですの!」

「どっちだっていいじゃな~い」

 毛皮のコートを摘まみ上げながら階段を登るベルベットは、龍田という本名から筋肉質な男たちに「お龍」と呼ばれているようだった。侍らせているという噂とは違い、フランクで友情めいた間柄に見える。

「ボーイズ、出航よ。この前の説明通りに」

「アイアイ、キャプテン!」

「イエーイ!」

 ベルベットの指示にバラバラと手を掲げて海の男を真似る男たちは、指示に従うというより大学のサークルに在籍する酒好きの若者のような態度で返事をした。

「やぁん、良いわね! 海賊みたい」

「どこが?」

「マリンボーダーのバンダナ、全員分買っちゃおうかしら。きっと可愛いわ」

「だから、安直で陳腐で全然海賊っぽくありませんの。そもそも緊張感とかありませんの? 遊びじゃありませんの」

 婆やが横で朗らかに笑っているが、久仁子は「もちろんワタクシだって真面目よ、ばあや!」と念を押す。

「メガヨット程ではないにしても、クルーザーを一隻借りる費用はかなりのものかと。龍田様は本気でございますよ、お嬢様」

「そーよ。阿国ちゃんと違ってコッチは元庶民なんだからね。ま、この子たちにとってはいつもの世界一周旅旅行の一環でしょうけど」

 高速艇が走り出す。広く綺麗なデッキで風を受けながら、ベルベットが親戚の子どもを見るような目で肩幅の広い若者たちを眺めた。組む肩と手と手の間から、グラスや瓶に入れられた酒類の色がちらりと見える。

「旅行気分ですのね……不安。無事に戻れたらスコッチで一杯やりたいですの」

「あらまぁ死亡フラグ~? んふ、阿国ちゃんなら叩き折るでしょうけどねぇ」

 グラスに注がれた琥珀色の液体を脇から差し出されたベルベットは、甘い声で「あ・と・で」と制している。ベルベットを取り囲むようにしてくつろいでいる青年たちは、確かに旅行でもしているようなフランクさでカナダの湖を眺めていた。

「もしかして、彼らみんなどっかで拾いましたの? ()()?」

 過去、ベルベットがガルドを「拾った」とロンベルメンバーに紹介したのは有名なエピソードの一つだ。

「にゃあん、捨て猫じゃあるまいし。違うわよ、ちゃんとビジネスとして一緒にいるのよ。ツアーコンダクター? 旅の専属コーチ? 呼び方は知らないけど一人一人と契約は交わしてるの」

「いつもの世界一周ってそういうことですの……」

「意外と需要あるのよぉ。留学とかワーホリって言っても、語学学校と下宿との往復じゃあ物足りない~って言う小金持ち。ほら、クルーズ船の仲介業みたいなものよ。もっと危険で冒険っぽい感じにカスタムしてるけど」

 見た目もそうだが実情でも、ベルベットは「搾取側」なのだ。久仁子はあからさまなため息をつく。人を巻き込み、人生に大きな影響を与え、しかし本人は平等だと言い張り、突然パッと手を離す。そういう人間だ。

 久仁子はガルドを通してしかベルベットを知ろうとしてこなかったが、こうして対峙すると一般人の気持ちが少し理解できた。

「貴女、ワタクシみたいになりたいんですのね。人民の上から行先を指し示す側が女王様、みたいな」

 海のように広い湖の先を眺めながら、ベルベットは無言で久仁子の言葉を流した。久仁子は肯定と受け取りつつ続ける。

「そう、民を使うも殺すもワタクシたちの自由ですの。彼らも良い大人なんだから生死も含め自由ですの。ですが、自覚せずのままでは愚者ですの。危険だってこと、彼らは知ってますの?」

「もちろんよー。今までだって各所施設を一緒に見て回ったわ。彼らはリスクを承知の上で『世界の裏側』を見たがってるんだから」

「グリーンランドは凄かったですのよ。防護スーツ無しで中なんて入れませんのよ。ま、ワタクシ別に海底ケーブルが守れればいいですの」

「ところでガルドちゃん、今どこにいるか知ってる?」

「え? 突然ですのね……極西の端、伯爵山だってのは見ましたの」

 拡散されている動画の最新版は、日本で解析を行っている部下が逐一切り抜いて久仁子へ報告している。伯爵と呼ばれる人型モンスターのボスを討伐する高難易度なエリアで、久仁子は以前豪雪をバックに榎本と話し合いを取り持ったことがある場所だ。強い風が吹き荒れている。

 音声は入っていないが、ガルドが彼の仲間たちと共に山や地下を駆け回っているのは久仁子を勇気付けた。元気で使命感に燃え、とにかく楽しそうなのだ。以前見ていたガルドよりも硬い表情なのは心配だったが、久仁子が阿国として愛したガルドとそれほど変わらない日々が、漏洩してくる動画の節節に映り込んでいた。

 田岡を経由した「三橋日報」によれば、数が合わない被害者を探すため未踏破の地点をしらみつぶしに探していく過程らしい。

「高難易度とはいえ危険はないですの。ガルド様があれしきの場所で苦戦するはずありませんの」

「新実装のモンスター、見た?」

「え、ええ……残念でしたの。あれは六人制で撃破する類のクエストであって、二人で挑むなんて流石のガルド様でも無謀というものですの。ああっ、ワタクシがお供出来ていれば……」

 久仁子は少々大げさに立ち眩みの演技をした。すかさず婆やが支えようと近寄ってくるが、直前でしゃんと立ち直し「大丈夫ですの」と胸を張る。

「阿国ちゃんはコッチからガルドちゃんを助けるって決めたのね」

「そうご指示いただきましたの」

「指示って……ガルドちゃんに? あらま、いつの間に中と接触を? 気付かなかったワァ」

「しらじらしいですの。数分で接続遮断されましたのに。そちら側が切ったのでしょう?」

「え?」

「えっ?」

 顔を見合わせる。風と湖水を割く船首の強い音と共に、周囲のグッドルッキングガイたちが騒ぐ大きな声が響く。

「コッチは把握してないけど……いつのことかしらん?」

「ワタクシがグリーンランドの基地で強引にハブ作って割り込んだ時ですの。ガルド様は氷結晶城地下迷宮におりましたの。最奥にゲートがありましたので、そこから接触を……」

「はっ、初耳~! え、中入ったのぉ!?」

 ベルベットは慌て始めている。

「え? でも数分で回線が強引に遮断されましたのよ? そちらがやったのではなくって?」

「どうかしら? ガルドちゃんの様子は定期的に見てるけど、本当に初耳よぉ~?」

「そうですの? スパイしてるの感づかれてません?」

 スパイなのかも正確にではないが、久仁子はうっすらとベルベットの身を案じた。既に手遅れではないだろうか。

「バレっこないわ、そこは安心して。でも地下迷宮に居た頃って……もうっ、坊やったらそういう悪戯まで思いついちゃったってコト~? 盲目とはいえよく見てるわね。フゥーン」

「坊や?」

「オホホ、コッチの話。そうね、そもそも接触出来たのはガルドちゃんの味方が『お目こぼし』してくれてたのよ。それが他のヤツにバレそうになったから切った、とかかしら? 理由は知らないけど回線切断で証拠隠滅ってとこネ」

「やけにすんなり接続出来たかと思えば。そもそも助けられてましたの? 感謝しますの」

「うふ……そうね。伝えておくわ」

 いつの間にか軽い金属が噛み合う音がする。見ると、ベルベットは微笑みながら、手元で銃の形をした小ぶりな機械をいじりはじめていた。

<準備完了、これからお前の指定したサーバーを経由してフルオートで攻撃を仕掛ける>

<アン、アリガトねぇ>

<さっさとしろ。回線の確保が最優先だ。お前の目的のブツには興味ない>

<アラァ? コッチの何が目的かなんて、教授に教えてないじゃないの>

<貴様が結んだ契約がどんなものか知らんが、計画に結びつくものではないのだろう?>

<コッチの目的と教授が知りたい計画が違うってこと? 近いけど違うわね>

<ならば興味はない>

 通信先の男がバッサリ切り捨てた。久仁子は通信を切った生の肉声で追加の質問を投げる。

「ベルベット、それってガルド様の利益になりますの?」

「コッチの目的がガルドちゃんの目的に合致するか、って? そうねぇ、中にいるガルドちゃんの耳には届かないでしょうけど、とりあえず今回のとはマッチしてるわ。回収だもの」

「回収? 何の? 回線ケーブル?」

「ナイショ。阿国ちゃんにも教授にもブツの中身は見せられないわ」

 絶対に見てやる。久仁子はこっそり眉をしかめた。何かの部品だろうか。教授の言う『計画』も久仁子にはよく分かっていないが、そちらは恐らく日電のディンクロンが関わっているのだろうと予想がつく。だがベルベットの『目的』は見当もつかなかった。

「ガルド様の役に立つなら結構ですの」

 湖の中ほど、湖岸から切り離された小島の一つに船は接岸した。乗り込む際の船着き場よりボロボロで古風な板の上にヒールで降り立ち、久仁子は少し前方で仁王立ちするベルベットを見る。

 毛皮のコートは脱いだようだった。派手な装いから一転、黒一色で装飾気のない長袖のTシャツに、黒一色のメッシュベストを装着している。ベルトやポケットをフル活用して様々な装備をくっつけているが、素人の久仁子にはカーボン製の棒と箱にしか見えなかった。コードが出ている機械も久仁子の知るPCとは違い、乱暴にビニールテープがグルグルと巻かれた機械の塊だ。

「はい、たっちゃん」

 筋肉質で日に焼けた角刈りの若者が、気軽にポイとベルベットへ黒いヘルメットを渡した。バイク乗りが使うような遮光のバイザーが付いているが、軍で使うようなものとは違う。

「安全性は大丈夫ですの?」

「機能優先。防御力なんて紙よ。弾丸なんて打ちどころ悪かったら死ぬし、当たらなければ死なないもの」

「不安とか無いですの……そうですの……」

 久仁子は防弾・防爆・防ABCと一揃えの最高級防御スーツが運ばれてくるまで動かないつもりだった。部下ごと届くはずだが、船の手配で手間取りまだ目途が立っていない。

「行くわよ~」

「だっ、だから装備が届かないと行かないって言ってますの! 湖底ケーブルが安全ならワタクシ満足ですので!」

「そんなこと言ってないでホラホラ。この子達が守ってくれるわよぉ」

 ベルベットより先に、小島を鬱蒼と覆う木々を掻き分け奥の建物へ数名の男が侵入している。コンクリート製で古めかしく、蔦が這い、錆も発生し人の気配も使用した形跡もない。自然味溢れる空間だ。

 その中で奇抜な原色が嫌でも久仁子の目をひいた。

 筋肉を隆々とさせている若者たちは、全員カラフルで個性的な現代兵装で身を固めていた。バンダナを額に巻いた男が先を指差し、ガスマスクの男が四足歩行ロボを先にけしかけている。

「あんなFPS崩れな奴らで……」

「FPSのアマプロよ」

「えっ」

 まさか、と久仁子が角刈りの青年に視線を定める。目が合った。

「流石にカエルの着ぐるみ装備は動きにくかったよ」

「FPSはゲーム! これはマジの危ない現場っ!」

「なんのために筋肉育てたと思ってんです?」

 白く美しい歯を見せて角刈りは笑った。


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