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398 ルチャ・フライ・アンチヒーロー

 Aが二極と呼ぶコンタクターが中に入り操作しているせいか、インフェルノの動作は普段よりぎくしゃくしている。首が突然ガクンと落ちたかと思えば、突然ガルドと榎本を掴む足の爪がガクガク震え始めた。

「うおお、怖えええー!」

 落ちたとしてもリスポーンポイントに戻るだけだ。ガルドは目をつむる榎本の隣で無言のまま下を見る。奈落のように底が遠い。

「なんだなんだよ、なんなんだよー……俺がなにしたってんだ、なんも指示してねえよ」

「ギャオオウン! ギャオオォ!」

「まんま怪獣映画じゃねぇかー!」

「ギャオオオオ!」

 インフェルノはひたすら叫びながら、小島の上を一つ一つ網羅するように飛んでいる。眺めるガルドには、後方に小さく見える島のプレイヤーがゆっくりと起き出す様子が見て取れた。

<大事なのはここからでね、みずき>

 Aが風を受けて目を細めながら、ガルドの首にくちばしを当てた。生暖かさを感覚し、ガルドはぶるりと身じろぐ。

<こうやって触って、心拍だけでも取って欲しいのでね。こちら側に出力される動作関連のデータは収集出来ても、彼らの表皮の小さな身じろぎをノイズとしないで回収するのはちょっと装置が足りないのでね>

<脳波コンの送受信装置が足りないのか?>

<そう、余りある大量のデータを全部回収するキミらと違って、Hラインはバイタル管理がオフライン管理・出力先がこっちではなくてだね。恐らくHライン担当者だけが見れるのだろうがね。こちら側のプレイフィールドにログインしたからには、体調管理もこちらに任せてもらわねば困るのでね>

<オーナーが困ると?>

<ボクも困るのでね>

<業務に支障が?>

<そう、全てキミだね。キミ、今までのバイタルとメンタルを全て見てきたボクは、キミしか基準がないのでね>

<過保護>

<うん。ボクが出来る範囲でだがね、キミが『揺らぐ』のを防ぐ観点から、BJ02(榎本)には不可能な『生体の統一管理』こそボクのすべき業務であると判断したのでね>

 言い方が難しい。

<よく分からない>

<つまり、キミを守るためにキミの周りを守るのでね>

 ガルドは理屈こそよく分かっていないが、Aが繰り返した「守る」という言葉に安堵した。Hラインの面々を守ると言っている。今のガルドにはそれだけで十分だった。

<分かった>

<誓い合いの二極は今回のHライン・オンライン化を完全な越権行為だと判断したようだがね。ボクはそうは思っていないのでね>

<ん? フム>

<来たなら守る、帰るなら追わない。それがいいがね。二極は極端でね>

<二極だけに>

 プラスとマイナスという意味で二極と呼ばれているのであれば、榎本のコンタクターは白黒はっきりした考えをしているのだろう。ガルドはこっそりと笑った。

<そうなのでね。二極の考えていることなどボクには理解不能だがね。キミにもきっと難しい。ヒールの役を演じているのか、本気で敵役なのか分からないのでね>

<ヒール? プロレスは詳しくない>

 ガルドはよく分かっていないフリを咄嗟に取った。心臓が波打たないよう目をつむる。今までインフェルノはただのAIだった。今入っているコンタクター・二極は、何かしらの敵対行為をしてAに理解されていないらしい。フリなのか本気でAと敵対しているのか分からないが、とにかくヒール、つまり悪役を担っているようだ。

 ガルドにとっても害ある行為をするかもしれない。

<全く行動が予想できないがね、メキシコ人の>

「メッ!?」

思わず声に出る。

「ギャオオオッ!」

 幸いにもガルドが漏らした驚きの声は、インフェルノの雄たけびにかき消された。



 訳が分からない。

<メキシコ!?>

 ガルドの脳裏に陽気な音楽が流れた。外国の気配は薄々感じていたが、大方フロキリ制作を担うアメリカの名前か、お国が滞在していたという現場のグリーンランドくらいだろうと思っていたのだ。突然耳にした明るい名前に目を見張る。

<キミはメキシコ人の友人がいるかね?>

<居ない、いやフロキリのサーバー越境イベントで少し接点は……いや、詳しくない。突然なんなんだ……>

 目が回りそうだ。サンバの衣装がガルドの頭を埋め尽くす。深緑のビーズが瞬き、鳥の羽がふるふると震え、マラカスの音が脳裏に蘇る。

<仲良くなる秘訣を知りたくてだね>

<クソどうでもいい>

 Aの冗談はさておき、ガルドはまずコンタクターが有人であることに驚いた。彼もしくは彼女はメキシコ人で、今まさにガルドの頭をわしづかみにして空を飛んでいる。叫びながら。状況が異常すぎる。

<二極は自己紹介で自らを『ルーダ』と名乗ったがね。ルチャリブレにおいて、仮面をかぶってテクニカに負けるのだがね。自称する理由がボクには理解不能でね>

知らない用語だが、プロレスのお約束がルチャに似ていると知っていたガルドは対義語を当てはめて把握する。

<プロレスのベビーフェイスとヒールみたいなのか>

<おや。ボクより詳しそうだがね、みずき>

<詳しくない。調べればすぐに出てくる>

<二極はルーダを名乗ったが、それは役としてなのか、もしくは本気でテクニカを打倒したいのか……という念があるのでね。ボクは役だと思っているが>

<お前たちはむしろヴィランだろう。役で終わるにしては悪事が過ぎる。拉致は大犯罪>

<コンタクターはいつでもキミたちの味方、むしろヒーローなのだがね>

<どこがだ>

 光の速さでガルドは否定するものの、胸の中にしっかりと言葉を刻み込む。信じてよいのだろうか、そろそろ信じてしまいそうだ。エンターテイメントとしてのルチャなのか、本気でテロに加担する犯罪者なのか。言葉だけでなくAは行動でも見せてきている。

 構図は見えてきた。行動も示している。が、信用できない。ガルドはほだされつつあるが、まだどこかで踏ん張り不信感を捨てずにいた。

<敵の敵は味方、だがね?>

 アンチヒーローという言葉があるのは、ガルドにも分かっている。<A……お前は、本当に……>

聞こうとし言い淀むガルドを説き伏せるような速さで、Aが話題を強引にインフェルノへと変えた。

<二極はやられ役を望んでいたのでね。そこがボクには理解できないのでね>

<ヒールはそういうものだ。ベビーフェイスにやられるのがお決まりだ>

<ならキミがベビーフェイスになってくれないかね?>

<二極がそれを望んでいる、と?>

 Aはガルドを助けている。アンチヒーローの模倣と思えば理解できる。

 誓い合いの二極はやられ役を望んでいる。それもまた、ヒール役の模倣と思えば理解できた。

 ——それは、表立って「自分たち」を助けられない者の手段だ。

 歯の付け根が震える感覚を覚え、ガルドは鼻から息を一つ強く吐いた。Aは素知らぬ声で続ける。

<それもあるがね、やりすぎなのでね。結構ピンチでね>

<は?>

 Aはくちばしで小島の一つを一所懸命さししめしている。

「ぐわぁは、ぐわっぐわっ」

<アッチから、エラーコードを複数プロパティにねじ込んだモンスターが来た、のでね>

「え」

 ガルドは必死に目を凝らすが、よく見えない。剣に手をかけ、人差し指で柄を二回叩く。目の前に大きく現れた半透明のマップ画面を見て初めてAの言う意味が分かった。

<……文字化けキモい>

 ぞわぞわとする二の腕をすくませながら、ガルドはマップをすぐに閉じた。目が覚めるようなブルーの平面四角形に、白く雑なドットの文字で「ERROR」や「%%%D%%LD」、「■■■」などといった文字化けのパラメータが被るようにして表示されていた。

<あの穴から下、キミらの方が異物なのでね。こちらは来るもの拒まずなのだがね。しかしこの区画は全くダメダメでね。クロスブラウザのクの字もないのでね。ハァ、羞恥の極み>

<クロスブラウザ?>

<どんな環境でも同じように表現されるよう、制作側は最大限配慮するのが当たり前なのでね>

 ガルドは肩の力を抜いた。こだわってくれるのはありがたいのだが、ガルドは目の前の真っ青エラーをモンスターだとは信じられなかった。

<あれでモンスターなのか>

<こちらから見たデータ上の判定はそうだがね>

<で? アレに攻撃されるのか>

<二極がインサイト。まだレンジあるがね>

 急に聞こえたバトル的な要素のある言葉に、ガルドの気持ちが急浮上する。見知らぬ謎の敵にインフェルノが狙われていると思えば、ガルドは俄然やる気を取り戻せた。

<エンゲージまでの距離は>

<速度不明で分からないが、とりあえず今の速度で三十秒が目安だと思うがね>

<大雑把だな>

 ガルドは自身の頭をわしづかみにしてくるドラゴンの爪に手をかけ、両手でがっちりと掴んだ。このままでは碌に「反撃」できない。焦りながら腰から下を振り子のように振って、勢いをつけて足先をドラゴンの爪に引っ掛けようともがく。筋肉が多いマッチョなガルドのアバターは、突然新体操のような動きで折れ曲がった。

「ん!」

 足の甲がつるほど本気で伸ばすと、つま先が辛うじて引っかかった。ギリギリの境界の上でアバターのボーンが動作不良を起こし、片足だけ透過してしまう。やはりHラインの管轄エリアでは調子が悪いようだ。ガルドは膝の皿を内側へ回してなんとか留まらせた。人間には不可能だろうが、想像できればアバターに反映できる。足の位置データをイメージよりずっと数値的に感覚した。

「ぐぐぐ……」

 続けて鉄棒を想像しながら、上半身をぐるりと反転させて起き上がる。

「ひっ、ガルド!? ジッとしてようぜ!?」

 インフェルノ全体が揺れたのか、隣で捕まっている榎本が小さな悲鳴を上げた。ガルドはちらりと見てから無視し、インフェルノの太いドラゴン足にしがみついて立位を取る。

 空中を飛ぶインフェルノの身体が若干ガルド側に沈み、榎本が悲痛な悲鳴を上げた。

「わーっ! ガルドーっ!?」

 太い足にしがみついて顔を上げると、遠かった謎の物体がやっと見えた。こちらに向かって羽ばたきながら飛んできている。先ほど嫌というほど斬ったオートマタ・ベビーに近い色をしているらしい。錆と人形独特の甘い白色で、青空に溶けてしまっていて詳細にはまだ見えない。

 明らかにシルエットとして違うとすれば、背中から一対の羽が生えていることだろうか。スチームパンク風の、茶色い謎皮素材で出来た蝙蝠型の飛膜羽だ。さらに頭の高いところから二本、前方向にツインテール型の金属パーツが生えている。どこかアメリカナイズされたジャパンカルチャーの萌えを狙っている気がし、ガルドは深く納得した。

「なるほど」

「なにがだよ!?」

 フロキリを制作した会社は確かにアメリカ籍だったが、デザイン部門に多くの中国人が参加していたことはガルドにとって常識だった。

 アジア圏向けにも展開される全世界向けオンラインゲームであれば、中国市場は無視できない。デザイナーが誰であれ、最終的には会議に掛けられ必ず監修が入る。その様子を動画で見たことがあるガルドは、遠くに見えるオートマタ・ベビー亜種のデザインに「自国止まりのインディーズゲームっぽさ」を感じ取った。あれはあれで味が合ってガルドは好きだ。

「オートマタ・ベビー、きっとフロキリとは関係ない別ゲームのモンスターだ。多分インディーズ。ショップで格安で落ちてるやつ」

「今言うことかよそれぇ! コイツなんとかして降りたいんだけど!?」

 榎本はずっと足をバタつかせて暴れている。

「分かってる。前方、同型のボスっぽいのが飛んできてる。マップマップ」

「え!? うげぇっ、マジかよー! 俺もういっぱいいっぱいだって!」

「ここで降りるくらいならUターンがいい」

「それインフェルノに言ってくれよ。コイツ全然言うこと聞かねぇんだよ。うわーもう帰りたい……」

<待った。二極の仕事がもうすぐ終わるのでね、Uターンはあの小島を通過してからがいいね。怪しまれないタイミングで巨大化スキルを解除するが、その時が一番無防備でね。助けてやって欲しいのだがね>

<任せろ>

 頼られるのはいい気分だ。ガルドはうすら笑いを浮かべながら、榎本の方へと振り返った。

「榎本。インフェルノの首まで登って、真後ろに向きを変えればいい。そうすれば戻れる」

 時間稼ぎにもなる、とガルドはほくそ笑んだ。一瞬で登れるならばそもそも頼んでいない。

「鬼畜!」

「自分がパリィに入る。そっちがいいなら代わ……」

「無理っ! こんな足場でンな事よくしようと思うなお前! まだ下見ないで登る方がマシだわ!」

 榎本がガルド同様、なんとか足の付け根に這い上がろうともがいている。捕まえられている足の爪が強く、振りほどけないらしい。

<インフェルノー!? しっかりコマンド受けつけやがれ! 離せ、いや離すな! ちょっと緩めるくらいでいいからな!」

<A、二極にもう少し緩めるよう言って欲しい。あと気持ち榎本に合わせるようにしてUターン>

<ご了解だ、みずき。ボクはキミがこれ以上心配で心を痛めないよう、冬眠ユーザーのバイタルを総チェックするがね>

<一人で出来るか?>

<残念ながら、他のコンタクターの救援は見込めないのだがね。担当被験体が居ない区画には接続できないのでね>

 黒いアヒルが首筋から背中へ滑り落ち、腰のポーチに引っかかって止まった。

<それは確かに>

<バフだけ掛けておくがね、装備パロメータの重複と切り替えは出来ないのでね>

<普段通りだ>

<では、頼むがね。無理はしないでくれたまえね>

 Aはそう言うと丸いボールのように固くなり、ガルドの腰の一部と化した。同時にガルドのステータス欄にはいくつものバフ表記が現れている。文字化けの無い綺麗なフロキリ仕様のアイコンで、しかし時間のカウントダウンが見当たらない。

 珍しい盾アイコンを見つけ、ガルドは思わず礼を言った。

<無限ダメカットは助かる>

 防御のパーセンテージを上げるバフよりもレアだ。ガルドは少し楽しくなってきていた。飛んできているハイバネーションラインの刺客は、恐らくガルドらが寝かされている肉体の保管場所からゲームサーバーへの間の回線に侵入できないのだろう。Aが向こうの回線に入っていけないのと同様に分離されている。干渉する方法があるとすれば、Aが「触って心拍数を」と言うように、ガルドや榎本を触れて情報を得るくらいだろうか。

<触られるのはNGか>

<その通りでね。我々の研究施設そのものの位置すらシークレットなのでね。脊髄反射の再現処理速度で南・北どちらの半球か調べることなど、彼らにとってもボクにとっても、全く造作もないことなのでね>

 ぞくりとする。

<そんなことから……身の危険……>

<安心したまえね。ダメージの一定量カットはシールドエフェクトと同じように、アバターそのものとそれ以外との距離を数センチ置くのでね。よほどの強打でなければ触れられないはずだがね>

自信満々といった声でAが言っている。ガルドも自信をにじませながら断言した。

<ん、近付けさせない>

 自分はともかく、榎本を守り切る決意は既に固まっている。自分は守る者だ。強く剣の柄を握り直し、ガルドは睨むようにして前を見た。

<捕獲されると少々面倒というか、結構大変なのでね。恐らくアレも捕獲に動くだろうからね。早めに撃破するといいがね>

 空中戦の経験など無い。

<どうやって倒す>

<いつも通りでいいがね>

<だから、足場も無いのにどうやって>

<ふむ……少々待ちたまえね>

<A、無理しなくても別に……>

 パリィだけで茶を濁すつもりだったガルドは、Aの言う撃破に乗り気ではなかった。しかしAは無言でじっとしている。方法を探しているのだろう。

<A>

「来るぞガルド! 前から羽根つき人形、一体!」

「分かってる」

 榎本の震える声に意識を切り替えた。居合抜刀のスキルモーションを意識しながら、ガルドは不安定な足場にしゃがみ込む。剣を握る力をわざと抜き、ひっつきの支援システムに任せ、ドラゴンの足に食い込むほど捕まっている指一本一本に集中する。

 タイミングは目分量だ。

 あれだけプレイしてきたのだから、と自分を鼓舞する。青春を投げ捨て没頭してきた過去の自分を信じ、パリィを初見で想像するのだ。どんな攻撃だろうと何かしらに似た動作に違いない。自分の大剣が進む速度と距離は完全に把握している。

 あとは合わせて放つだけ。ガルドは一瞬息を完全に止め、オートマタ・ベビー飛行種の出す羽音とSEに耳を澄ませた。



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